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お前に刺されて死ぬなら悔いはない  作者: 淡雪みさ
高校二年生編

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謝罪



 一分ほど硬直していた気がする。

 ようやく魂を取り戻した仄香は何度か口をぱくぱくさせた後、何とか言葉を発した。


「プライバシーの侵害すぎる……何の嫌がらせ?」

「嫌がらせのつもりはねぇよ。お前の端末も、茜の端末もハッキングしてる」

「な……何故……? え、本当に意味が分からない……」

「心配だから」


 あっけらかんと答えられ、またフリーズしてしまった。

 思い返せば、年明けに尚弥は茜に「大丈夫か?」と聞いていた。あの時仄香は何のことだか分からなかったが、あれももしかしたら、茜の端末をハッキングして知り得た情報が何かあったが故の質問だったのかもしれない。

 しかしそれにしたってよくない。幼馴染みが心配だからというのを免罪符に許される行いではない。尚弥が見ているのは年頃の女子二人の閲覧履歴である。


「……いつから?」


 恐る恐る問いかける。


「高校上がってから。その頃からちょうど異能の応用も効いてきて、ハッキングも楽になったんだよな」

「きょ、許可取ってよ。知りたいことがあるにしても。勝手にやってたらまるで私達のストーカーみたいじゃん。茜ちゃんも嫌だと思うよ」


 言ってから、無頓着な茜は気にしなそうだと思った。茜はきっと見られて恥ずかしいようなものを閲覧していないし、相手が尚弥であれば許すだろう。気にしているのは仄香である。


「ストーカーで何が悪い」


 尚弥は涼しい顔で開き直った。

 本当に少しも悪いと思っていないであろうその様を見て、仄香は呆れ果てて反論できなかった。あれ、こっちが変なのかな? と錯覚すらした。



 衝撃の事実を聞いたせいで力が抜け、ずるずると壁に体を預けて階段の上に座り込む。四月から学校ではずっと緊張していたため、心から脱力するのは久しぶりだった。

 はぁ……と小さな溜め息を吐いた仄香の隣に尚弥が座る。そう簡単に立ち去ってはくれないらしい。

 仄香は自身の足を抱きかかえて俯いた。


「……私、死んで逃げたいって思ってる」


 どうせ尚弥には何から何まで知られているのだ。

 本当はこんな話を他人にするつもりはなかったけれど、既に知られているならもういい――という投げやりな気持ちで吐露する。


「幸せな未来が来るって思えない。これ以上思い悩んで毎日苦しい思いするくらいなら、もう何も考えなくていいように、自分が二度と起きないようにした方がマシなんじゃないかって思う。毎日朝起きたら絶望する。これが現実なんだって」


 話している間もずっと心臓が痛い。

 好きな人の殺人を隠蔽しようとしている自分が被害者面する資格はないと理解している。

 通報すればきっとすっきりするだろう。正義の存在になりたい自分と現状の自分の乖離に苦しまずに済む。けれどそれができない。長年憧れてきた志波の存在は既に仄香の一部となっている。それを切り捨てることが自分の一部を抉り取るのと同じくらい痛い。


「お前、まだ死ぬなよ」

「……意外と許してくれないんだ」


 仄香のことをずっといじめていた尚弥に止められるのがおかしく、乾いた笑いが漏れた。尚弥なら、じゃあ死ねと突き放してくれると思ったのに。


「大抵の自殺衝動は一時的なもんだ。そんなもんに左右されんな」

「全然一時的じゃないよ。ずっと続いてて苦しい」

「ずっと続いてんのは死にてぇって気持ちだろ。それ自体はありふれた感情だ。そこに一時的な衝動性が合わさって行動に移す奴もいる。お前はそうなるな。どうせお前にあいつら殺せるわけねぇし、無駄死になんだよ」

