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「本当に、よろしいのですか。導師様。」

 フォルスもセドリック同様、イリスの性格を把握しているため、イリスの『導師 アシア』への申し入れに、諾、との返答をしたアシアへ、フォルスは憂えた表情を見せる。そのフォルスの様子はまるで自分の孫の粗相に、申し訳ないといったようなものにアシアには見えた。

 そのフォルスやセドリックの態度から、本当にイリスはこの村で、とても可愛がられているのだな、とアシアは再認識する。

 口では、困ったヤツだ、と言いながらも、その苦言には愛情が見え隠れしている。

 それらは、彼女の学識の高さによるものだけで慕われているのではなく、イリスの、その無邪気で、ある意味正直で、純粋でなんとなく憎めない彼女の人柄から、この村の大人たちは彼女を可愛がっているようにアシアは受け取れた。

 アシアはその、村人たちがイリスへ向ける気持ちを理解した暖かな気持ちで浮かんだ笑顔のまま、そのフォルスへ肯くと、

「大丈夫ですよ、フォルス。僕がイリスを受け入れる理由は、先ほどセドリックに言ったとおりです。僕が伝える内容を、正確にわかりやすく書きとめ、纏めることができるのは、イリスほどの適任はいないと思っています。」

 導師様がそう仰るのなら、と、フォルスは困り顔のまま、変わらずうきうきとした無邪気な笑顔を浮かべているイリスをいったん一瞥したあと、アシアに軽く礼を取った。

 そして、

「それでは導師様はこのまま、オウカ国に戻られることなく、この村にお住まいいただけるのでしょうか。」

 そう言葉を続けた。

 そのフォルスの表情は、導師からの突然の申し出を受け入れたものの、その内容は『村長 フォルス』にしてみればあまりにも突然すぎ、『導師様』を粗相なく受け入れる準備ができていないことによる困惑、といったものではなく、今すぐにでも『導師 アシア』にこの地に居を構えて欲しいといった、期待に満ちた表情だ。

 本当に、導師の回帰を願っていた表情だった。

 その、フォルスを始めセドリック、ダン、イリスの期待に満ちた瞳を向けられたアシアは、たまらず彼らの視線をそっと、外した。

 なぜならアシアは、彼らから寄せられる『導師 アシア』へ向けるその期待が、重く感じられたからだ。

 最初にアシアは『村長 フォルス』に、自分がこの地に居を構えたいその理由を、アシアの本音を伝えたつもりだった。純粋に『導師 アシア』の務めといった気持ちだけでなく、『人 セドリック』との友人関係を構築したいがためが、その部分を占める、と。

 しかし、今、彼らから受ける視線は、『導師 アシア』への期待に満ちているように、アシアには映る。

 否。

 映る、のではなく、実際にそうなのだろう。

 セドリックもそうだ。今、彼が浮かべている表情は『アシア』へ向けるものではなく、『導師 アシア』へ向ける表情だ。『導師 アシア』を迎え入れることができる、期待と希望を湛えた瞳の色だ。

 畏れを以って迎え入れる、ではないだけ、良しとすべきことだとは思う。敬いで以って、その中には親しみもあって、という、アシアにとっては望んでいた待遇だ。

 しかし、彼らの期待に満ちた瞳を向けられるそのことの意を理解したアシアは、彼らのその気持ちを重く受け止めざるを得なかった。

 当然、アシアは導師としての務めを果たすつもりでいる。

 だから、イリスの申し入れも受け入れた。今までアシアが成してきた『導師』としての務めを果たす中で、『人』の介入など一度もなかったし、アシア自身も『人』の助けを必要としなかった。そして、アシア自身はそれで困ることはなかった。ゆえに、この村でアシアが成したいことを行うにあたって誰にも助力を求めるつもりもなかったし、そのような考えは端から浮かびもしなかった。

 けれども、イリスの申し入れをアシアは受け入れた。

 それは、アシアの導師としての務めをきちんと果たすために必要なことだと判断したからだ。

 この地は、『導師 アシア』にとって、とても心地が良い。

 アシアが出逢った村人たちも、気持ちの良い人ばかりだった。

 なによりも、創造主に祝福されている土地としての証である、気の流れがこの地にはある。そのために、茶葉として使える植物が豊富であり、その植物を収穫し香茶として長きに渡り村人たちは飲用している。

