FPSプロゲーマーが年齢と戦いながら世界一を目指す話。
「あと一本!!!絶対取れる!俺たちが歴史造るぞ!!!!!」
リーダーの鼓舞が聞こえる。
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
チームメイトが吠える声。これを取れば延長戦に持ち込める!
絶対取る。絶対取る。絶対取る。
ラウンドの始まる音が響く。
リーダーが大胆に飛び出す!
キルログが二つ流れる。
「二人殺った!ゴーゴーゴー!!!」
流れが来た。5対3だ。
「勝てる...!」
乗ってやる。この流れに。
全員が流れ込む。中に残っていた敵を全員で倒す。粉砕だ。
5対2。これはいける。この形は完全に勝ちパターンだ。そう思っていたのに。
キルログが流れる。4対2。
「裏だ!」
一瞬のスキを突かれた!
全員の意識が裏に行く。その瞬間。
正面からリーダーがやられた。3対2。アイツが突っ込んできた。Devil1だ。
まただ。またDevil1だ!クソが。
もうアイツに破壊されてたまるかよ!
「裏まず殺るぞ!」
声を張り上げる。残った3人で裏をまず潰す!何度も合わせた動き。
「・・・今!」
一気に飛び出して、3人で銃弾を浴びせる。これで3対1!
残りはDevil1。Devil1だけだ!
後は同時に3人で倒しにかかれば勝てる。
近づく足音。さっきと同じことをすればいい。それだけだ。
「・・・今!」
さっきと同じ動き出し。完璧だ。これでDevil1は「詰み」だ。
だから、こんな事は「あっていいはずがない。」
飛び出し直後の一瞬をついて一キル。
それでも残る二つの射線を最小限の動きで「ずらす」
生み出したスキを使って冷静に頭を打ちぬく。二キル。
あっという間に俺とDevil1の1対1。もう飛び出してしまった俺は打ち合わないといけない。
冗談だろ。悪魔め!
俺がここで勝つしかない。
俺が。俺が歴史を作る!この撃ち合い、絶対勝つ!
「ッ!」
一瞬。
お互いがほぼ同タイミングで射出した銃弾。
わずか0.01秒以下の差。だがこの差が勝敗を決める。
【DEFEAT】
画面に表示されるDEFEATの文字。相手チームの歓声。
マジか。負けた。
負けた。
俺、負けたんだ。
感情が爆発する。
視界が歪む。涙で前が見えない。
立たなきゃいけないのに、椅子から立てない。
何で負けたんだよ。俺。
2017年世界大会、予選Cブロック。
5年前のあの日から現在まで、日本代表が世界大会で勝利を挙げたことはない。
「ッ!...またかよ」
最悪だ。頻繁に見るようになった5年前の夢。
あの日以来、多くの日本代表たちが世界の壁に挑んでは砕け散っていった。
俺自身もそのうちの1回に参加し、絶望的なまでに高い世界の壁を実感した。せざるを得なかったといってもいいだろう。
「...走るか」
最低限の身支度を整えて外に出る。
毎朝起きてからランニングするようになったのは3年前、23歳の時からだ。
プロゲーマー、特にFPSのプロゲーマーは選手寿命が短い。
理由は単純。年を重ねるにつれて、FPSにおいて最も重要な反射神経が落ちるからだ。
19~21を全盛期として、多くの選手が25までには衰えを感じて引退していく。
だからこそ、衰えを先延ばしにするためにしたくもないランニングを始めた。
俺は今年で26、いつ『賞味期限切れ』を起こしてもおかしくない。
「...ん?」
リーダー、いや、コーチから電話だ。
「もしもし?」
『もしもし?シノ、おはよう。』
「おはようございます」
『早速だけど、例の新人の件、今日の9時からでよろしく頼む』
「え?今日ですか?...しかも9時だとギリギリなんですけどって」
もう切れてるし。
あの人、相変わらずだなホントに。
「この子が、新しくチームに入る16歳のケイ君だ。」
朝のルーティンを最短でこなし、9時ギリギリにゲーミングオフィスに入ると、コーチと高校生、いや、中学生くらいの少年が立っていた。
「この前言ったように、シノには最年長としてケイ君の教育係になってもらう。」
最年長、ね。
「俺はシノ、よろしく。」
「うっす。よろしくっす。」
少し緊張しているのか、ぎこちない様子で握手を交わす。ケイとの初会合はこんな感じだった。
次の日。
ケイに他のチームメイト3人、ピピ、ゲンジン、豪と顔合わせをさせた。
俺たちが今プレイしているゲームは、Garthriveというゲームだ。
