年明け
明成五年が幕を閉じ、明成六年がやってくる。
多くの生徒が実家に帰っている正月。
咲もいない一年の始まりを、仄香は茜と過ごしていた。年越し蕎麦は一緒に作り、結局おせちは時間がかかりそうだったのでスーパーで買って楽しんだ。
スーパーは年末年始の買い溜めが多かったのかすっからかんになっていて、残った食べ物を探すのが大変だった。
初詣も行きたかったのだが、人混みが嫌いらしい茜からは、ただでさえ参拝客数の多い元旦はやめておこうと提案された。
その提案を受け入れ、一日、二日と暖房のきいた研究室でゴロゴロした。たまに外へ出て買い出しをするくらいで、他はずっと茜と一緒にまったり年始番組を観ていた。
こんな期間もたまにはあっていいだろう。特に放っておくとずっと研究している茜には、休息する良い機会を作ってあげなければいけない。
初詣に行くことになったのは三日目。
三が日最終日に、二人はようやく生活圏外に出るための準備をすることになった。
向かったのは縁結びや恋愛成就で有名な、東京五大神社の一つ。三日目とはいえ境内は人でごった返しており、新年感を出すためか太鼓の音が鳴り響いていた。
参道に並ぶ人の群れの最後尾にちょこんと立って隣の茜を気遣う。
「茜ちゃん、寒くない?」
「ううん……。おねえちゃんが並びたいなら、いくらでも並ぶ……」
マフラーに顔を埋めながら言う茜はわずかに震えていた。
強がっているのが丸分かりだ。
仄香は志波がデートの時仄香にしたように、自分のマフラーを取って茜に渡した。
茜は遠慮がちにそれを受け取り、マフラーの上にマフラーを巻く。
「それにしても、何で皆こんなに朝早くから並ぶんだろうね……。この人数、下手したら辿り着くまで数時間かかるんじゃない……? これが風習ってやつなのかなあ」
「あはは、茜ちゃん、神様とか信じてなそうだもんね」
「え……? わたし、神様は信じてるよ」
「ええ? そうなの? てっきり科学的に証明できるようなものにしか興味がないものと思ってたよ」
茜が非科学的なものを信じているなんて意外だった。
「神様には、昔助けてもらったことがあるんだ」
そう言って微笑む茜を見て、仄香は内心、茜が言うならいるのかもなと思った。
神に対しては半信半疑だが茜のことは信じている。自分より何十倍も頭のいい彼女が信じているならいるのだろう。
ようやく最前列に着いた時には体が気温に慣れて寒さを感じなくなっていた。
仄香は〝未来をいい方向に変えます〟と一年の抱負を心の中で述べた。
今年は色々なことが起こる年だ。
最初に止めなければならないのは春の未来。
志波が飛び降り自殺の現場を見る未来だ。
あそこから志波の行動がエスカレートしていくとしたら、意地でも止めなければならない。
そのためには場所だけでも特定したい――茜に喋りながらそう思っていると。
「ああ、あそこ、東京MIRAIタワーの裏手だよ」
茜はあっさりとあの未来の場所を言い当てた。
あの夢だけは、未来視の異能が目覚めた当初、茜に映像として共有していたのだった。
「あと、春しかやってないイベントの旗が立ってたから、今年の開催期間を調べたら時期は大体特定できると思う……」
「……茜ちゃん、天才?」
「えっ。……ふ、ふふ。おねえちゃんに言われると嬉しいなあ……」
茜が嬉しそうに不気味な笑い方をする。
時期と場所さえ特定できてしまえばあとは簡単だ。飛び降り自殺自体を食い止めるか、志波をその場所に行かせないようにするか。
(……でも)
過程を変えるのは簡単でも、結末を全て変えるのは難しいように思う。
東京MIRAIタワーで、尚弥の死という結末を避けるために行動したら、今度は咲が死にかけていた。