「……私だって命懸ければ何か爪痕残せるかもしれないじゃん」

「一人でか?」

「…………」

「クソザコのお前にどうにかできるわけねぇだろ」


 じわりと涙が溢れてきた。最後に泣いてからずっと泣けていなかったのに、尚弥に罵倒されると自然と泣いてしまう。ずっと気を張って涙を止めていたのかもしれない。尚弥の言葉をきっかけにして、止めどなく目から水が溢れていく。

 不意に横から尚弥の手が伸びてきて、仄香の頭を撫でたので驚いた。


「もうちょっと待て。もっと状況が悪化して、もうどうしようもねぇってなったら死んでもいい。だからそれまで待て」

「…………」

「俺が殺してやってもいい」

「…………」

「楽にしてやる。一人で死ぬのは怖ぇだろ」


 尚弥のこんな優しい声を、久しぶりに聞いた気がする。

 茜のことで縁が切れてからは、仄香をいじめる意地の悪い笑みだけ見てきたし、冷たい声しかほとんど聞いたことがない。まるで昔の尚弥が戻ってきてくれたようで、明日は槍でも降るのではないかと思った。

 そして同時に、尚弥を巻き込んではいけないとも思った。


「……いい。そしたら、尚弥が私みたいに犯罪者になっちゃう。死ぬ時は一人で死ぬ」

「〝私みたいに〟?」

「私……」


 言いかけて、一旦言葉を呑み込む。

 これを言った時尚弥はどういう反応をするだろう。怖い。失望されるかもしれない。


「……私、尚弥の彼女殺しちゃった」


 けれど、これを尚弥に言わずして尚弥との協力関係を続けられる程、仄香の精神は図太くなかった。

 震える声で吐き出せた事柄は、説明の足りないものだった。実際には仄香が原因となっただけで、仄香が直接手を下したわけではない。けれどやはりまだ、志波が殺したとは言えなかった。


 尚弥から返ってきたのは拍子抜けするような反応だった。


「だから何だよ」

「……怒らないの」

「茜以外だったら、お前に俺の何殺されても怒らねぇよ」

「何でそんなこと言えるの」

「俺の方がこれまでお前に酷いことしてるから」


 思わず顔を上げる。視界に涙が滲んでいて尚弥の表情が見えない。だから定かではないけれど――その顔は少し、辛そうに見えた。


 仄香は制服の裾で目を擦って涙を拭った。

 たまたま仄香の命が尽きていないだけで、いじめもある意味心の殺人だ。小学生の頃からずっといじめの主犯だった尚弥の言葉には重みがある。


「それもそうかもね」

「肯定すんのかよ、そこ」

「ふ、ふふ」


 尚弥が渋い顔をするから、笑っている場合ではないのに笑ってしまった。

 笑った後で、作り笑い以外で笑うのは久しぶりだと気付く。


 幼い頃の尚弥はいつもこうだった。仄香と茜が悲しい時はいつも傍にいてくれた。仄香たちの気持ちを何でもかんでも見透かして、嘘を付いても見抜いてきた。そして慰めてくれるのだ。だから人間に対して警戒心の強い茜も尚弥にだけは懐いたし、三人はいつも一緒だった。

 まるで昔みたいだと思う。尚弥には尚弥がいれば大丈夫かもしれないと思わせる力がある。

 ひとしきり笑い続けた仄香は、すうっと深呼吸して隣の尚弥を見上げた。


「でも、酷いことをされたからといって酷いことをしていいわけじゃないからね。罪はちゃんと償わないとって思ってる」


 仄香はポケットから端末を取り出し、何ヶ月も無視していた受信画面を開く。通知自体切っていたので中身はまだ見ていない。

 志波は電話は何件か来ていたが、メッセージは一件のみだった。おそるおそるタップして中身を開く。


【手紙はどうした】


 こちらも拍子抜けするような内容だ。

 手紙というのは仄香が毎月送っていたファンレターのことだろう。四月、五月、六月と送っていない。小学生の頃からずっと送り続けていたので、こんなことは初めてだ。不審に思われても無理はない。




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