いわゆる爆破系FPSというジャンルのゲームで、攻撃側5人と防衛側5人の計10人のプレイヤーに分かれて、攻撃側は指定された場所に爆弾を設置し爆破させるか、相手を全滅させたら勝利。防衛側は設置された爆弾を解除するか相手を全滅させたら勝利。このやり取り1セットをラウンドと言い、13ラウンド先取することが勝利条件となる。
このゲームは6年ほど前にリリースされてから瞬く間に世界中で大流行し、競技性が高いことからesportsとしても市場が他のゲームタイトルと比べ非常に大きい。
俺たちのチームはひとまず、4ヶ月後にある日本予選を突破し世界大会に進出することを目標にして活動している。
「よし!一通り伝えることは伝えたし、ウォーミングアップしたらスクリム始めちゃおうか」
チーム内でのルールを説明した俺は、少し飽きていた様子のケイに声をかける。
「やった!頑張ります!」
嬉しそうにケイは自分のゲーミングチェアに座っていそいそとPCに電源を付けだした。
いや、もうちょっと隠しなよ。
まあ16歳の子には暇すぎたかな。
今年26のチーム最年長おじさんはそんなことを思いながらPCの電源を付ける。
スクリムは、同じようなプロチームとの練習試合のことで、専用のマッチングサイトを使って練習相手を見つける。この練習で色々な戦術を試したり、チームとしての足りない部分をあぶりだしたりなどプロゲーマーには欠かせない。
一通りウォーミングアップをした俺たちは相手チームに挨拶して、スクリムを始める。
「Aサイト多い!これ厳しいよ」
「B一人やった!B一人やった!」
「おっけB流れて!俺残るから」
絶えず報告が流れる。俺は残って敵がBサイトに向かって油断してるところを狩る。
足音が聞こえた。...今!
【ROUND WIN】
「全員殺った!?シノさんつえー!」
「まあ敵も油断してたからこんなもんだよ。」
これぐらい、世界目指してるんだから当然。
喉まで出かかった言葉をのみ込む。
俺も丸くなっちまったもんだなおい!
昔の自分から投げかけられる言葉を無視しながら次のラウンドの準備を進める。
「MIDめっちゃ人詰めてきてる!Bサイト人いないかも!」
俺含めAサイトにいるケイ以外でBサイトに入る。
「B爆弾設置しちゃう!警戒頼む!」
「うわ!Bロング5人で詰めてきてる!」
ピピとゲンジンが5人と接敵して死亡。
これでかなり厳しくなった。
打開にはBサイトにいる俺と豪が何とかするしかない。
「これ射線厳しいから仕掛けに行くよ!」
「うお!相手えぐい射線だ」
俺と豪が死亡。
残ったのはケイ。1対5じゃ勝つのはムリだ。
「ケイ、武器もって逃げてくれ。」
「いや、僕勝てそうなんで戦っちゃいます。」
「は?」
は?
脳内が一瞬フリーズする。
おいおい、マジ?マジで言ってる?
「...。」
完全にやる気だ。勘弁してくれ。
だから嫌だったんだ。プロ未経験の高校生をチームに入れるのは。
いくらコーチのゴリ押しだったとしても、はっきり断ればよかった。
そんなことを考えてる間にケイが1キル。相手4人が一斉に警戒モードに入る。
ケイの視点に3人が同時にうつる。
FPSは2人、増してや3人以上を同時に対処することは不可能に近い。
多人数戦の基本は一対一を繰り返すことが絶対だ。
この状況を見せたら、ゲームを始めたての素人でもわかる
お手本のような「詰み」だ。
だから、こんな事は有り得ないはずだった。
2秒間。
息をのむような恐ろしく速いフリック。
正確に頭を打ちぬく。一人目。
針に糸を通すような足取りで弾を避ける。
意表を突かれた相手のスキを見逃さない。二人目。
流れるように。三人目。
一気にキルログが三つも流れる。
まさか。まさかまさか。まさか...!
わずかに遅れて後ろから残りの一人。
180度グルリと振り向く。四人目。
【ROUND WIN】
5年前のあの日が脳裏をよぎる。
まるで、全盛期のDevil1、いや、それ以上だ。
世界大会で優勝するようなチームには、往々にしてスター選手が存在する。
そいつらは、たった一人ですべてをなぎ倒す、嵐のような存在だ。
ケイは、完全にそちら側だ。
燻っていた心に火が付く。今にも体が融けそうだ。
コイツがいれば、世界一だって。
あれから一ヶ月。
「先行し過ぎ!味方を待ってくれ!」
エリアを全く意識しない動き。
「味方と合わせて飛び出すんだ!一人でやろうとするな!」
なんでも一人でやろうとする。
何のために他の4人がいると思っているんだ!
