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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校一年生編

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クリスマスディナー



 久しぶりに向かう異能力犯罪対策警察本部の職員寮。

 仄香は志波と共にエレベーターに乗り込んだ。

 最初にここに来た日は、志波に目の前で犬を殺されるわ不名誉な写真を撮られるわ散々だった。

 あの直後は本当に志波や宵宮が恐ろしくて仕方がなかったのに今はそうではない。仄香は自分の順応力を誇らしく思った。あの時関わることを諦めていたら、今ほど志波や宵宮のことを知ることはできなかっただろう。


 高層階に到着し、志波と宵宮の暮らす部屋に入ると――犬が三匹、仄香の体に突っ込んできた。

 それも全て、前回来た時と全く同じ種類の犬だ。

 同じ犬種の犬をわざわざ選んで飼い直すくらい好きだったなら殺さなければよかったのにと思う。


(志波先輩は生命のことを、いくらでも代わりが利くものだと思ってるんだろうな)


 あの時部屋にいた犬も、今目の前にいるこの犬たちも、志波にとってかけがえのない存在ではなかったのだろう。


「志波先輩。私、犬が好きです。可愛いと思ってます」


 飛びかかってきた犬の頭を撫で、そう伝えた。


「いくら吠えられても不快じゃありません。だから、今日は殺さないでください」


 今の志波なら自分のお願いを聞いてくれる気がした。

 見上げた先の志波が「ああ」と短く返事する。仄香はほっとしながら靴を脱ぎ、部屋に上がった。


 部屋の暖房は入っているのに宵宮の姿が見えない。

 電話であれほど言ったのに、気を使って出ていったのかもしれない。荷物を部屋の隅に置き、端末を取り出してもう一度電話をかけようとしたその時、がちゃりと洗面所の扉が開いた。


「おかえり~」


 中から出てきたのは、半裸の宵宮。

 風呂上がりなのか髪がまだ濡れていて、がしがしとタオルで頭を拭いている。


 仄香は思わず視界に入った腹筋を凝視してしまった。


(何その美しい筋肉!?)


 意外と言うのも何だが割れている。

 宵宮は中性的な顔立ちをしているため、何となく筋肉も自分と同程度だろうと勝手に想像していた。しかし、目の前にあるのは予想以上に隆々とした筋肉。


(負けた……)


 仄香は自身の腹を摘んで絶句する。

 そこにあるのは贅肉だ。もっと体脂肪率を落とさねばと敗北感に苛まれる。


「ごめんね、汗かいたから先に風呂入ってた。髪乾かしてくるから待ってて」

「クランチのセット数を上げなければ……」

「何の話?」


 筋トレメニューについて真剣にぶつぶつと呟く仄香に、宵宮がおかしそうに笑う。

 その表情を見て、泣いてないなと少しほっとした。心配事には過剰なくらい対応しておいた方がいいし、何もなければそれでいい。

 洗面所に戻っていく宵宮の背中を見届けてから、リビングの志波の元へ向かう。


 マフラーを志波に返してからコートを脱いだ。

 ケーキは最後に食べるので冷やしておいた方がいいだろうと思い、開ける許可を得て冷蔵庫の中に入れる。

 コース料理を頼んでいたので、ローストビーフやチキン、サラダ、スープなど多くの料理がテーブルに並んだ。お邪魔している身なのでできるだけ志波の手を煩わせないよう、さっさと食器棚から取り皿と箸を出す。


「量多いですね。今日食べきれるかな……」

「残れば捨てる。無理に食べなくていい」

「うーん……食品ロスになっちゃいますし、残ったら私が明日の朝食べます」


 言いながら椅子に座ると、志波が興味深そうに目を細めた。


「君は何でも大切にするんだな」

「ずっと貧乏だったんで、食べ物は大事だったんですよ」


 そんな話をしているうちに、大きめのパーカーに着替えた宵宮がリビングに入ってくる。「お、うまそー」と仄香の肩に腕を置いて食事を覗き込んでくる彼からは、ほんのり石鹸の香りがした。

