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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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わたしにも嘘つくんだね



 仄香は何だか気まずく思いながら、誤魔化すように珈琲を飲んだ。

 咲も志波も、仄香にとってはどちらも大切な人だ。


 ――『一人の人間が一度に大切にできる人間の数は限られてるし、誰かを大切にすることが他の誰かを粗末にすることと同義になることだってある』


 宵宮の発言、あれはもしかすると、咲の話だったのかもしれない。

 ――どちらかを取れ、ということだろうか。

 確かに今の仄香はどっちつかずだ。咲のことが大切だと言いながら、咲が死ぬ未来に加担するであろう志波のことも好きでいる。


 ――『わたしなら志波高秋と宵宮千遥は先に殺す』


 茜の嫌な発言が脳裏を過ぎった。

 カップの中の黒い水面をじっと見つめていた仄香は、深く考えてから顔を上げ、正面にいる志波を見る。

 そして改めて、綺麗な顔だなと思って見惚れた。


(……やっぱり駄目だ。私はどっちも大切だ)


 きゅっとカップの持ち手を握った仄香に、志波が不意に問いかけてくる。


「君は怖くないのか」

「……え?」

「俺達と関わり続ける、その選択自体がもし誤りだった場合はどうする? 君は、君が俺達に接触することで未来が悪化するという可能性を考慮していない」


 仄香は黙り込んだ。そしてすぐに口を開く。


「その選択が正解だったかどうかなんていうのは、全て後から決まることではないですか?」


 それが昔から仄香の根底にある価値観だった。

 宵宮にギャンブラーだと表現されたのを何となく思い出す。確かに、仄香の本質はそうであるのかもしれなかった。


 今、仄香は未来を賭けたギャンブルの渦中にいる。


「選んだ道を正しいものにするのはその後の自分自身だと思ってます。それに、今志波先輩と関われなかったら、志波先輩はいつか犯罪者になってしまって今よりも関わるのが難しくなる。どうせ会えなくなるのなら、今少しでも足掻きたいんです。あなたのことが好きだから」


 このまま行けば、志波高秋という人間はテロリストまっしぐらだ。そうなれば、正義の道を目指している仄香と志波は敵対することになる。会えなくなってしまう。それだけは絶対に嫌だった。

 正面の志波は少し驚いたように目を見開いていた。

 その志波の顔に、先程までとは異なる色の光がゆっくりと差し込む。


 横を見れば、ビルとビルの隙間、朝日が彼方に昇っていた。


「朝ですね、志波先輩」

「……ああ。今日の日の出は早いな」


 冬の太陽の光が、ビル群の無数の窓を照らし始める。


 例えいつか後悔することになったとしても。

 突き刺さるような凍てつく朝に、こんな風に隣で日の出を一緒に見るのは志波がいいと思った。



 ◆



 昼、本部の職員寮を出て送ってもらった仄香は、迷わず茜のいる研究棟に向かった。

 言い争いのようなことをしたまま連絡も取っていなかったので少し緊張する。

 茜の研究室の前に立ち、すうっと息を吸ってからノックした。


 すると、中からバタバタと音がして茜が出てくる。

 仄香を視界に入れた茜は、いつも通りにへらと柔らかく笑って「おねえちゃん」と愛おしそうに呼んできた。

 まるで何事もなかったかのような、いつも通りの茜だった。


 仄香は違和感を覚えつつ、中に入って椅子に腰をかける。

 テーブルの上は珍しく最初から片付いていた。持ってきた水族館のクッキーの箱を置き、鼻歌を歌いながら歩いていく茜を見つめる。


「茜ちゃん、何かあった?」

「どうして……?」


 飲み物を入れる茜が横目に仄香を見返す。


「いや、何かご機嫌だなって」

「おねえちゃんに言われた通り、よく寝たからかも……。一昨日は疲れてて、おねえちゃんに当たるようなことしちゃってごめんね……。人間、ストレス溜まるとだめだね」


 茜はバツが悪いようで頭を掻き、いつもの紅茶を入れてくれた。

 お土産に買ってきたクッキーの箱を開けた茜は、お腹が空いていたのかバクバクと凄いスピードで食べていく。


「ほれで、ほうはっはの?」

「うん?」


 口に食べ物を入れながら喋る茜の言葉が全く聞き取れず聞き返す。

 茜はごくんと噛み砕いたクッキーを飲み込んでから質問を繰り返した。


「それで、志波高秋とのデートはどうだったの……? 楽しかった?」

「あ……う、うん。あのね茜ちゃん、実は未来が大きく変わったの。何で今積極的に志波先輩と関わってるのか説明できてなかったから色々心配させちゃったと思うんだけど、私、あえてあの未来の原因となる人達と接触することで彼らを説得する手がかりを得ようと試みていて」

