見るは目の毒
仄香は怪しげなメモリーをじっと見つめた。
「……これ何ですか?」
「わたしの考えすぎならいいんだけどね、最近何か妙なのよ。異犯の情報に触れられた痕跡がある。一応尚弥に不審なところがないかチェックしてもらおうと思って」
尚弥は電気操作系統の異能力者であるが故に、インターネットを通じた攻撃行為の痕跡を辿ることができる。
しかし、高度なセキュリティを誇る異犯の情報に外からアクセスできる人間がいるとは到底思えない。
仄香の頭に真っ先に浮かんだのは、裏切り者である志波と宵宮だった。
(志波先輩と宵宮先輩がやった?……それを、夏菜子さんが疑ってるってことは……夏菜子さんは裏切り者ではないってことなのかな)
宵宮とやけに仲が良いので、夏菜子も敵組織と内通しているのではないかとやや疑ってしまっていた。
仄香は恐る恐る夏菜子に問う。
「夏菜子さんは、異能力犯罪対策警察の味方ですか?」
「はあ?」
「あっ、いえ、変なこと聞いちゃってすみません。ちゃんと組織のこと心配してらっしゃるんだなぁと思って……」
「当たり前よぉ。わたしの才能を思う存分発揮できる場所は異犯しかないもの」
髪の毛を弄りながら、何をくだらないことをと言いたげに答える夏菜子。
「……もし、敵に回るとしたらどういう時ですか?」
「さっきからあなた何言ってるのぉ?」
「もしも話です。例えば……大切な人が、尚弥が人質に取られたとして。異犯を裏切ったら助けてやると言われたら。そしたらさすがに、尚弥を取りませんか?」
「取らないわ。わたしの答え一つでバカ弟が死ぬとしても、わたしは組織を裏切るような選択はしない」
「……どうしてですか?」
「変な奴に捕まったなら尚弥の責任よ。この世は弱い奴が淘汰されるようにできてるもの。わたしはそんな弱者のために自分を曲げるようなことはしない。それが例え弟であろうとねぇ」
その回答を聞いた時――何となく、夏菜子は敵ではない気がした。
根拠はない。ただ、彼女は真っ直ぐだ。プライドがあって芯もある。組織の裏切りなんてことをするような人には見えない。おそらく今後も――彼女は裏切らない。
(異犯内部にも、夏菜子さんみたいな強い協力者がいたらいざという時に心強い。でも、心を読める宵宮先輩との接触回数が多い夏菜子さんに宵宮先輩たちのことを打ち明けるのはリスクがありすぎる……)
仄香がごちゃごちゃと思考を巡らせているうちに、夏菜子が動き出した。
「あなた意外とお喋りが好きなのねぇ。でもわたし、そろそろ行くわぁ。一応遠目にあなたのことは確認しておくから、何かあれば合図出しなさい」
「……分かりました。あの、護衛ありがとうございます」
「未成年に何かあったらわたし達の責任だからねえ。勝手に危ない目に遭うんじゃないわよ」
そう吐き捨ててきらびやかなカジノフロアの奥へと歩いていく夏菜子。
仄香も、覚悟を決めてゲームテーブルへ向かった。
◆
その夜、計画は順調に進んだ。順調過ぎる程に。
仄香と宵宮は何度も勝ち、同じテーブルでゲームしていた者の間では若い新人プレイヤーが二人いると話題になった。しかし宵宮の予想通りまだオーナーの耳に入る程ではない。
「高秋呼んであるから、先帰ってて。近くの駐車場で待ってるらしいよ」
まだゲームを続けるらしい宵宮が、夏菜子を通さず直接仄香にそう伝えてきた。夏菜子が聞いたら激怒すると思ったのだろう。
「私、まだ眠くないです」
仄香は帰りたくなくてそう主張した。
宵宮だけが残れば、宵宮の方が先にオーナーの目に付くかもしれない。どうしてもM.Oの情報が欲しいので、それは避けたかった。
そんな仄香の心中を読んだのか、宵宮がルールを追加してくる。
