東京MIRAIタワー ②
しかし、現場に到着した途端、担当者である志波の言葉によって作戦Bは打ち砕かれる。
「ここからは二手に別れる。最も襲撃の可能性が高い、四階と五階に別れよう。四階には緊急時出動の警備ロボットも大量に存在する。こちらは生徒だけでもいい。念のため、四階の監視カメラは常時俺の手元で見られるようになっているからな。一迅咲と紫雨華仄香は四階、俺と伊緒坂尚弥は五階で待機だ」
早速尚弥と咲が分断されてしまった。五階は夢で視た、尚弥が死ぬフロアだ。仄香は慌てて調整を求めた。
「あの、多分テロリストたちが襲撃するのは、昨日の食料品とかお土産を売っているフロアだと思います」
「根拠は?」
「未来視で視ました」
「君は異能力を発現して何日だ?」
「……一ヶ月半くらいです」
「であれば、まだ安定期にも入っていない。それを根拠に行動を起こすのは危険だ」
志波の言うことももっともだ。しかし、不安材料は消しておきたかった。
「じゃあ、せめて尚弥は四階に回してください」
「――余計なお世話だ」
ここでようやく、昨日から仄香を無視し続けていた尚弥が口を開いた。
「そこまで言われりゃ俺だって慎重になる。俺が気を付けてたうえで殺されるとでも思ってんのか」
「でも……。ねぇ、志波先輩、五階は私と咲で、四階が尚弥と志波先輩じゃだめですか?」
「五階に生徒のみは危険すぎる。そうだな……。そこまで言うのなら、五階は俺と一迅咲、紫雨華仄香の三名体制。四階は伊緒坂尚弥のみで対応するというのはどうだ?」
「ありがとうございます! ……でも、尚弥を一人にするのもそれはそれで心配なんですが」
「元より伊緒坂尚弥は一人の方が異能を扱いやすいだろう。広範囲の電撃、それは周囲に味方がいればいるほど出しづらくなるものだ」
確かに、尚弥は一人でいる時の方が強い。そのうえ、四階には尚弥が電撃の応用でハッキングして支配下に置ける警備ロボットが何体も存在する。尚弥に有利なフィールドだ。
「俺はそれならそれでいいぜ。一人でも勝てる自信あるしな」
あの志波にほぼ単独の任務を頼まれたことで気分良くなったのか、尚弥は自信ありげな笑みを浮かべている。
(でも、四階で何が起こるかまでは視れてない……)
急に不安になってきた。もし四階の方が凄惨な戦場となっていたらどうしよう、と尚弥を見上げる。すると、尚弥は不服そうに眉を寄せた。
「あのさぁ、俺、どんだけお前に舐められてるワケ?」
「……ごめん」
「四階の様子は志波さんが常時カメラで見てくれてるんだろ。無線も繋がってるし、いざとなれば応援も呼ぶ」
「本当に、無理はしないでね。ライフルには気を付けてね」
尚弥が打たれてその場に崩れ落ちるあの映像が何度も脳内で再生される。あんな光景はもう二度と見たくない。
真剣にそう言うと、尚弥は少し黙り込んだ後、ぽつりと呟いた。
「お前、そういうところは茜に似てんな」
「そういうところ?」
「別に強くもねえくせに他人を守ろうとするところ」
それだけ言って、尚弥は面白くなさそうにポケットに手を突っ込んだまま四階に上がっていってしまった。その背中を眺めながら疑問に思う。
(茜、人のこと守ろうとするっけ……?)
むしろ茜は他人に対してかなりドライだ。好きな人にはとことん懐き、そうでない人には無関心。それが茜の基本スタイル。
ただの幼なじみである尚弥より家族である仄香の方が茜のことを知っているのは当然である。けれど、自分から見た茜と尚弥から見た茜の齟齬があまりに大きく、少し違和感を覚えた。
「俺たちも五階へ向かう」
そう言って志波が先に歩き始める。仄香と咲は慌ててその後に付いていった。五階へ向かうエレベーターに乗り込んだ時、志波が何かに気付いたように瞠目した。
そして、同じくエレベーターに入りそうになっていた仄香と咲を押し返し、小さな声で伝えてきた。
「表示されている重量がおかしい。このエレベーターは使えないな。一迅咲、俺と紫雨華仄香を五階に瞬間移動させることはできるか?」
「は、はい。しかし、五階とここはかなり高度が異なるので、一人ずつでないと移動させられません」
咲の瞬間移動能力には、一度に運べる物体の重量と距離に限界がある。
「それでいい。俺だけ五階まで移動させてくれ。紫雨華仄香は一般客を装って階段で五階まで上がってこい。怪しい者がいれば報告しろ」
志波はそう指示し、咲と先に五階まで移動した。
エレベーターの重量が違うということは、おそらくエレベーターには既に何か仕込まれているということだ。直にエレベーターは使えなくなる。相手は思いの外用意周到だ。
(こういう時は、まず周囲の人間の安全確保……)
警備の人たちに武踏峰の学生証を見せ、エレベーターの前に急いで使用禁止のテープを貼るよう指示した。今回襲撃されることを知っているのは東京MIRAIタワーの警備員のみだ。犯人を誘い出すため、観光客を出入り禁止にはしていない。この中には無関係の一般人たちが大勢いる。被害者はゼロにしたいと思った。
不審者に注意しながら階段を登り、五階までのエレベーターを順番に使用禁止にしていく。すると、耳に付いたワイヤレスイヤフォン型の無線機から、手元で全フロアの様子を見られる志波の声がした。
『何をしている? エレベーターを使用禁止にさせろという指示は出していない』
「しかし、このままでは一般客がエレベーターに乗り込みます。おそらくエレベーターの上に既にテロリストが潜んでいるか、エレベーターを利用できないようにするためロープを切られるか、爆弾を仕掛けられているかですよね? どの場合もエレベーターに乗り込んだ者の安全が保証できません。乗らせないようにすべきです」
『勝手な行動は慎め。任務の基本だ』
「こういった場合に優先されるのはまず周囲の人間の安全の確保ではありませんか? 無関係の誰かが死んでしまうかもしれません」
『人命より任務の遂行が優先だ』
「…………」
『俺たちの任務はテロリストの確保のみ。誰が死のうと構わない。エレベーターを使用禁止にすることで相手にこちらの存在を悟られることの方が問題だ』
――異能力警察にとって、上の人間の命令は、絶対だ。これが職場見学であり、異能力警察を目指す人間のための授業である以上、従うべきである。
夢の中の光景が浮かぶ。
尚弥が死んだのは自己判断で勝手な行動をしたから。
「……申し訳ありません」
指示を待たず先走ってしまった。その点は悪いと思いながらゆっくりと階段を登っていく。
志波の指示はあまりにも人命を軽視している。しかし、仄香の行動によって本当に計画が駄目になってしまう可能性は避けたい。
それに、先にテロリストを捕獲してしまえば被害は最小限になる。今は自分よりも実践経験が圧倒的に豊富な志波の指示に従おうと思った。
(……志波先輩なら、きっと全員守ってくれる)
仄香は知っている。
志波がヒーローであることを。
誰が死のうと構わない、と言いながら、最後には全員を救う。
志波がそういう人であることを、仄香は信じている。




