交渉
「ったり前よ。武塔峰の生徒ならそれくらいすぐできるでしょ。学校の試験よりは簡単なんじゃない?」
「いや……私はトップ層とは違って地頭が悪いので必死に何とかしてる感じというか……」
「はぁ~? 努力できるのも才能のうちよ。それができるならこれも必死に何とかしなさぁい」
無茶だと抗議したくなりつつも、暗い車内で必死に資料に目を通す。幸いにも酔いやすい体質ではないため、到着までたっぷり時間を使うことができた。
しばらくして車があるホテルの駐車場に泊まる。一旦この部屋に荷物を置き、準備をしてから乗り込むらしい。
宵宮は一人部屋、仄香と夏菜子は同室だった。恋敵同士を同室にするような振り分けに宵宮の悪戯心を感じる。
仄香は部屋で夏菜子の私物らしいイブニングドレスに着替えたが、やや上半身の露出が多く胸元がスースーして気になった。
「これ、ちょっと恥ずかしいんですが……」
「仕方ないじゃなぁい。わたしこういう系統のドレスしか持ってないんだから」
「す、すみません」
貸してもらっている身で文句など言ってはいけないと気付き即座に謝る。
夏菜子は仄香のおどおどした態度にハァとあからさまに溜め息を吐いた。
「それより、ゲームのルールは覚えたわけぇ?」
「粗方ですが、覚えました。少なくとも初心者な感じは出さないように頑張ります」
「……ふーん?」
夏菜子が目を細め、仄香をじっと覗き込んでくる。
「あなた、何でそんなに自己評価低そうなの?」
「……え?」
「聞くところによると武塔峰での順位も悪くないみたいだし。異能もあって、都内トップ校に所属してて、授業にもそれなりに付いていけてて。そんなに自信なさげにしている理由が分からない。職場見学の時に毎年指導してるけど、武塔峰の生徒って大したことなくても自信持ってる子多いじゃない。どちらかと言うと自尊心が肥大化してる、選民意識強いタイプの生徒の方が多いっていうか。少なくとも、あなたって武塔峰じゃ珍しいタイプなんじゃない?……高秋は謙虚な女が好きってことなのかしらぁ?」
うーんと唸りながら仄香から顔を離した夏菜子は、太腿に巻いてあるホルスターに拳銃をセットした。
その綺麗な背中に向かってお礼を言う。
「あ、ありがとうございます……」
「褒めてないわよ。薄気味悪いっつってんの。調子に乗っててもいい年頃で全く調子に乗ってないことが」
「…………」
「わたしがあなたくらいの年齢の時は、わたしが世界で一番美しくて強いと思ってたもの」
堂々と言い切った夏菜子を見つめた。
自信を持てない理由など、仄香が一番理解している。
――尚弥に長年いじめられていたことと、世界的な研究者である茜が双子として隣にいたこと。
幼なじみ二人の存在が、今も根強く仄香の自信を縛り付けている。
しかし、あなたの弟にいじめられていたからですなどとは言えず口籠った。
「まぁいいわ。さっさと行きましょう」
そうこうしているうちに、ホルスターをドレスで隠した夏菜子が立ち上がる。
仄香もそれに続いた。
◆
カジノフロアは外観で想像していた以上に広く、多数のテーブルゲームやスロットマシンが並んでいた。年が明けてまだ間もなく、ようやく三が日が終わった日の夜だというのに、人の数もかなり多い。皆それほどゲームが好きなんだなと驚いた。
偽装の身分証明書を提示し、三人で入場する。体格のいいスーツ姿の男性が複数人歩き回っており、妙な真似をしたらすぐつまみ出されそうな緊張感があった。
ゲームをしている人々の目が爛々と輝いていて何だか恐ろしく、隣に立つ宵宮の方に少しだけ身を寄せる。
すると、いつもよりピシッとした黒いジャケットを羽織っている宵宮が、じろじろと仄香を見下ろしてきた。
「高秋に抱かれてた時も思ったけど、ほのぴって着痩せするタイプだよね」
「……はい?」
「柔らかそうな身体してるな~ってこと」
