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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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いらないでしょ



 画面を覗き込むと、そこに映っていたのは、異能力科の校舎の空き教室で仲良く手を繋いでいる男女。尚弥と、尚弥に新しくできた彼女だ。


「えっと……それは、私の隣のクラスの子らしいよ。名前まではちょっと」

「へえ……? 尚弥、今この子と付き合ってるの?」

「うん。聞いた話ではそんな感じ」


 尚弥と彼女の交際は順調そうで、たまに仄香たちのクラスまで彼女が迎えに来ることもある。昼休みに一緒にご飯を食べたり、寮までの短い距離だが毎日一緒に帰ったりしているらしい。

 これまで誰の告白も断っていた尚弥が女子と付き合い始めたせいで、当然噂は一気に学年中に広まった。ついに研究科の茜の耳にも入ってしまったらしい。


「いらない……こんな人。尚弥にはわたしとおねえちゃんがいればいい」


 茜の声があまりに冷たくて驚いた。

 尚弥に彼女ができるなんて初めてのことだ。茜も予想外の事態に動揺しているのだろう。


「茜ちゃん、もしかして嫉妬……」

「そんなわけないでしょう。こんな知性の欠片もなさそうなバカ女に嫉妬する要素がどこにあるの」

「あ、茜ちゃん、言葉が過ぎるよ」


 口調が荒くなっていく茜のことを姉として嗜める。いくら気に入らなくても罵倒するのはよくない。

 茜はしばし無言になった後、物凄く小さな声で吐露した。


「わたしにはおねえちゃんと尚弥しかいないのに、尚弥やおねえちゃんにはいつも他の誰かがいる……それが、わたし、すごくいや」


 俯く茜の意外な本音。

 仄香はそれに驚くと同時に、尚弥ならきっと茜にこう言われたら別れるだろうと思って勧めてみる。尚弥は茜の気持ちを優先するはずだ。


「それ、尚弥に直接伝えてみたらいいんじゃないかな」

「言えないよ。自分の醜い部分を曝け出して、大好きなおねえちゃんや尚弥にその全部を受け入れてもらえると思える程には自惚れられない……」


 ギリッと奥歯を噛み締めた茜は、気を取り直すかのように顔を上げて仄香を見つめて、ふわり、花のように笑う。


「おねえちゃん、尚弥とあの女の仲引き裂いてよ」


 可愛らしい笑顔を浮かべながらあまりに過激なことを言うので、仄香は口をあんぐりさせてしまった。

 何を言われたのか頭の中で整理して飲み込んだ後、丁重に断る。


「そ、それはちょっと……人の幸せを邪魔するのはどうかと」

「高校生の恋愛なんてどうせそう長くは続かないでしょ……。遅いか早いかの違いだよ。あの女と尚弥の相性がいいとも全く思えないし。そうだな~……どうしよっかなぁ~……」


 紙を取り出して〝破局計画その一〟なんてスラスラ書き始める茜の手を思わず止めた。


「茜ちゃん、人は変わっちゃうものだよ。私も最初聞いた時は凄く驚いたし動揺したけど、私達が年を重ねたのと同じで尚弥ももう高校生なわけだし、そういう相手ができても不思議じゃない。いつまでも子供の頃に仲良くしてた三人で……っていうのは難しいんじゃないかな」

「……おねえちゃんは、現状を維持する努力もせずに、諦めろって言うの」

「人間関係においては諦めることも必要だと思う」

「もういい」


 茜は手元の紙を握り潰し、辛そうな顔をして立ち上がった。


「帰って、おねえちゃん。今日はまだ終わってない実験があるから」


 怒らせてしまったと思った。もう少し茜の気持ちに寄り添うような対話をした方がよかったかもしれない。


「茜ちゃん、ごめ……」

「――わたしは、変わりたくなかったよ」


 茜は最後まで仄香の方を見ずに、研究用のデスクの方へ行ってしまった。

 仄香は声をかけようと思ったが、今何を言っても受け入れてもらえない気がして口を閉ざし、黙って茜の研究室を退出した。


(また喧嘩してしまった……)


 今日は尚弥がM.Oと本当に繋がりがあった場合のことを相談したくて来たのに、それについてはほとんど話せず終わってしまった。

 それもこれも尚弥が男女交際なんて始めるからだ、と心の中で完全なる八つ当たりをする。


 定期テストの筆記が尚弥に次いで二位だった話など嬉しい報告もしたかったのだが、それもできず終いである。

 はぁと溜め息を吐いて廊下を歩いていた時、ふと窓の外に嫌な光景が見えた。


 人気のない中庭で、尚弥と隣のクラスの彼女がキスをしている。

 その瞬間、また言い知れぬ不快感が芽生えてきた。


(――……茜ちゃんがいるくせに)


 茜にはああ言ったが、本当は仄香もまだ尚弥の変化を受け入れられていない。

 茜に言った言葉は全部、茜にというよりは自分に言い聞かせたかっただけの言葉だった。



 ◆


 金曜日の夜。

 毎週金曜日と土曜日の夜は宵宮たちと合流し、志波の車で送ってもらう日々も早一ヶ月が過ぎた。盛んにゲームをプレイしている割に、今のところオーナーからのアクションはない。


「ほのぴ、なんか最近機嫌悪くない?」


 いつもの如くカジノへ行くために着替え、トイレに行った夏菜子を待っている最中、宵宮が仄香を覗き込んできた。

 仄香は内心ぎくりとしながら即座に否定する。


「別に。悪くないです」

「出た。女の子って機嫌悪くても悪くないって言うよね。ほんと察してちゃんだな~。まぁ、僕は読心能力者だから察してあげるんだけど。なおやんに彼女できたんでしょ」

「……心読まないでくださいよ」

「だぁってほのぴ、毎週会うたびなおやんのこと考えてるんだもん。読もうとしなくても伝わってくるって。高秋にチクっちゃおうかな~ほのぴは最近他の男のことで頭いっぱいみたいだよって」

「語弊がある伝え方やめてください」


 決して志波のことを忘れているわけではない。

 ただ、尚弥が敵か味方か分からないという状況が思いの外ストレスで、色々と思い悩んでしまっているだけだ。


「心、どこまで読みました?」

「全部かな」

「……じゃあ、私がモヤモヤしてるのは尚弥の彼女の件についてだけじゃないこと分かってますよね」


 M.Oと実際に内通している宵宮であれば全て知っているはずだ。

 そう考え、意を決して問う。


「教えてください。――尚弥は私の敵ですか? 味方ですか?」


 しかし、宵宮は意味深げに口角を上げるばかりだった。


「最初に提示してきた勝負に勝ってないのにそれ以外でこっちから情報を引き出そうとするのはルール違反じゃない?」

「……やっぱり、私が先にオーナーと通じないと教えてくれないってことですか」

「最初からそういう話だったしね」


 宵宮は遠くからヒールで歩いてきている夏菜子の姿を横目に確認し、咥えていた煙草の火を消した。


「ほのぴは何でそんなに不機嫌なの? なおやんが敵だろうが味方だろうがどうでもよくない? 自分のこと散々いじめてきた相手だし、どっちかって言うと元から敵だったじゃん」

「変わってほしくないなんて思っていた自分の幼稚さにムカついてるんだと思います」

「ふーん。ほんとにそれだけ?」

「……え?」

「んーん、何でも。若いっていいね~」


 ヘラヘラ笑いながら夏菜子の元へと歩き始める宵宮が何を意図していたのか、最後まで仄香には理解できなかった。





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