 宵宮は冷蔵庫からビール缶を持ってくる。ぷしゅっと音を立ててプルタブが開いた。


「もう食っていい? お腹減っちゃった」

「いいですよ。時間、結構遅くなっちゃいましたね」


 仄香は皿にサラダを取り分けながらちらりと時計を見る。

 時刻は二十一時。晩ごはんにしては少し遅い時間帯だ。

 歩き疲れたこともありお腹が空いている仄香は、椅子に座ってサラダを食べ始めた。


「で、デートはどうだったの?」


 宵宮が志波と仄香に面白がるような視線を向けてくる。

 何から報告すべきか迷った後、仄香は鞄の中からキーケースを取り出した。


「見てください、これ、志波先輩とお揃いなんです」


 キーホルダーを見せつけて自慢する。


「……そのイルカ?」

「はい!」


 元気よく返事すると、宵宮がぶはっと噴き出した。

 そして、からかうように隣の志波を覗き込む。


「高秋でもお揃いとかするんだ? へーえ」


 無表情のままチキンに齧り付いている志波の口元が何だかエロティックで、邪な気持ちでじぃっと見つめていると、宵宮が嫌な話題を出してきた。


「夏菜っちにペアリング強請られた時はすげえ面倒臭そうにしてたくせに」


(ペアリング…………)


 グサァッと大きな包丁が仄香の心に突き刺さる。

 図らずして元カノとの思い出話を聞いてしまった。


「そういやあのリング今どこに置いてあんの? 一回も付けてないじゃん。高かったっしょ、あれ」

「奥の棚だ」

「ああ、内側に名前彫ってるから売れないんだっけ?」


(名前彫ってる…………)


 宵宮の発言にグサグサグサッと何度も心を刺された。

 成人女性と成人男性のカップル。今の仄香にはどう足掻いても届かない大人の付き合いだ。高価なペアリングなんて大人っぽい男女交際をしていた志波と夏菜子に比べれば、今日行ったデートなどままごとのようなものに思えてくる。

 ずぅーんと沈んでいると、宵宮がヘラヘラ笑いながらフォローしてきた。


「あー、違う違う。落ち込ませたかったわけじゃなくて。それだけ物に無頓着な高秋がわざわざイルカのキーホルダーなんてお揃いで買うのが凄いってことだよ。ほのぴは喜んでいいよ」


 どうやら仄香の考えていることを読んだらしい。

 宵宮の異能の前では全て筒抜けなことに恥ずかしくなった。


「ほのぴ、おとなしそうに見えて意外と嫉妬深いからなぁ。高秋、気を付けなよ? 他の女の気配匂わせてたらほのぴがその恋敵に噛み付きに行ってキャットファイトになっちゃうかも」

「人を猛獣みたいに言わないでくださいよ」

「そうなったら俺の手にも負えないかもな」

「志波先輩まで……!」


 この二人の先輩には、自分がそんなに凶暴な生き物に見えているのだろうかと悩む。

 確かにもし今後志波の周囲をうろつく女がいたら丑の刻参りくらいならしてしまいそうな気がするが。


「やば、ほのぴ丑の刻参りするとか考えてるよ」

「夜中に神社へ行くような度胸はないように見えるが」

「確かに。ほのぴビビリだもんな~。丑の刻に外出るの怖がりそう。もしあれだったら呼んでくれたら僕が付いてってあげるからね?」


 勝手に心を読んでは次々と好き勝手なことを言われ、むっとして反論する。


「子供扱いしないでください。志波先輩への愛があれば外くらい一人で出れますし、丑の刻参りもできます」


 ぎゃははと宵宮が笑った。

 仄香なりに覚悟を見せたつもりだったのだが、宵宮にとってはかなり笑いのツボに入ったようで、「キメ顔で言うなよ」とずっと笑っている。


 そうこうしているうちに食事も減ってきて、日付が変わる前には冷蔵庫で冷やしていたクリスマスケーキも三人で食べることができた。




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