ギャンブル
◆
「――……合計14」
毎週やっていると嫌でもルールが身に染み付いてくる。
今日行っているのは三つのサイコロを同時に振って出目を予想するゲームだ。仄香にとっては簡単なゲームで、今のところ負け知らずである。
未来視というズルを利用してだが、今のところ宵宮よりも勝利数が多い。読心の異能を持つ宵宮が相手の知り得る情報しか得られないのに対して、仄香はゲーム全体の試行ができるからだ。
勝ちすぎて常連からは疑いの目を向けられている。嫌な顔をされることもしばしばあるので、そろそろオーナーを見つけて目的を果たし、ここから去りたい。
そんなことを思いながらディーラーが次にサイコロを振るのを待っていると――声をかけられた。
「ギャンブルは楽しいね。そう思わないかい、お嬢さん」
顔を上げる。
老紳士、という言葉がぴったりの上品な男性が正面にいた。スラブ系の顔立ちや、白髪と片眼鏡が特徴的だ。
勝負相手の顔も見ずに無心でゲームを行っていたためあきらかに異質な雰囲気を放つ彼の存在に今気付いた仄香は、少しだけ身構える。
「君も勝負に囚われているから来るんだろう」
老紳士がディーラーに視線をやった。
するとディーラーは深々と頭を下げ、サイコロを回収して他のテーブルへと去っていってしまう。
その場には老紳士と仄香しかいなくなった。
常連が老紳士を気にするようにチラチラと視線を送ってきているのを横目で見て確信する。
――彼が、このカジノのオーナーだ。
「……はい、勝負は楽しいです」
「そうかい、そうかい。では、もっと面白くて刺激的な勝負はいかがかな?」
「あるのなら是非」
できるだけ平静を装いながら彼の問いに答える。
彼は満足げに笑って立ち上がり、杖を付いて店の奥へと向かっていく。
仄香はその後に続きながら、遠くで待機している夏菜子にこっそり合図した。
スタッフのみが入れるルームの鍵を開けた老紳士は、そこに仄香を通した。
入ってすぐのところに男が二人立っており、連絡端末を預けるよう指示される。それに大人しく従えば、薄暗い廊下の先にあるエレベーターに案内された。
「あの……どこへ向かっているのでしょうか」
「刺激的な賭け事の場だよ」
「…………」
「賭けるのは金だけじゃない」
前を向いている老紳士の表情は、仄香からは見えない。
上階に着くと、重厚な鉄のドアが現れる。ドアの前にはさっきよりもいかつい体格の男が立っており、彼らの鋭い目が仄香をじっと見つめている。
老紳士が合言葉のようなものを口にすると、男たちは無言でうなずき、ドアを静かに開けた。
ドアの先は別世界のようだった。
フロア内は煙草の煙で満ちており、照明は薄暗く、紫や赤のネオンが怪しげに揺らめいている。壁には高額な掛け金が書かれたボードが貼られていた。
各テーブルの周りには、緊張感を漂わせたプレイヤーたちが座っている。ディーラーは無表情でカードを配り、時折、客の一人が大きな声で勝利を叫ぶ。
しかしその歓声も一瞬のことで、再び静寂が訪れる。チップがテーブルの上を滑り、勝者と敗者の顔に微妙な表情の変化が見られた。
ふとさっき叫んでいた勝者の方に目を向ければ、嬉しそうな顔でディーラーから何かを受け取っている。
目を凝らすとそれは注射器だった。勝者はそれを自身に打ち込み、気持ちよさそうに目玉を上向ける。
(違法薬物……)
ごくりと唾を飲み込んだ。実際に見たのは初めてだ。
賭けるのは金だけでなく、ああいった薬物もなのだろう。ここは異犯が想定している以上に危ない場所だ。
一般のカジノとは違う独特の雰囲気が漂っている。リスクを負ってまでギャンブルに興じる者たちの狂気と、法の目をかいくぐる者たちの狡猾さが交錯する、仄暗い世界だ。
「いくら賭ける?」
老紳士が問いかけてくる。
お金はあまり持っていない。それに、ここで金を賭けると仄香も違法行為に手を染めることになってしまう。