 しかしアシアの本音としては、この地に居を構え、創造主から祝福を受けているこの地に住むことが許されている『人』たちに、『導師 アシア』としての教えを、務めを果たしたい、だけではない。

 なによりもこの地には『セドリック』が、いる。

 アシアが生を受け、導師として務めを果たしてきた長い時間の中で、唯一、縁をつなぎたいと初めて願った『人 セドリック』がいる。

 だから、アシアはこの地に居を構え、人としての限りある時間の中で生きている『人 セドリック』と、これからも交流を深めていきたいと願った。

 それはセドリックと交流を深めることで、アシア自身が知ることがなかった、気づくことがなかった『アシア』をアシアが知ってみたい、と、心のどこかで望んでいることでもあった。

 確かにアシアが、自分自身が気づかなかった自分自身を知ること、気づくことに恐れがないわけではない。知りたくなかった感情も、自身の性格も白日の下に暴露されるかもしれない。いや、それは、かもしれないではなく、確実に暴露されるだろう。すでにセドリックの前で、『導師 アシア』ではない、情けなく泥臭い『アシア』を晒してしまっている。

 これからもセドリックと友人関係を構築する中で、暴露してしまう『導師 アシア』は、『導師』を名乗るには失格な人物像かもしれない。200年近く導師を名乗り、人たちに箱庭を構成し続けるための教えを説いてきた『アシア』は、導師を名乗る人物としては失格な者かもしれない。

 アシアは『導師』に愛着があるわけでも拘りがあるわけでもない。アシアが望んで『導師』としてこの地に降り立ったわけではない。創造主から『導師』を返上しろと言われれば、喜んで返上する。そのことによりこの生が終わるとしても、それでもかまわない、と思っている。『導師』の魂に『人』と同じような、循環があるのかないのか。『導師』には魂の循環がなく、『導師』を創造主に返上した時点で、『アシア』が無に帰しても、それでも創造主から『導師』を返上しろと命じられれば、返上しても良い、というのがアシアの本音だ。

 それはアシアが導師として生きることに、執着がないからだ。

 執着がないのはこの箱庭に住まう『人』に、アシアは愛着がないからだ。彼らのことは嫌いではないが、好きでもない。彼らに愛着を持って、彼らが住まうこの箱庭を維持し続けるための教えを、といった使命感もアシアは特に持っていない。

 ただ、創造主から命じられたゆえ、『導師』としての役目を果たしたい、といった感情だけで現在まで動いてきた。

 それはもしかしたら、アシアがこの箱庭に住む『人』に対して愛着がなくとも『導師』としての務めを果たしてきていることは、アシアの育ての親であるノアから刷り込まれてしまった考え方によるもの、なのかもしれなかった。アシアは物心がつくかつかないかの頃から『導師 ノア』から、導師としての務めとは何かを教えられてきた。

 けれども。

 意図せずディフと出逢い、そのディフからセドリックとの出逢いへと繋がり、そこから繋がっていったエイダ、ジョイ、イリスといったさまざまな人たちとの出逢いは、アシアにとってイヤな感情を抱く事柄ではなかった。

 ただ、彼らとの出逢いはアシアも知らなかった『アシア』を、良い意味でも悪い意味でも知る機会となった。アシアが知らなかった『アシア』は、アシアが思い描いていた導師像とは程遠く、ソレは蓋をして心の奥底に二度と浮かび上がることがないように沈めてしまいたいモノだった。

 けれども、セドリックはそのままで良いのだと、受け止めてくれたのだ。

 アシアはこの村に代々伝話され、畏敬の念を抱き、回帰を、邂逅を願っていた『導師』であるはずなのに、たんなる『アシア』を、彼らが思い描いていた導師像とはかけ離れていただろう『アシア』に、彼は、そのままで良い、と『導師 アシア』を、たんなる『アシア』をも、受け止めてくれた。

 そのセドリックから向けられた今のこの視線は、それら『アシア』を受け止めた上での、セドリックの、アシアへの期待に満ちた瞳の色だった。


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