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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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疑惑について



 冬休みの課題テストが終わり、一月が終わり、二月の初旬がやってきた。

 仄香は一ヶ月間ずっと勉強に集中していた。そうしないとぐるぐる尚弥のことを考えて不安になってしまいそうだったから。

 心を落ち着けたくて射撃場で射撃の練習をする頻度も高くなった。

 銃を打っている間だけは嫌でも集中するから無心になれる。


「はあ……」


 射撃場の狭いブース内で、仄香は大きな溜め息を吐く。

 的には既に多くの穴が空いている。いつもなら中心を狙えるのに最近はずっとブレてばかりだ。


 ――――その時、広い射撃場の入口が開く音がした。


「紫雨華、今回の試験の筆記二位だったんだって」

「は~? マジ? でもあいつ、異能使ったんじゃねぇの? 未来視なら試験内容把握できるしなあ~先生たちもその辺対策してほしいわ」

「未来視の対策って現実的に難しくね? あいつがいい成績取り続けて推薦枠取られんのやなんだけど。マジうぜぇわ~」


 仄香を散々いじめてきた、尚弥の取り巻きのギャル男たちの声だ。

 仄香は射撃ブース内で息を潜め、彼らが他のブースに入るのを待つ。


「なぁ、尚弥もそう思うだろ?」


 尚弥という名前が出てきて、仄香の指先がぴくりと反応した。


(……尚弥も来てるんだ)


 ますます早くここを出たくなってきた。

 今は尚弥のことを考えたくない。銃を置いてじっと待っていた時、外の尚弥がはっきりした声で言い切った。


「あいつはわざわざそんなズルしねーよ」


 わずかに目を見開く。尚弥が否定したのが意外だったからだ。


 途端、口々に他のクラスメイト達が反論した。


「んなの分かんねーじゃん。あいつ、陰湿そうな顔してるし」

「つか尚弥、最近紫雨華のこといじめてなくね? つまんねえ」

「それオレも思った! 愛しの茜さんにバレて怒られたとか?」

「……おい、やめとけって。尚弥、茜さんのこといじったら機嫌悪くなる時あるだろ」


 茜の話題を出したクラスメイトを、他のクラスメイトが小声で窘めている。


「にしても尚弥も一途だよな。小学生の頃の初恋未だに引きずってるなんてさ。オレ初恋の子の顔覚えてねえもん」

「尚弥、勿体ねえよな。折角イケメンなのに。男ならもっと色んな子と遊ぼうぜー? 学術的なことにしか興味なさそうな子に一途でいたって得しないって」

「え、てか隣のクラスのあの子って結局どうなったん? 冬休み前に告られてたじゃん。あの子結構尚弥にガチって噂だし、顔も茜さんより可愛くね? 噂じゃちょっとメンヘラらしいから要注意だけど」


(……ばかだな)


 仄香は心の中で尚弥の取り巻き達を馬鹿にした。

 客観的に見てどうであれ、尚弥にとっては茜が一番可愛いのだ。モデルみたいな美女を連れてこられたとしても、尚弥がそれに傾くことはない。

 そう思っていたのに。


「――……付き合った」


 次に出てきた尚弥の言葉に、ガツンと頭を殴られた気持ちになった。


(……尚弥が、茜ちゃん以外と?)