今まで、圧倒的な反射神経とそれに裏付けされたセンスのみで戦ってきたんだろう。
自分一人が楽しければそれでいい。
そんな考えがプレイから手に取るようにわかる。
実際彼にとっては、今までの遊びの延長線上でしかないのだろう。
俺から何を言っても話半分で、独りよがりなプレイを繰り返す。
このゲームはチームの連携が必須だ。
世界の強豪達は、息の合った連携を凄まじい精度で行ってくる。
ケイ、お前が周りと合わせることさえ覚えれば。
俺たちは翔べる!あの遥か彼方にある頂だって!
「シノさん!そっち2人行った!」
「了解。抑える。」
ゲンジンからの報告が入る。
ポジション的にも二人ならやれる。
敵を視認。
落ち着いて一人目を倒す。
続いて二人目が顔を出す。
「ッ!」
反応できなかった!分かっていたのに!
2年、いや1年前の自分なら絶対に反応できていた。
ついに来てしまったのか。ガタが。
現実感がない。体全体への嫌な倦怠感。
体が急速に老けたように感じた。
チームの声が上手く聞き取れない。
ケイが凄まじい反射神経で敵をなぎ倒しているのが見える。
ケイが最後の敵を倒してラウンドを勝利。
無邪気に喜ぶケイを見ながら、シノは何とも言えない寂寥感に包まれていた。
「僕はレモンサワーで。リーダーどうします?」
「俺はウーロン茶で。後リーダーじゃなくてコーチな、いい加減直ってきたと思ったらすぐこれだ。」
「あー、ごめんなさい。元リーダー。」
「お前なあ。」
まあ、あんま直す気ないしな。俺にとってこの人はずっとリーダーだ。
しかし、相変わらずだなこの人は。
この人との付き合いは6年前チームに誘われて以来だけど、酒を飲んでるところをほぼ見たことがない。
ちょうど近くを通った店員に注文を伝える。
俺とリーダーで、最近のマウスについてや、
エナジードリンクなんかについてのとりとめのない話をしていると、料理と飲み物が運ばれてきた。
「じゃあ、乾杯?」
「乾杯」
杯を打ち鳴らし、ゴクリと飲む。
あまり美味しいとは感じない。
「ケイへの教育はどんな感じだ?なかなか苦労してるみたいだけど。」
リーダーが俺に尋ねる。
「じゃじゃ馬ですよ。コーチの方でももっと強く言ってほしいです。」
ぶっきらぼうに俺は応える。
「あんなに才能があるのに、あれじゃ全然だめだ。俺がもしケイならと思わずにはいられないですよ」
酔ってきた俺は、ぽつぽつと話し始める。
「最近、反射神経の衰えを感じるんです。『昔なら反応できたのに。』なんてシチュエーションが増えてきました。今のケイを見てると、『ケイみたいなセンスがあったら』『全盛期の自分なら』なんて、くだらないことがどうしても頭をよぎります。世界大会で優勝どころか、一勝すらできないまま現役を引退することになるんじゃないかなんて…」
「アッハッハッハ!!!もう我慢できん!アッハッハッハ!!!」
目の前でリーダーが腹を抱えて大爆笑している。
いや、あり得ないだろ。
こっちは真剣に悩んでるのに。
抗議の意を込めて愉快そうに酒を頼むリーダーを睨みつける。
「いやー、すまんすまん。でもあんまりにシノらしくなかったから。我慢してたんだけど、笑えて来ちゃってな」
全く悪びれた様子がなく、そう言い放つ。
「しかもな。昔の俺と全く同じこと考えてたから、それが可笑しくてな。」
すると、少し真面目な顔をして話し出す。
「正直、シノがケイにしてるのと同じように、俺もシノに嫉妬してたよ。こっちは年を取って衰えてくばっかりなのに、お前は強くなり続ける。こんな馬鹿らしいことはない!ってね」
話し方に熱がこもっていく。
「でも、お前が『世界のテッペンをとる!』って言い続けてるのを見て、どうでも良くなった。他のチームメンバーだって、最年少のお前に間違いなく影響を受けたはずさ。現に俺が選手を引退して、コーチとして今だにこの業界に引っ付いてるのは、お前のせいなんだぜ?」
まくしたてるよう一気にしゃべったリーダーは、ウーロン茶を喉に流し込む。
「俺はまだ全然世界でテッペンを取ることを諦めちゃいない。今年こそ5年前置いていった、世界大会での忘れ物を取りに行く。だから、そんな情けないこと言うな!絶対にテッペン取るからな!」
ああ。
やっぱりこの人には敵わないな。心の中でポツリとつぶやく。
この人は、いつもは醒めたような態度なのに、心の奥底はいつだって轟々と燃えあがっているんだ。
俺の心の燃え上がる音が聞こえる。我ながら単純だと思いながら、昔からのあのセリフで返す。
「絶対世界一なりましょう!リーダー!」
「だからリーダーじゃねえって!」
二人でゲラゲラと笑う。
「今日は飲むぞ!」
リーダーが酒を頼みだす。
そこから先はどんちゃん騒ぎだった。
お互い、飲酒覚えたての大学生みたいに浴びるほど飲んだ。
閉店時間に伴って店から出たら、リーダーが店の前でいきなりゲロを吐いた。きたねえなオロロロロロロロロロロロロロ!!!!!
