おねえちゃんはわたしのもの
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翌日、何とかカプセルを回収した仄香は、昼休みの間にそれを持って茜の元へ向かった。茜は全く抵抗なくそれを受け取り、機械に読み込ませ始める。研究科は国からの支援金を大量に得ているため、このような最先端の技術も研究室で使えるらしい。特に茜はずば抜けた研究成績優秀者のため、個人の研究室が設けられており、どの機材も自由に扱える。
茜はコーヒーメーカーを使って仄香にコーヒーを差し出した。そして自分にも用意し、湯気の出たそれを飲みながら、ぽつりと言う。
「昨日、海外の文献を調べてたんだけど……そもそも、未来視で視た未来には、変えられるものと変えられないものがあるらしいよ」
もしかしたら知的好奇心がくすぐられて寝ずに調べていたのかもしれない。目の下に隈ができている。
「どれだけ頑張っても無駄ってこと?」
「ううん。変えられない未来の方がどうやら少ないみたいだから……変えようと努力する意味はあるよ」
熱いコーヒーにミルクを混ぜながら夢の解析結果を待っていると、大きな画面にノイズが走り、夢と同じ映像が流れ始めた。驚きの再現度だ。
舞い散る桜から、靴、志波、女性の死体――順番や映像の角度も全く同じ。夢で見た光景がそのままそこに映っている。
茜は研究で死体を扱うこともあるため見慣れているのか、なかなかグロテスクな映像であるにも拘らず冷静で、「なるほど……」なんて言いながらゆっくりとした動作でコーヒーを啜っている。
「これって、例のおねえちゃんが好きな人だよね……?」
「う、うん」
武踏峰の寮に入る前、実家で写真を飾っていたため、有名人に疎い茜でも分かったらしい。
緊張しながら肯定すると、茜は少し気まずそうに視線をそらして忠告してくる。
「死体を見て笑う人が好きなんて……おねえちゃん、男の趣味を直した方がいいのでは……」
「い、言わないで! そんなこと言わないで!」
まさか妹に男の趣味を否定される日が来ると思わず、恥ずかしくて頭を抱える。
茜は気を取り直すかのように別の質問を投げかけてきた。
「普通の夢ならこの機械を使ってもこんなにはっきりとは映らない……全体がぼやけてたり、色が付いてなかったりする。だからこれは、本当におねえちゃんの異能、未来視である可能性が高いね……。いつも見てるのはこの夢……?」
「いや、これは昨日初めて見た夢だよ。いつもは私が縛られてるところから始まって、目の前に友達の死体があって。そこに志波先輩が来るんだけど、志波先輩はどうやら警察側じゃなくて犯人側っぽくて……」
以前見た夢によれば、志波が関与していると思われる連続殺人事件が始まったのは来年の十月七日。この映像は春だ。
警告するかのようにこの映像が夢に出てきたということは、このタイミングで志波に何らかの変化があり、殺人に興味を持ったとも考えられる。
何にせよ死人が出ているのでこの未来も食い止めた方がいいだろう。
真剣に考え込んでいると、茜が不意に問うてくる。
「おねえちゃんは死ぬの?」
「え? 私? 私は……分からない。はっきり死の未来が視えたわけじゃないから。ただ死体の前で縛られてて、これから殺されるって感じの未来は視えた」
「そう……」
茜は険しい表情を浮かべ、研究室の散らかった机の上に持っていたコーヒーカップを置いた。
「おねえちゃんに害が及ばないなら、何人死のうと正直、どうでもいいんだけど……おねえちゃんが死ぬのだけは、食い止めなきゃいけないね。わたしの方でも調べ物を進めるよ……」
「ごめんね、茜ちゃん。本当は忙しい茜ちゃんにこんなこと押し付けるの気が引けるんだけど」
「いいよ……おねえちゃんの異能、興味深いしね……。それと、外国から多額のお金を積まれても無視してね。向こう行ったら何されるか分かんないし……」
茜の発言を理解できず「え?」と聞き返すと、茜は「自覚ないんだね」と苦笑した。
「おねえちゃんの能力、武塔峰異能力科の推薦基準に達してたってことは今後もっと成長する異能だろうし、今おねえちゃんは世界中が喉から手が出るほどほしい研究材料だよ……?」
「そ、そうかな」
「日本は未来視の研究が遅れてるから反応薄いけど、高レベルの未来視の異能力者は六十年以上世界に誕生してないからね……。深刻な研究材料不足なの。少しでもイサーエヴナ・コロヴニコフのような存在になれる可能性がある異能力者なら、おそらく世界中が黙ってない」
イサーエヴナ・コロヴニコフ。以前咲が言っていた有名な平和貢献者だ。自分がそんな存在と並べるとは全く思えないが、異能力レベルの成長可能性を計る遺伝子検査では、仄香は確かに異能力科の推薦基準に達していた。
もしかしたらとんでもない異能を発現してしまったのかもしれないと一抹の不安を覚える。
「大丈夫だよ……。おねえちゃんはわたしのもの。だから他にはあげない」
薄く笑う茜に少しぞっとしつつ、昼休みが終わりそうなので教室に戻ることにした。