4 再会
誤字報告、ブクマ、評価、ありがとうございます(_ _)
「本当にもういくのかい?」
胸の痛みをなんとか抑えながらアネッサさんとケビンさんに別れを告げる。これ以上迷惑はかけることは出来ない。だからここを出ていく決心をした。
「はい。短い間でしたが、本当にお世話になりました」
そう言うとぎゅっとアネッサさんが私を抱きしめてくれた。もう決心したはずなのにまたもや涙が溢れそうになる。
私は隣国に行き、仕事を見つけてみたいとアネッサさんたちに言っている。本当はそこまで命が持つかは分からないが、きっと優しい彼女らの事だから目的はないといえば危ないからと私の旅立ちを許してはくれないだろう。
「何かあればすぐに戻ってくるんだよ。私達はいつでも歓迎するから」
「また俺達を見かけたら話しかけてきてくれ。いや、先に俺達が話しかけてしまうかな」
本当にありがとうございましたと、もう一度深く頭を下げ、私は隣国へと向かい始めた。
ずっと歩いていると日が暮れ始めた。胸の痛みもどんどん激しくなり、耐えられなくなってきたため近くにあった湖の畔に腰を下ろす。そしてそのまま目をつぶる。
きっと私はもうここから動けないだろう。今日は私が家を出て何日目になるだろうかと考えると、明日でちょうど1週間になるところだった。結局この呪いが何なのかも、どうしたら解けるのかも分からなかったが、唯一分かったことがあるとするならばやはり一週間が限界だったということだ。
今頃マテウス様はクリスティナ様と一緒にいるのだろうか。私がまだ死んでいると分かっていないので体裁が悪くなるのを防ぐためにもう少し後にするのか。それとも叔父がまだ私は生きているとマテウス様とクリスティナ様との婚約を邪魔しているのだろうか。
色々と想像できるが真実は永遠にわからないだろう。それでもいいのだ。マテウス様が幸せなら。私は、邪魔者は消えていくのがいいだろう。世間を少しばかり騒がせてしまったがエステベル公爵家が探している感じはしなかった。きっとエステベル公爵も私に疲れていたのかもしれないな。
座っているのが億劫になってきたため、ゴロンと横になる。日が落ち、月が登ってくると月の光がキラキラと湖に反射し、なんとも幻想的な光景を映し出した。
そういえば昔、マテウス様が国境近くに美しい湖があると言っていた気がする。また来ようと約束をしたが、、結局叶うことはなかった。きっとそんな昔の出来事なんてマテウス様は忘れているだろう。
明日の朝はやってくるのだろうか、とぼんやり考えているとすっと胸に痛みがなくなった。どうしてだろうと不思議に思っていると、後ろから足音が聞こえる。
気づくのが遅かった。まさか、、と、私の悪い予感はあたってしまった。
「イーリアス……」
一週間ぶりに聞く声。
何故、どうしてという気持ちよりも今すぐここをさらなければいけないという気持ちが勝る。慌ててこの場を去ろうとし、走り出そうとしたときだ。
待ってくれ、と制止の声とともに後ろから抱きしめられる。
私は今何が起こっているのか理解できないまま、この場に立ちすくむことしか出来なかった。
「……何故、俺の元から離れようとした」
掠れるような声が耳元で聞こえた。
「私は、、あなたにとって邪魔な存在だったはずです。幼い頃に自分の母親を殺されて、そのままエステベル公爵の言いなりになるまま私と婚約させられて。もう私は散々いい思いをさせていただいたので、、身をひくことにしました」
ぎゅっと私を抱きしめる力が強くなる。
「誰が、誰がイーリアスの存在を邪魔だといったんだ? 誰がいいなりだと君に吹き込んだ? そのせいで俺は……俺の大事なイーリアスを失うところだった……」
あまりにも切実で静かな叫びに私の頭の中は疑問符だらけになる。だって、
「マテウス様はあの日、言っていたではありませんか。もうそろそろ解放されても良い頃だと。私、安心したんですよ? これでやっとマテウス様は自分で私から解放されることが出来るんだって」
マテウス様の腕が私から離れ、私とマテウス様の視線が絡み合った。
「あれは、、誤解だ。クリスティナが、周りの奴らが勝手に俺とイーリアスの間柄を勘違いしているのを、イーリアスに対する扱いがひどすぎるのがもう限界だったという意味でいったんだ」
そんなに私にとって都合の良すぎる解釈が出来るだろうか。それに酷い扱いを受けていたのはマテウス様の方だ。
「それよりも、、君を失う前に俺が君を見つけることができてよかった……。本当に……」
なんだかたくさんのことが一度におきすぎて頭が混乱しているが、どうやら私の逃亡計画は失敗に終わったようだった。
「クリスティナ様と一緒にならなくていいのですか……?」
直接返事を聞くのはやはり怖い。何故私はこんな事を聞いてしまったのかと言った後すぐに後悔する。
「クリスティナ? ああ、そうか。勘違いしたのはやはりクリスティナのせいだったか。早く気づいていればよかった……」
答えらしい答えはないが、今の答えを聞くにマテウス様はあまりクリスティナ樣をよく思っていないらしい。私の記憶と噛み合わずにまた疑問符が私の頭を飛び交う。
「さあ、もう帰ろう。もう秋も深まってきた頃だ。ここにいては寒いだろう」
そう言われ、マテウス様の上着を差し出される。遠慮がちに袖を通すと、マテウス様の体温が私の肌に伝わってきた。
その瞬間に猛烈な眠気に襲われる。胸の痛みが急になくなったからか、この一週間ずっと気を張り詰めていたからか、私の瞼は限界を迎えた。
グラリと揺れた私の体を誰かが支えてくれる。きっとマテウス様だろう。
このとき私は幸せな気持ちと、もう一度あのマシェリ伯爵家へ戻らなければいけない絶望感が胸の中を占めていた気がするが……もう覚えていない。
エステベル公爵は自分のせいでイーリアスがトラウマを持ってしまったのではないかと思って結構心配しています。だからイーリアスから見ると同情的な目に見えるのでしょう。
不器用な一家です。