もらいゲロだチクショウ。
その後も肩を組んで、世界一を30回くらい誓った後、ようやく解散した。
キモチワル。頭痛え。
翌朝、当然の如く二日酔いに見舞われた。
でも、心はいつになくスッキリしている。今なら何処へだっていけそうだ。
オ゛ェ。
いや全然嘘だった。あり得んコンディション悪い。とりあえず水。
おぼつかない足取りで水を汲んで、一気に飲み干す。
すると、スマホの着信音が耳に入ってくる。
朝からの電話は、経験上大抵ロクなもんじゃない。
でも、取らないわけにもいかない。
しょうがねえな。
気持ち半分でスマホを耳に当てる。
『…ケイが、一ヶ月謹慎になった。』
スマホから聞こえた声は、俺の二日酔いを吹き飛ばすのに十分だった。
話によると、ランクを回している最中、野良がケイのプレイングに文句をつけ、それに暴言で反論するケイという泥沼なやり取りがインターネット上で拡散され、現在進行形で炎上しているようだ。
この件を受けてチームはケイに一ヶ月の謹慎を言い渡した。
二ヶ月後に迫った日本予選。
この時期に一ヶ月間チームメンバーが欠けた状態。
あまりに致命的だ。
当然チームからケイを外し、新たなメンバーを迎え入れる案もあったが、俺とコーチの猛反対で取り下げさせた。世界で勝つなら、ケイは必要不可欠だ。
それに。
俺もいい加減、ケイと真正面から向き合う必要がある。
ピンポーン。
来たな。
玄関に足を運び、ドアを開ける。
「よお。とりあえず上がってくれ」
玄関前に立っていたケイは、のそのそと自分の後を追ってくる。
その姿には全く覇気を感じられない。炎上でかなりダメージを受けていると聞いてはいたが、想像以上だ。
ケイをソファーに座らせ、自分も向かい合うように座る。
すると、ケイがポツリと呟いた。
「何で僕を家に呼び出したんですか。」
「ケイ、君と向き合うためだ。」
間髪入れずに俺が返すと、ケイが俺をギロリと睨み付けた。
「何ですかそれ。僕をバカにしてるんですか。」
小さな声だが、やけに響いた。
「バカになんてし…」
「あんな下らない煽りに反応して、叩かれてる俺をバカだと思ってるんだろ。」
ケイが目を大きく見開く。
ケイの感情が爆発する。
「俺のこと、どうしようもない奴だと思ってるんだろ!そうなんだろ!」
「そうだよ!その通りだ!俺はバカでどうしようもないんだ。でも!でも!ゲームなら、みんな俺を見てくれる!ゲームなら、俺はヒーローになれるんだ!現実のどうしようもない俺と向き合わずに済むんだ…。なのに、それすらなかったら、俺は、俺は…」
ケイの瞳には涙が浮かんでいた。
そうだ。
そうだった。
コイツは圧倒的な才能を持っているだけで、まだまだ未熟な、16才の子供でしかないんだ。
だとすれば、俺は大人として、そしてチームメイトとして、言うべきことは。
「自分をバカだなんて言わないでくれ。自分のことを大切にできないやつは、そのうちどうしようもなくなっちまう。」
俯いているケイに、ゆっくりと語りかける。
「そうはいってもケイ、君は、自分のことを大切にできないかもしれない。でも大丈夫。」
ケイが顔を上げる。俺は真正面からケイの瞳を見つめる。
「俺が、俺だけは少なくとも君を見続ける。目を離したりしない。だから大丈夫だ。」
しばらく、静寂がお互いを包む。ケイが、意を決して口を開く。
「本当に?」
「本当だ。」
「絶対に?」
「絶対だ。」
そのか細い声に、俺はできるだけ力強く返す。
ケイの顔が歪む。
今にも泣きだしそうなケイを抱きしめる。包み込む。
「大丈夫、大丈夫…」
小さな背中をさする。
シノはケイが落ち着くまでその小さな背中をさすり続けた。
ケイは変わった。
チームとしての動きが格段にうまくなった。
自分を目立たせる必要がないことに気づいたから。
そしてそれはチーム全体をも巻き込む。
いつしかチーム全員が、かつて胸に宿していた、世界でテッペンを取るという野望を再度胸に抱いて。
「おっけ一人やった!」
「このままサイト入るんで合わせてほしいです!」
ケイからの報告が入る。
日本予選決勝、12-7
BO5(3マップ先取)で、こちらは2マップ連取。このラウンドに勝てば世界大会進出が決まる。
ケイがサイトに入る。
ケイと後続のピピが一キルずつ。
「全員裏!全員裏!」
裏を見ていたゲンジンからの報告。
「カバー行くよ!」
「了解っす!」
ゲンジンが時間稼ぎをしているうちに、俺とケイがカバーに行く。
「合わせて飛び出すよ!3,2,1,GO!」
俺とケイで合わせて飛び出す。
1キル。
2キル。
そして…
「ナァァイス!!!」
「ヨォォォォォォォシ!!」
「FOOOOOOOOO!!!」
ようやく戻ってきた!これで世界大会に行ける!