 呆然とする仄香の後ろのドア越しに、おおおおおっと男達の歓声が上がる。


「マッジで!? 尚弥、やっと茜さんのこと吹っ切れたん!?」

「吹っ切れたわけじゃねぇよ。ただ、いつまでも止まってるわけにもいかなくなった」

「うおおおお! 尚弥、初カノじゃね!?……え、じゃあクリスマス俺らの予定断ったのって……まさかデート!?」

「その時は付き合ってねぇ。一緒に出かけただけだ」

「いやオレぜってーそうだと思ったんだよ! あの子のSNSに尚弥っぽい奴の服映ってて、これ絶対匂わせだと思って~! 何だよ、付き合ったなら早く言えよ!」


 盛り上がる彼らを背に、仄香は言い表せない不快感を覚えていた。

 仄香の中の尚弥は、茜が好きな尚弥だ。何だか尚弥が知らない人になってしまったようで嫌な気持ちになり、拳を握り締める。


 だからクリスマスの前あたりから手を出してこなくなったのかと合点がいった。

 それまではかなりの頻度で体を求めてきたくせに、ある時それがぴたりと止んだのだ。

 尚弥は浮気をするようなタイプではない。意中の相手が現れたから、仄香に余計な手出しをすることはやめたのだろう。



 人間の他人への好意がいつまでも続くなんてどうして信じていたのだろう。

 仄香は、何故か尚弥が茜のことを好きという事実だけは絶対に変わらないと思い込んでいた。


 けれど仄香のそんな認識は甘いものだった。

 昔とは何もかもが違ってきている。変わらないものなんてない。一度変わってしまったものが戻ることもきっとない。



 いつまでも幼い頃の記憶に縋っているのは仄香だけだ。

 そう実感した瞬間、〝あの頃の尚弥〟への未練が消えた。

 これからは尚弥のことも、M.Oと内通している敵とみなして行動する。


 常に最悪の事態を想定して行動した方がいい。

 情に流されてはいけない――そう思った。



 ◆



 厳しい寒さが続くある日の昼休み。

 まだ疑惑の段階で茜に共有するかしまいかずっと悩み続けていた仄香は、尚弥の部屋で見たものについてついに茜に打ち明けた。

 黙ってココアを飲みながら聞いていた茜は、怪訝そうに再度確認してくる。


「つまり、尚弥がM.Oと繋がってるってこと……?」

「まだ確信は持てないけど、その可能性はあると思う」

「うーん……」


 茜は納得がいかないような表情でおもむろにパソコンを操作した。

 当時の男児誘拐事件の記事が空中に映し出される。尚弥の名前は伏せられているが、記事には事件の経緯が細かく記載されていた。

 高レベルの異能力者の少年が失踪し、事件当初から警察が捜索を続けたが半年間全く糸口が掴めなかったこと。この事件は異能力犯罪の巧妙さとM.Oという組織を再度世間に知らしめることになったこと。少年は奇跡的に生存しており、半年間監禁されていた彼のメンタルケアが必須であることなど。

 ほぼ仄香が把握している情報と同じことが書かれている。ただ、誘拐されていた半年間、尚弥がM.Oにどのような扱いを受けていたかは記事からは分からない。


「犯人は尚弥の異能を狙ってたみたいだね……。電気操作系統の異能は珍しいし、応用力が高いから。特にあの年は社会のデジタル化が今後一気に進むと予想されてた時期だし、犯人たちは尚弥の将来性を確信してたんだと思う……。子供の頃から早い段階で洗脳すれば組織の従順な奴隷になってくれただろうしね……」


 茜は空中の画面を操作して様々な記事を引っ張りつつ、ブツブツと呟く。

 尚弥がM.Oと繋がっているだなんて荒唐無稽な話を真剣に考えてくれるのだからとても有り難かった。


「おねえちゃんの考えが正しいなら目的は、――スパイとして育てるため、とか」

「…………」

「異能力犯罪対策警察はなろうと思ってすぐなれるものじゃないからね。武塔峰みたいに国が定めてる学校か養成機関を卒業しないとそもそも免許も取れないわけだし……情報がほしいなら既に異犯に所属している警察を寝返らせるか、最初からスパイとして教育したうえで養成機関に入れるかしかない」


 尚弥が急に武塔峰を目指し始めた理由も、正直よく分からない。

 海外から帰ってきて養成機関で励んでいた夏菜子に影響されたと考えることもできるが、尚弥は姉を尊敬するようなタイプじゃない。そこも仄香が不自然だと思った点だ。


「考えれば考える程、わたし達の知らない空白の半年間が限りなく疑わしいね。――ただそれでも、わたしは尚弥がスパイだって説には否定的な立場を取らせてもらうけど……」


 茜が意外にもはっきりと否定した。

 仄香は期待を込めて聞いてみる。


「……何で?」

「勘だよ。感情に基づいたただの希望的観測」

「茜ちゃんにしては珍しいね。勘って」

「わたし、尚弥とおねえちゃんには論理的な思考が働かないから。尚弥はそんなことする人じゃない、って思っちゃうんだよね……。例え脅されようが洗脳されようが、相手に向かって噛み付いていくような、猟犬みたいな人だもん」


 ふふっと楽しそうに笑った茜は映し出していた画面を閉じ、仄香に向き直った。

 そして、テーブルの上に自身の端末を置く。


「――――ところで、おねえちゃん。最近尚弥とよく一緒にいるこの女、だぁれ?」


 笑顔なのに目が笑ってない。

 むしろ中途半端に笑っているから怖いまである。

 急に室内の気温が冷えたような心地がした。





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