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筆の森(逢魔伝番外編)  作者: 当麻 あい
1/1

1-1


   筆の森



    一


 彼女の噂を聞いてからすぐ、「筆の森」へ足を踏み入れることになった。

古書店を経営する傍ら、少し変わった商売をしているのだという。その話しを聞いてから、しばらく興味だけはあった。興味はあったが、一度も行ったことはなかった。だから今回、友人のドタキャンを理由に、彼女の店を探してみようと思った。思い立ったのも、まったくの偶然であった。神保町の古本屋街を、一人歩きながら、店の特徴を思い出す。

 「筆の森という古本屋を知っているか?」と、ゼミの合間に持ちかけてきたのは、今回ドタキャンをした友人、坂本裕次郎だった。

 「いや、聞いたことないね」

 振り返りもせずにそう答えると、裕次郎は焦れたように、顔を近づけてきた。うなじに生暖かい吐息がかかる。あまりの不快感に、眉をよせた。

 「一見、普通の古本屋のようだけど、少し変わっているんだそうだ」

 「古本屋をやろうなんて人間は、大抵変わり者が多いじゃないか」

 「そうじゃない。変わり者なんて言葉じゃ済まないような、変わり方をしているんだ」

 「やけに、もったいぶるな」

 「まあ聞けよ」

 「聞いてるさ」

 「どうやら、店主は人じゃないらしい」

 あまりのことに驚いた。うっかり、写していた板書の文字を間違えて「自由・平等・迫害」と、書いてしまった。いま、なんて言った?消しゴムをかけながら、裕次郎の得意そうな声に耳を傾けた。

 「人じゃないって、人じゃないのに店なんか出せるもんか」

 「馬鹿め。人のフリをした化け物だって言ってるんだ」

 化け物だってさ。裕次郎の言葉の強さに、眉をひそめた。

 「そうはっきり言うからには、根拠があるんだろうな」

 「もちろんだとも」

 「うさんくさい野郎だ」

 ゴホン、ゴホン、とわざとらしく咳払いをしてから、裕次郎はさらに声をひそめた。あんまり聞き取り辛いので、首をかしげて耳をよせる。

 「筆の森、という小じんまりとした店で、不定期にしか開いていないそうだ。実際、我が校の学生が数人、足しげく通っているにも関わらず、閉店の札がかかっており、シャッターも降りている。開けているのを見かけたら、御利益があると言われているほどだ」

 「やる気のない店だなあ」

 「まあ、聞けよ」

 「聞いてるさ」

 裕次郎の話しはこうだ。そのやる気のない店「筆の森」は開いていたとしても、中に入れないことが多いらしい。店主の女は風変わりで、機嫌の悪い時など「なぜ勝手に入って来るんだ」と怒鳴って、客を追い返してしまうのだそうだ。それだけで、なぜ「化け物」などと、ひどい呼称をつけられなければならないのか。いまいち、納得できず眉間に皺をよせた。

 「いいか、そこはそんなに重要じゃない」

 「なら、さっさと本題へ入れよ。お前の話しは玄関までが長いんだ」

 「大きいと言えよ。客を歓迎しているんじゃないか」

 「関係ないね。早くしろって」

 君はまったく情緒がないなあ、と不服そうにしていたが、俺の不機嫌を悟ったのか、案外あっさりと話しを進めた。

 「古本屋の他に変わった商売も、やっているんだそうだ」

 「変わった商売?」

 「なんでも、妙な術をやっているようでね」

 「本当に、魔女か何かみたいだな」

 「それだけじゃない。人の血を使って文字を書き、その文字でもって人を呪うんだそうだ」

 嫌な顔をして、身を引いた。思っていた以上に、胡散臭い話しだ。

 「それのどこが、商売なんだ」

 「だから、金を払って呪ってもらうのさ。実はそっちの儲けのほうが大きいようでね。本屋は趣味の一環なんじゃないかと思う。それと、呪いをかけてもらうには、予約がいるのさ。予約客のある時だけ、ついでに店を開けるそうだが、その辺りも確かじゃない。ただの気分屋なのかもしれないしね」

 そりゃあ、入って来た客を客とも思わず追い返すって言うんだから、気分屋以外のなんだというのか。たしかに妙な話しだ、と鼻をかきながら前を向いた。

 「どうだ?今度一緒に行ってみないか?」

 「前期の課題が済んだら、行っても良い」

 「ご利益があるかもしれないんだ。そう腐った顔をするなよ」

 「腐ってなんかいない。だいたい人を呪う店の御利益なんか、期待する辺りどうかしてる」

 しかしそれだけで、人を「化け物」などと、言ってしまえるものだろうか?いまいち納得がゆかず、あとは黙っていた。そうして、数週間経った。裕次郎と俺は、そんな噂話しも忘れて、古本屋街を巡る予定を立てたが、いまになって向こうの都合がつかなくなった。なにやら、彼女ともめているそうだが、くわしいことはわからない。ぽかんとした空白ができると、不意にそんな話しを思い出してしまうもので、ドタキャンした友人を出し抜く意味もあって、俺は少しわくわくしながら、「筆の森」を探すことにした。




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