チームメイトのみんなも思い思いに感情を爆発させる。
顔を真っ赤にしたケイが、奇声を上げながら俺に飛びついてきた。
痛い。かなり痛い。
何とか顔をしかめないようにしながら、力強く抱き返す。
30秒くらい経ってみんなが落ち着いたら、円陣を組む。
まだ顔を上気させたままのコーチが、口を開く。
「ここで終わりじゃないから。絶対世界大会出て、優勝しよう。」
「でも今日はとにかく、ナイス!!!」
『ナイス!!!』
世界大会進出が決まってから1ヶ月が経った。
あっという間に時間が過ぎ、世界大会まで後2週間。
日本から飛行機で約10時間かけて、世界大会が行われる、アメリカ・カリフォルニアのロサンゼルスに着き、そのままホテルに移動。
一通りの準備を終えて気分転換に外に出ると、ちょうど夕日が見える時間帯だった。時差ボケでかなり眠い。
あくびをしながら、色々と考える。
自身三度目の世界大会。
一回目の時とは、何もかもが違う。一回目のチームメンバーは俺以外全員引退済み。
そして、俺自身も年齢的に人生最後のチャンスだ。彼らの思いを背負って、いや、それ以上に俺の、俺自身の意思で優勝を掴み取りたいんだ。
「シノさん!」
黄昏ていると、ケイが手を振りながら走ってきた。どうやら外に出る俺を見て追いかけてきたらしい。
かなり走ったためか、荒くなっていた息を落ち着かせる。そののち、二人で横並びになってアメリカのお菓子がどうだの、世界大会の会場がどうだの、他愛もない話をした。
「シノさん、少し変なんですけど、最近頭の中で考えてること、口に出して話してみてもいいですか?」
俺がうなずくと、ケイはたどたどしく話し始める。
「最近、自分のダメな所を見て、どうにかしようと思って、何度も何度も、何て言えばいいのか…組み立てなおそうとしてるんです。少し前までは、自分の嫌な所を見ることすらできなかったんです。だって辛いから。でも、日本予選を突破出来て、自分の自信になったというか、理性的にも自分を信じれるようになったというか、うーん…とにかく、最近、自分の頭の中が一段階広がった気がして嬉しいんです。そしてそれは絶対シノさんのおかげだから。お礼を言わせてください。」
胸が熱くなる。
でもそれは、身を焦がすようなものではなくて、体全体がじんわりと暖かくなる心地の良いものだ。
やっぱり、一回目の時とは何もかも違うなあ。
そんなことを考えながら口を開く。
「お礼を言われることじゃないよ。大人として、チームメイトとして当たり前のことをしただけだし、何よりそれができるようになったのは君自身の力だからね。」
…リーダーも、こんな気持ちだったのかな。
あっという間に2週間が経ち、世界大会当日。
俺たちが割り振られたのは予選Dブロック。計4つの予選ブロックに4チームずつ割り振られ、そのうちの2チームのみがこの予選ブロックを突破して、本戦、つまりプレイオフに進出することができる。歴代の日本代表たちは、このプレイオフ進出はおろか、予選ブロックですら一勝もしたことがない。
でも。
「今回の俺たちは違う。それは、過去にに二度世界大会を経験してる俺自身、そしてチームメイト全員が一番よくわかっているはずだ!まずは初戦、絶対勝つぞ!!!」
『オォォーー!!!』
相対するは、ヨーロッパ3位通過のKL。あいつらは初戦が俺たちでラッキーくらいに思ってるだろう。まずは、その油断しきったのど笛を掻っ捌いてやる。
絶対に、勝つ。
「MIDやった!MIDやった!!A挟むよ!!」
「A待って!…OK!今!」
「ゴーゴーゴー!!!」
怒声が飛び交う。現在2マップ目。
油断していた相手から1マップ目を勝ち取り、現在12-11。
ここでこのラウンドを取れば勝利が確定。逆に取られてしまえばオーバータイム(延長戦)に突入だ。
ここは、絶対に取らなければいけないラウンドだ。
死んでも取ってやる。
ピピがAに入って爆弾を設置中。
早く!
