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リリィ・クロッカス。
ソレはイスタル・ダンプティにおいて、一種特別なものに見えた。
彼女は何においても、普通、普通、普通。
肩にぶつかり尻もちを付いた反応も普通。顔立ちの美醜も普通。血筋も平民そのものであり普通。
だがしかし、王族や貴族や公家などが学び舎で勉学に励むことが当たり前であるこの学園において、自国どころか世界そのものから異なる出身者で、その異質さはコレクターとして真髄物である。その上、イスタルは彼女のことを、どのような容姿をしているのか肩書と共に知っていた。その理由は単純に生徒会長として彼女の存在が議題にあげられ、顔写真とプロフィールを見て知っていたからである。
ああ……今現在、彼女は、自分のことをどのような存在で、どういった立場で、どうしたら良いのか分かっていない。
通常なら、貴族と云っても国を背負うべき存在である自分に委縮しながらも失礼のないように、懼れを隠しながら礼儀正しく謝辞するというのに、真っ先に行うべき反応がない。
イスタルは生まれて初めて、兄弟仲でも行ったことのない率先した態度――転んだ相手に手を差し伸ばすという行動を受動的でありながらも先手に行った。半ば中腰になるようにして、手を差し向けると彼女はぼんやりとこちらを見上げながら、この国の第一王子の手を取る行動の意味さえ知らぬまま、手を取るのである。幼い頃から親しい仲である婚約者のディアナでさえ、膝を付かせる真似どころか屈む行為さえ一度も許さなかった許嫁にさえしなかった行為である。
生まれて初めて、普通の行動を行った。
その意識にどきどきしながらも悟られないように平穏を装いながら、「大丈夫?」と声をかける。彼女はイスタルの顔に見惚れながら、僅かに頬を紅潮させながら立ち上がった。イスタルは「一貴族のなにがし、若しくは学生徒にぶつかったぐらいの意識でしかないのだろう」と、鎧兜を脱いだ身軽さを感じるのである。そこに、息苦しさや窮屈さはなかった。一糸纏わぬ警戒さがあるのみだ。
「あの、すみません。余所見をしてしまって」まだ入学していないのだが先んじて学園内を見ていたのだろう。振る舞いが不慣れだ。「大丈夫でしょうか? お怪我は――」
「それはこちらの言葉だよ、リリィ・クロッカスさん。ぼく達の方こそ雑談で脇見をしてしまっていた。注意散漫は双方の問題。それより、こちらが立って、あなたが転んでいる。きみが怪我していないか、こっちの方が心配だよ」
「え? なんで、わたしの名前を……?」
何と云う普通の反応。
例え、未だ新入生でなくともエスカレーター式に学年が上がるこの学園において、それこそ小学年でさえ自分のことは在校生最年長の、守衛であることは周知の事実なのに、なんて平凡で希少な反応を返すのだろうか。