「んー、でも日付変わってるのに高校生連れ回すのはよろしくないからなぁ。でもそれがフェアじゃないっていうのは分かるから、もしほのぴが帰った後にオーナーに声かけられたらそれは無効ってことにしてあげる」
「…………」
確かに深夜帯の保護者同伴でない高校生の外出は取り締まり対象になっている。
歯がゆいが、宵宮たちに迷惑をかけないためにもここは引くべきだろう。
「分かりました。でも、ご多忙の志波先輩をわざわざここに呼んだんですか? 私なんかの送迎のために?」
会えるのは嬉しいが、向こうからしたらどう考えても迷惑だろう。申し訳なく思う仄香に、目の前の宵宮はクスリと笑う。
「仕方ないじゃん。高秋が来たいって言うんだもん」
「……志波先輩が? 本当に?」
「ほんとほんと。ほのぴのこと喜ばせようと思って話盛ってるわけじゃないよ。さすがに子供を閉店までこんなところに居させるわけにはいかないし、どうやって途中で帰らせよっかなぁって話してたら、高秋がほのぴを迎えに来たいって言ったの」
疑わしい、が、嘘をついている風でもない。
期待でごくりと唾を飲み込む。
「…………忙しい合間を縫ってでも、私のこと送りたかったってことですかね?」
「ほのぴ、ニヤニヤしすぎでしょ」
「か、勘違いかもしれないですけど、何事も良い方向に考えた方がいいと私は思うので! そういうことにしときます。では」
これ以上ニタニタとキモい笑顔を宵宮に見せるわけにはいかない。
それに、志波が既に待っているなら急いで向かわなくては――と元気に踵を返そうとした仄香の剥き出しの肩を、宵宮が後ろからガシッと掴んで止めてきた。
「先にホテル戻って着替えるの忘れないようにね。ルームキーは持ってるよね?」
「は、はい」
掴む手の力がいつもより強かったため少し狼狽えつつ、小ぶりなバッグからホテルのルームキーを取り出して宵宮に見せる。
「ん、よろしい。高秋なら車内で仕事してるから、焦らずゆっくり着替えてきていーよ。ほのぴのその格好、僕としては高秋にはちょ~っと見せたくないかもだし」
「……はい?」
「見るは目の毒、ってねぇ。まぁほのぴは知らなくていいよ、厄介な男の性なんて」
そう言ってぽんと背中を押された。
どういう意味ですかと聞こうと思ったが、それを聞く間もなく彼はゲームフロアに戻ってしまう。
仄香はその背中を見届けてから、気を取り直して前に進む。
歩く度、かつんかつんと履き慣れないヒールの音が廊下に響いた。
◆
ホテルで着替えて髪を櫛でとかしていると、夏菜子、宵宮とのグループチャットが動いた。宵宮からの追加指示だ。
仄香に関しては、冬休み中は毎晩、冬休みが明けてからは金曜日と土曜日の夜に毎週参加するようにとのこと。まるで部活である。
(……夏菜子さんはああ言ったけど、私への態度がちょっとくだけてるだけで、宵宮先輩は結局私のこと子供扱いしてる気がするな)
仄香だけ早く帰すことや、次の日休みの時にしか呼ばない点に宵宮の気遣いが表れている。
有り難いことだがもどかしくもあり、早く大人になりたい気持ちも湧いてきた。
鏡の前で前髪を整えてからホテルの部屋を出る。
宵宮から送られてきた駐車場の位置を頼りに目的地へ向かうと、志波の車が入口付近に止まっていた。
小走りでそれに近付き、窓から覗き込んで会釈すると、車のドアが自動で開く。
「志波先輩、お迎えありがとうございます!」
「……尻尾が見える」
「えっ」
「随分嬉しそうだなという意味だ」
「そ、そりゃ嬉しいですよ。その、……好きな人とまた会えて……」
ごにょごにょと照れながら好意を主張し、助手席に乗り込んだ。