早く置いてくれ!
キルログが流れる。
裏を見ていたゲンジンが死亡。
「裏だ!裏に二人!」
俺が声を張り上げる。
爆弾設置完了。
爆発まで残り45秒。
ここでMIDからの抜けを見ていた豪が死亡。
「MID2人!裏とMIDに2人ずつ!」
敵4人の配置が確定した。俺、ケイ、ピピの3人がフォーメーションを組む。
爆発まで残り30秒。
マズイ!
MIDからと裏からのクロス!
ピピが死亡。
カバーだけでも!MID側にピークし、瀕死に追い込んだが退かれる。
退かれた!クソ!
現在2対4。
爆発まで残り25秒。
なんとか時間を稼ぐ必要がある。
「僕出ます!」
ケイが絶妙なタイミングで飛び出す。MID側の敵を二人倒した!
敵の包囲網に風穴を開けた。
だが相手も甘くない。ケイがカバーに倒される。
これで1vs2。
「相手一人瀕死っす!」
ケイからの報告。
爆発まで残り20秒。
ケイの開けた風穴が生み出したポジションに、俺はもう既に移動していた。
…ここだ!
後続の瀕死だった相手を倒す。
1vs1。
爆発まで残り15秒。
相手が解除入る。
これが最後の戦いだ。
爆弾の解除には7秒かかる。後は時間を稼げばいい。
最低限、銃を撃ちながら死なない立ち回りをするだけ。
...。
歳食ったおっさんが、駆け引き下手なわけないだろうが!
【VICTORY】
勝った!
勝った!勝った!勝った!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!!!!!」
何処からともなく湧き出してくるエネルギーを少しでも放出しようと、体が勝手に吠える。
体の細胞全てが暴れまわっているを肌で感じる。
みんな見てるか!
勝ったぞ!世界大会で!
コーチ、いや、リーダーがものすごい勢いで走ってくる。
「シノオォォォォ!」
走った勢いそのまま、飛びついてくる。
「長かったなあ。ここまで。ようやく…ようやくだ…」
リーダーの顔は、今まで見たことないほど真っ赤だ。
そして俺自身もそうなんだろう。
あの日から6年。
そう、6年だ。
ようやく、スタートラインだ。
e-Sportsキャスター。
全くもってコイツは難儀な仕事だ。
『止まらない!止まらないッ!Devil1が止まらない!最後に残ったのはシノ。1on1だ!シノ、止めてくれ!…ッ!!!…12-14!勝者は北アメリカブロック1位通過…』
後の優勝チームに、一マップとは言え延長戦に持ち込んだ大健闘。
確かにあの試合は、日本の競技シーンに希望を与え、後の競技シーンの躍進を示したかのように見えた。
だが、その先に待っていたのは暗く長い暗黒時代だった。
『残されたのはガンマ!正面、後ろから2名ずつ迫りくる!対処は厳しいか…。13-5、勝利したのはヨーロッパ3位通過…』
『勝てなくてもいい!世界の舞台で少しでも長く!…13-4、韓国2位通過…』
...
...。
いつしか、「他国と比べ選手のレベルが低く、ノウハウもなく、e-sportsの活気がない日本では
世界の壁を突破することは不可能」という諦念が、日本の競技シーンに蔓延していた。
俺自身、その考えが脳裏をよぎったことがないと言えばウソになる。
e-Sportsキャスターとしての俺は、正直かなり折れかけていた。
そんな中迎えた2023年シーズン。
彗星の如く現れたのは、ケイ選手だ。
圧倒的なフィジカルで相手をなぎ倒していく姿は、まるで海外スター選手のよう。
そして全盛期から衰えたとは言え、日本最強の名を欲しいままにしていたあの頃と大して変わらないシノ選手。
日本で最も強い10人の選手を挙げるとしたら、必ず名が挙がるであろう、豪、ピピ、ゲンジン選手。
界隈にいる人間なら、誰もが知っている伝説のリーダーをコーチとして。
間違いなく歴代で最強チームであるこの6人は、日本予選で一マップも取られることもなく世界大会進出を決めた。
予選突破の勝者インタービューで、シノ選手に恒例の質問を投げかける。
『最後に、世界大会への意気込みを教えてもらえますか?』
『俺、いや、俺達は最初からずっと世界大会での優勝を目指してるので。ここから一層気を引き締めていきたいと思ってます。絶対に勝ちます。』
歯を食いしばる。
インタビュー中にもかかわらず、自身への憤りを抑えきれなくなりそうだった。
シノ選手達は諦めていなかった!