「ああ、うん。おねえちゃんのことだから、そんなことだろうとは思ってたよ。おねえちゃん、性善説信じてるタイプだもん……。止めても聞かないでしょ……」

「……ごめん」

「別に、もういいよ。そこはおねえちゃんとわたしの考え方の癖の違い。わたしはさっさと殺すべきだと思うけど、おねえちゃんはそうじゃないんでしょ……? みーんな、全員ひっくるめてハッピーエンドにしたいんだよね」

「……難しいよね」

「おねえちゃんがそれを望むなら、わたしも協力する」


 ぺり、と個包装されたクッキーの袋を開けながら茜が言う。

 気まずくて俯いていた仄香は顔を上げた。


「それより、デートはどうだったの」


 続けざまに再び聞かれる。


「わたし、真面目な話じゃなくて、おねえちゃんの惚気が聞きたくて聞いてるんだよ……?」

「えっ」

「長年恋い慕っていた人とのデートでしょ。お相手の性癖については、ちょっとどうかと思うけど……まぁ、おねえちゃんの好きな人だし、ギリギリ、まぁ何とか許すとして……」


 物凄く譲歩されているのを感じた。

 茜と恋バナなんてしたことがないので少し緊張しながらも、仄香はゆっくりと時間をかけてデートすることになった経緯や、昨日あったことを打ち明けた。

 昼食はお洒落なカフェだったこと、志波のおかげでスムーズに入れたこと、映画は志波の心に刺さっていなかったこと、志波が水族館の魚に詳しかったこと……デートで起こった全てのことを、記憶が新しいうちに茜に伝える。

 惚気ているうちに調子が付いてきて、実は夜も職員寮に泊まったということを勢いで話してしまった。

 ニヤニヤしながら全て話し終えた後にふと正面を見ると、聞いていた茜の顔面が蒼白になっていた。


「………………付き合ってもないのに体を許したってこと?」

「え!? い、いや、まぁ、そうだね。言いようによってはそうなるね」

「だ……駄目だよおねえちゃん。だ、だめ、だめだよ、絶対だめだよ……」


 壊れたラジオのように「だめ」という言葉を連続で呟く茜。

 珍しく焦っているようで、紅茶のカップを持つ手がプルプルと震えている。

 心配してくれているのかと思って慌てて補足した。


「あっ、無理やりとかでは全くないよ? ちゃんと合意の上で……」

「それでもだめだよ! お、おねえちゃん、意外と性に開放的なところあるから……なぁ……妹としては複雑な気持ちっていうか……そ、そっか……おねえちゃんがそんな、生まれたままの姿で志波高秋の前に……」


 茜は動揺しているのかブツブツ呟きながら俯く。


「こ……怖いことされなかった……?」

「大丈夫だよ。むしろ、幸せだった。まさか初恋の人と結ばれるなんて思ってなかったし……」

「――――〝初恋〟?」


 それまでタジタジしていた茜の表情が、その瞬間ずるりと抜け落ちた。



「おねえちゃん、わたしにも嘘つくんだね」



 意味深げに薄く笑った茜は、仄香が何か言う前にパッと表情を変えて手を叩く。

 その笑顔は明るく可愛らしく、いつもの茜だった。


「そうだ、おねえちゃん。年末年始は何する? わたし、年越し蕎麦が食べたい」

「え?……う、うん……。私も、折角だから年越し蕎麦とかおせち料理とか食べてみたいなって思ってた。毎年年末年始は二人で過ごせてなかったもんね」

「おせち料理かあ。食べたことないなぁ……。作ってみるのもアリかもね……」

「でもおせち料理って難しいって聞くよ。初心者二人で作れるかなぁ」

「おねえちゃんの未来視で失敗するかどうか予知してよ」


 くすくすと冗談っぽく笑う茜。その様子にほっとしつつも、やはり何か違和感を覚えるのだった。





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