「ごめんなさい、今日は賭けられるものがないんです」
「であれば、心臓を賭けなさい」
「……はい?」
「今君にあるものだ。実に刺激的だろう?」
老紳士の目は本気だった。
冗談か本気か分からず仄香は一瞬躊躇ったが、どうせ負けないと分かっているのでおずおずと頷く。
そこから何故かオーナーとの一対一の勝負が始まり、仄香は無言で勝ち進めた。
あきらかに目が異常に覚醒している者がテーブルの後ろを通り過ぎていくのを見て、彼らも薬物使用者なのだろうと予想する。
「……あの、ここはクスリもやっているんですか?」
ドレスに付いている隠しカメラでここの様子は宵宮たちに送られている。更には録画もできているので、証拠としてできるだけ彼から発言を引き出したい。
老紳士はゆっくりとカードを捲る。
「ある種の薬物に、使用した者の異能を一時的に強化する作用があるのは知っているかい?」
「それは……はい」
授業で習ったことがある。
一時期異能を持たないコンプレックスから違法薬物に手を出す若者が続出し社会問題になったこともあった。薬物はそれ以降、より取り締まりを強化されたはずだ。
「物知りだ。さすが、武塔峰の生徒だね」
「――――……、」
あまりにも淡々と放たれた指摘に、ぞわりと鳥肌が立つ。
何も返せないままに老紳士を見つめると、老紳士は柔らかい笑顔を浮かべて続けた。
「外に待機している女。あれは異犯の第一課かな? 異能力犯罪対策警察は、いつから高校生の素人を雇うようになったのかな」
反射的にドレスに隠した拳銃に手をかける。
「まあ待ちたまえ。話はまだ終わっていない。その物騒なものから手を離しなさい。楽しい話の途中で席を立たれるのは嫌いなんだ」
仄香たちの正体を知りながら随分な余裕だ。それほどこの状況から勝てる見込みがあるのだろう。
確かにこの場には老紳士の味方である男たちが沢山いる。三人対多人数、しかもそのうち二人は攻撃系の異能力者でないことを踏まえると、仄香側に不利ではある。
老紳士はゆっくりとした口調で話を続けた。
「私はね、ここで実験をしているんだよ。元いた場所を追い出されてしまったものでね。ただそれにはリスクが伴うから、スリルが大好きで、賭けるものが大きく危険であればある程燃えるような異常者だけをここに集めている。それが私の優しさだ」
「……実験?」
「無能力者から化け物が生まれるか。人工的に化け物は作れるのか。私はそれが知りたい」
仄香は拳銃から手を離し、淡々とゲームを続ける老紳士を見返す。仄香の番になってしまったので、そのような場合ではないのだが仕方なくカードを取った。
「本来であれば警察に尻尾を掴ませたりはしない。わざと掴ませたのは目的があるからだ。しかし私の目的の人物は現れなかった。だから退屈していた――そんな時、君が私の目的である志波高秋と同行していると聞いた」
――老紳士の目的は志波高秋。
だから宵宮ではなく週末しか来ない仄香の方に声をかけたのだ。仄香は毎週志波に迎えに来てもらっている。その現場を見られたのだろう。
「……志波先輩に何の用ですか?」
「彼とは古い知り合いでね。同胞、というべきかな。兄弟と言ってもいい」
「嘘つかないでください。志波先輩に兄弟はいません。彼は一人っ子です」
ファンクラブで取得した情報なので間違いない。
「そういう意味じゃない。同じ研究施設で育った先輩と後輩であるという意味だ」
勝負が終わる。仄香の勝ちだ。
ひとまず心臓を失わなくて済むことにほっとしながら、老紳士の言う意味を探る。
「同じ研究施設?」
「彼が幼少期日本にいなかったのは知っているね?」
「えっ、そうなんですか!?」
突然出てきた志波の新情報にややテンションが上がってしまう。
しかしすぐにそんな場合ではないことに気付き、スンッ……と顔を真顔に戻した。