微塵も!全くもって!
最前線で戦い続ける選手達が一番辛いに決まってる。
なのに、キャスターの俺が先に諦めかけるなんて。
本当に情けない。
『キャスターとしても、一ファンとしても、応援しています。世界で優勝を勝ち取ってくださいッ!シノ選手、ありがとうございました。』
俺にできる唯一の罪滅ぼしは、全力で彼らを応援することだ。
一週間後、彼らと飲む機会があった。
彼らと話していると、全員が世界での優勝を目指しているのだなと感じさせられる。
その事実に、興奮と同時に、自身が諦めかけていたことに対する罪悪感はみるみるうちに膨らんでいった。
未成年のケイを帰らせる。
時刻は22時半を過ぎたところ。
かなり酔いが回ってきた。シノ選手とさしで、今後について、色々と話している。
「世界で日本代表が活躍するの、正直、諦めかけてたんですよ。キャスターの俺がこんな事考えるなんて、あり得ないですよね」
あ。言ってしまった。
言うつもりなんてなかったのに。
でも、口から出る言葉がとどまる気配はない。
「シノ選手はそれこそ、6年間ずっと折れずに戦い続けてきたのに…」
涙が出る。自分が情けない。
「ハッハッハ!相変わらずクソ真面目ですね。」
俺に負けないくらい顔が真っ赤なシノ選手が、俺を笑い飛ばす。
想定外の反応に俺の脳が一時停止する。
その間に、シノ選手が続ける。
「そもそも、e-Sportsに対して真剣に向き合ってるからこそ、そんな考えで雁字搦めになってるんじゃないですか?僕は少なくとも、あなたより真剣にe-Sportsに向き合ってる人、知らないですよ。それこそ選手以上に。」
「現在の競技シーンがあるのは、間違いなくあなたのおかげですよ。だから、感謝こそすれ、悪感情を持つなんてお門違いな話だ。」
「もう一度言いますよ。あなたが苦しんでるのは、あなたが誰よりもe-Sportsに向き合っていることの証明だ。そして少なくとも僕は、あなたの真摯な姿勢に何度も救われてる。だから泣くのやめてください。」
...。
何でこんなこっぱずかしいことを堂々と言えるんだコイツは!
俺が女だったら間違いなく惚れてるぞ!
恥ずかしさを誤魔化すために、グラスに残っていた酒を一気に飲み干す。
うわあ。
視界が揺れる。ユラユラ。
気持ち悪い。
キモチワル。
「うわ!吐いた!汚え!なんで俺ばっかり…。リーダー!笑ってないで助けてください!」
翌日、シノ選手に死ぬほど謝り倒した。
それから1ヶ月と少し。
世界大会当日を迎え、実況席につく。
画面の先に広がったのは、今まででは有り得ない光景だった。
ヨーロッパ強豪チームの1つであるKLを圧倒し、瞬く間に1マップ目を取得。
そして2マップ目。
「12-11!日本代表、次のラウンドを取れば、6年間で誰もなし得なかった世界大会での勝利、そしてプレイオフへの大きな一歩を踏み出すことができます!」
頼む。勝ってくれ!