未来は先行する出来事によって既に確定しているという決定論は量子力学によって否定されている。しかし、もしもある程度回避しにくい、あらかじめ決まっている結末――運命と呼べるようなものがあるとしたら。場所を変えようと時期を変えようと、志波はいつか別の形で人殺しに目覚める。
未来視で視た未来は基本的には異能力者によってしか変えられない、と茜は言っていた。確率的に未来を予測しているだけであるならばそこまで変えにくいはずはない。
仄香は今、いわゆる運命を相手に戦っているのかもしれない。かなり難しい挑戦である。
新年早々やや不安を感じながら、人々が賑わっている場所でおみくじをひいた。
紙には大きく〝中吉〟と書かれている。
「……中吉だった」
「わたしも中吉……」
「……中吉ってどうなんだろう? いいのかな?」
「凄くいいってことはないと思うけど、いい方じゃない……? 自分の努力次第で運勢が上がるラインって聞いたことある」
茜と話し合ってから、お互いおみくじの内容に目を通す。
願望:後になって叶うが遅い 絶望しないこと
旅行:行くな 事故に注意
学問:今は良くも努力怠れば下がる
商売:売買ともに利益あり
転居:支障なし おすすめはしない
方角:西北の間 万事よし
恋愛:その人ではない
(後になって叶うが遅い……)
おみくじの内容を鵜呑みにしすぎてもいけないが、何だか不穏な文字の羅列だ。
茜はどうだっただろうと思って許可を得て覗き込む。
願望:本質を忘れると望み叶わず
旅行:出費多し つつしめ
学問:身をつつしんで専念せよ
商売:利益なし 損あり
転居:動かぬがよし
方角:西の方 吉
恋愛:裏切られる 深入りやめよ
「……同じ中吉なのに、茜ちゃんの方が内容がやや厳しくない?」
「うん……ショック……」
意外と神を信じているらしい茜は落ち込んでいた。
「まぁ、結ぶとよくなるって聞くし。一緒に結びに行こう」
茜を連れておみくじ結び所へ向かう。
人が混み合っていてなかなか結べなかったが、何とか端の方に結び終わり、戻ろうとしたその時。
「――あら? 茜ちゃんと、仄香ちゃんじゃない?」
後ろから懐かしい声がした。
振り返ると、そこには尚弥の母親と父親――そして、尚弥と夏菜子が立っていた。伊緒坂一家も今日初詣に来たらしい。
夏菜子は仄香を見るなりキッと睨み付けてくる。志波と仄香がクリスマスデートしていたことが気に食わないのだろう。
仄香はそれを察してさっと視線を逸らした。
「あらあらあら、久しぶりねぇ。ほら、あなた、ご近所の紫雨華さんよ。昔尚弥がよく遊んでたでしょ」
「ああ……。紫雨華さん家の双子ちゃんか。二人とも大きくなったね。昔は何をするにもずっと一緒だったもんなあ。夏菜子が海外行っちまって、尚弥は一人っ子みたいなもんだったから、遊び相手ができて助かっていたよ」
「二人とも武塔峰なんでしょう? 尚弥とまた遊んでやってねえ」
尚弥の両親が懐かしそうに仄香たちを見てくる。
尚弥の家は共働きで、両親ともに激務だと聞いている。そのおかげで彼らが家に帰ってくることはほとんどなく、夏菜子が留学しに行った後の尚弥はずっと一人ぼっちだったらしい。子供の頃三人で遊ぶことが多かったのは、そんな理由もある。
尚弥がくしゅんっとくしゃみした。夏菜子が訝しげに尚弥をじろじろと見つめる。
「尚弥、あなた風邪引いたんじゃない? バカのくせに」
「あ? 誰がバカだ」
「わたしよりはバカでしょお?」
「は? 誰に向かって言ってんだよ」
「は? あなたこそお姉様に口答えする気?」
尚弥と夏菜子が言い争いを始めた。