遅れてその意味を理解し、サッと手で胸元を隠して宵宮から一歩離れる。
宵宮はクックッと低く喉を鳴らした。
「警戒すんなよ、襲いたくなっちゃうじゃん」
「そんなこと言われたら誰だって警戒します……どこ見てるんですか、通報しますよ」
「僕警察なんだけどなぁ」
「そうだった……」
いつものやり取りをした後、仄香は宵宮にこそっと交渉を持ちかける。
「あの、宵宮先輩」
「んー?」
「今回はバイト代いらないので、もし私が宵宮先輩より先にVIPルームに招待されたら、私の言うことを一つだけ聞いてもらえませんか」
M.Oについては調べている。しかし、さすが異犯が苦戦する犯罪組織――足取りが全く掴めない。
唯一内通している宵宮であれば、M.Oの情報を持っているはずだ。未来を変えるために次に必要なのはM.Oの組織としてのスタンスを把握すること。何故宵宮たちに加担するのか、その理由が知りたい。
「……ふうん。情報がほしいんだ」
仄香の心を読んだらしい宵宮は、愉しげに囁いた。
「いいよ。本当に成功させられたら、ほのぴの知りたいことを教えてあげる」
「……いいんですか?」
駄目元でのお願いだったので、その回答には驚いた。
「その代わり、僕が先に成功させたら何してくれる?」
「え」
「交渉なのに、ほのぴだけ得するなんて狡いでしょ」
それもそうかもしれない。
仄香は思考を巡らせるが、自分に宵宮の喜ぶようなものを提供できるとはとても思えなかった。お金もなければ情報もなく、差し出せるものは何もない。
「ええっと……」
折角交渉に応じる姿勢を見せてくれているのだから、何か用意しなくては。焦って視線をウロウロさせる仄香の耳元で、再度宵宮が囁いた。
「仕方ないなぁ。ちゅー一回でいいよ、激しいやつ」
仄香は必死に交渉材料を提示しようと考えていたのに、宵宮の方は冗談だったらしい。
拍子抜けしながら見上げると、宵宮の方も不意に顔を上げてフロアの方を確認した。もうすぐゲームが始まりそうなテーブルがある。
「そろそろ行くね。何かあったら無線で呼んで。気が向いたら助けてあげる」
「気が向いたら……なんですか?」
「まぁ、夏菜っちもいるし大丈夫でしょ。ほのぴはゲームに集中して、とにかく勝ち進めて。オーナーの目に留まるくらい派手な勝ち方しよーね、お互い」
ウィンクして去っていく宵宮の背中を見つめながら、本当に大丈夫だろうかと不安に思っていると、隣の夏菜子が訝しげに呟く。
「あなた達って旧知の仲だったりするわけぇ?」
「いえ、初めて会ったのは職場見学の後くらいです」
「ふーん。あそこまで年下の女の子に本性モロだしな千遥初めて見たわぁ。初対面の時は面倒見良い爽やかお兄さんって感じだったでしょお?」
夏菜子に言われ、初めて会った時の宵宮を思い出す。
打ち上げで焼き肉に連れて行ってくれた宵宮は、確かに後輩思いのお兄さんといった感じの優しさがあった。仄香の中の宵宮に対するそのイメージは、寮の部屋であんなことがあった辺りから崩れていったが。
「あいつ外ヅラは基本的にそんな感じなのよ」
「……私のこと、子供扱いはしてないってことなんでしょうか」
そうなら嬉しい。
いつまでも子供でいたくないと言った仄香の要求を尊重してくれているのかもしれない。
「――あ。そうだ」
夏菜子がふと思い出したかのように、胸元からパソコンに差し込むようなメモリーを取り出した。仄香はどこから出してるんだとギョッとしつつ、差し出されたためそれを受け取る。
「それ、今日帰ったら尚弥に渡しといてくれなぁい? あいつ昨日から実家から寮に帰ってるから」
「え……でも、帰る頃には消灯時刻過ぎてるでしょうし、私が連絡しても来てくれるかどうか……」
「ならわたしから受け取れって連絡しとくわぁ。どうしてもそこに入ってるデータを早めに解析してほしいの」