「MIDでの接敵、打ち勝ったのは豪!MIDとAでの挟みを実行します。ただ裏詰めが想定以上に早い!頼む気づいてくれ!...裏を警戒していたゲンジンがここで死亡。ここで爆弾の設置が完了しました!」
「MIDからの抜けと豪が接敵!...豪が倒されますが、相手の配置を把握することに成功。シノ、ケイ、ピピの3人がフォーメーションを組みますが!ピピの位置が危うい!MIDと裏の射線が通ってしまいまいピピが倒れます!現在2vs4。爆発まで25秒程耐えなければいけません!」
「ッ!ここでケイ、前に出る!MIDの2人を殲滅!殲滅しました!KLの包囲網に風穴を開けました!開けた風穴に2人で移動しようとします。ケイ選手カバーを取られてしまう!しかし相手も一人瀕死です。...シノが飛び出す!飛び出す!1キル!1キル!1on1だ!爆発まで残り15秒!シノが逃げる!シノが逃げる!上手すぎる!行け!行け!行け!行け!」
【VICTORY】
「ヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオシ!!!」
気づけば実況席を立っていた。
体全身が汗まみれ。それすらも心地がいい。
「日本代表!6年の時を経て遂に!遂にッ!予選突破への一歩を踏み出すことができました!」
e-Sportsキャスター。
全くもってコイツは最高な仕事だ。
そう、それは《《今日》》だって。
歴代日本最強チームと相対するは、北アメリカブロック1位通過のNemesis Strikers。今シーズン優勝の最有力候補チームだ。
プレイオフ進出をかけた一戦ではあるが、ここで負けても次に再戦するであろうKLに勝てば、プレイオフ進出は出来る。
でも。シノ選手を始めとする、闘志むき出しな姿を見て、本気で勝つ気だと。俺らが勝ったのはマグレなんかじゃない、ここで証明してやると言わんばかりのその姿に、体全身がゾワりとした。
そこから先、興奮が冷めることはなかった。
1マップ目、結果としては9-13だったが、試合内容としては数字以上に接戦だった。あのNemesis Strikers相手に接戦ができるというのは、今まででは考えられない、それだけでも勲章ものなのだ。
でも。
彼らは超えてきた。
2マップ目、13-11で2マップ目を取得。ボルテージは最高潮。平日の深夜3時にもかかわらず、配信の視聴者数は20万人を超え。間違いなく、e-Sportsのターニングポイントになるだろうと、視聴者全員が確信していた。
そして、運命の3マップ目。
「ケイが飛び出す!張り付きに対応できるか。…素晴らしいフリック!ダブルキルだ!また救った!ケイが救いました!オーバータイム継続!継続だ!」
「現在17-17!試合時間は一時間を超えましたッ!みんな、まだ寝るんじゃねえぞ!俺らは勝つまで応援するぞ!!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
ケイの咆哮が会場に鳴り響く。
怪物だ。
この怪物が味方であることのなんと心強いことか。
現在17-17。4度目のオーバータイム継続だ。
取って取られてを繰り返す、お互いのプライドバトル。
一つ確信があるのは、この試合の勝敗を決めるのは、精神力とか、勝利への渇望とか、そういう類のものだ。
「絶対勝てるぞ!」
みんなに、そして自分に言い聞かせる。
俺の勝ちたい気持ちは、誰にだって負けない。
第35ラウンドが始まる。
Aサイトでアクションを起こす。
すると、サイト内からの上下二段構えのピーク。
目を見張る。
タイミングがずれた!
普段の彼らなら絶対にありえないミス。
すかさず3人でフォーカスして仕留める。
35ラウンド目で、初めて相手が《《崩れた》》。
「Aサイト入るぞ!」
雪崩れ込むようにサイトに入る。
サイトから離脱しようとする音が聞こえた。
「逃がす訳ねえだろ!」
飛び出して仕留める。
5vs2。圧倒的人数有利だ。
爆弾を設置。
全員がフォーメーションにつき、相手を冷静に処理。
【ROUND WIN】
18-17。
次はこちらが防衛側。
一本。
一本。
あと一本で勝利だ。
ここで決める。
第36ラウンド、開始。
開始3秒で、異変に気付く。
Bラッシュだ!
この大一番で仕掛けてきやがった!
不意を突かれた、Bサイト内にいるピピとゲンジンが粉砕される。
MIDから豪が射線を通し、一人倒したが、相手の素早いカバーで死亡。
現在2vs4。
3人の時間稼ぎのおかげで、何とか爆弾設置前に相手の裏に回ることに成功。
相手爆弾を設置するタイミング。ここを狙うしかない。
...。
爆弾を設置する音。
──今だ!
飛び出す。裏を見ていたのは一人。
落ち着いて頭に標準を合わせ打ち抜く。
一人が設置しているからこそカバーが遅れる。
間に合ってくれ!
カバーが来る前に退くことに成功。
これで2vs3。
相手の設置が完了。
俺への警戒度が高く、迂闊に出たら即座に倒されるだろう。
だからこそ。
サイト正面からケイがサイト内に飛び込む!
正面からの打ち合い。
今日のケイは負けない!
──ケイ、食い荒らせ!!!
相手が翻弄される。
何とか体勢を立て直そうする。
俺がここで行く!殺す!
「無駄だァァァァァァァァァ!!」
2vs3
2vs2
2vs1
...。
【VICTORY】
「勝った!勝った!勝ったァァァ!!!」
ケイの声が聞こえる。
俺、勝ったんだ。あのNemesis Strikers相手に。
実感が浸透していく。
ケイが最高潮に興奮した様子で抱き着いてくる。
たまらず、大声を上げた。
「オオオオォオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!」
力の限り、勝利の咆哮をあげる。
この声が、日本に届くように。