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 アシアのその言葉にセドリックが即座に、俺は賛成です、とフォルスに向かって片手をあげる。

 セドリックの隣に座るイリスからも、光栄です、といった言葉が聞かれた。

 セドリックの斜向かいに座るダンは、ただうなずくだけだった。ダンのその様子からは、彼はまだアシアに対して畏れの気持ちが彼の心を多く占めているようには窺えるが、恐怖で以って肯くしかない、といったものではなく歓迎の気持ちは見え隠れしていた。

『導師 アシア』からのその申し出は、導師にまつわる伝話が残るこの村にとっては、とても誇らしいものだ。再びこの地に導師が降り立ち、村の者たちを良き未来へと導いてくれる、となるならば、これほど望ましいことはない。

「僕はこの地で、僕が持つ茶葉や香茶に関する知識を、智慧を伝えていきたいのです。それが、僕がこの村を、この村人を導く『導師』としての務めだと思ったのです。」

 アシアはそこでいったん言葉を区切り、押し黙った。そのアシアへ、どうしたのか、とセドリックが心配げに視線を送る。

 アシアはほんの少し押し黙ったあと、いいえ、と軽く頭を振る。そして、

「『導師』としての務めといった、意気込んだものではなく、僕『アシア』がただたんにしたい、と願うことです。」

 そのように自身の願いだと、そう口にした。そして続けて、それと、と、

「もうひとつ。セドリックとの友人関係を途切れさせたくないといった、僕の個人的な願い、です。この地に居を構えたいというこの思いは、決して『導師 アシア』の務めのためだけ、ではありません。」

 それでもそのような思いで以って、この地に居を構えても良いだろうか、とアシアはフォルスへこの地に、この地の森へ住まうことの許しを請う。

『長老 フォルス』へ、そのように許しを請う『導師 アシア』からは、身分が上位の者といった傲慢さはない。先ほどまでの導師然といった雰囲気でもない。

 一見、村にいる青年と同じようには見える。しかしそれでも、『導師』としての気を微かに纏っているようにも、フォルスには感じる。ゆえに、彼が自信なさ気な表情を浮かべているからといっても、また貴族が庶民へ見せるような驕慢さがなくても、フォルスにとっては、これは『導師 アシア』からの申し出だった。

 けれどもそれは、下知ではない。『導師 アシア』からの下命ではない。これは『導師 アシア』からのたんなる申し出だ。

 下知ではなくたんなる申し出とはいえ、それでも『長老 フォルス』にとって、その申し出を断る選択肢はなかった。

 それはこの村が何代にも渡り、この村の成り立ちに導師が関わったこと、またその導師に感謝の気持ちを語り継いできた現実があるからだ。フォルス自身も現に村の子どもたちに、大人たちに語り継いでいる。

 そのことから村人には『導師様』への感謝の気持ちがあり、また村人は長年、『導師様』のその回帰を願ってきた。『導師様』からこの地を託され、その託された地が現在、発展とまでは行かなくとも、『導師様』の教えを守り、この地に住む村人の誰もが幸せだと感じている、物理的な豊かさだけでなく、心の豊かさも『導師様』から託されたその当時の村のまま、この時まで守ってきた誉れを、いつかは『導師様』に報告したいと思っていた。

 よくやっている、と『導師様』から、お褒めの言葉を受け取りたかったのだ。少なくとも、フォルスの気持ちはそうだ。フォルスは『導師 アシア』から、お褒めの言葉を授かりたかったのだ。

 長きに渡り、村人から村人に語り継がれてきた導師は、伝話の中でしか知ることができなった人物であり、先の長老から語り継ぐ役目を引き継いだフォルスも、自身もその役目を後に続く若き者たちに繋ぎ、この生を終えるのだと、そうだと思っていた。伝話の導師像を語るだけで、邂逅することができるとは微塵も想像していなかった。まさか生を終える前に『導師 アシア』に、感謝の言葉を直接伝えることができる日が来るとは、全く考えてもいなかった。現在のこの状況は、本当にとても幸運な出来事なのだ。

 フォルスはこの幸運に飽き足らず、『導師様』に直接出逢えたことの感激と感謝を伝えるだけでなく、その『導師様』からの褒め言葉を『導師 アシア』の口から得たかったのだ。

「この地に『導師 アシア』様が住まわれることに、私たちの許可を得る必要は、まったくございません。この村は、この地は、『導師』様が、私たち村人に託してくださった地、なのですから。」

 フォルスはアシアへ、

「改めて、お帰りなさいませ。『導師 アシア』様。」

 上位の者への礼を取るのではなく、笑顔を向けた。

 フォルスを自信なさ気な琥珀色の瞳で見遣る『導師 アシア』は、その容貌から一見、村にいる青年たちと対して変わりないようにフォルスの瞳には映る。しかし、彼が微かに放つ気から、彼は確かに長年村人たちがその回帰を願ってきた『導師様』だと感覚的にではあるが、わかる。彼が薄く纏う気により、フォルスの目前に座る『導師 アシア』はフォルスより年下の青年ではなく、フォルスよりも遥かに年長者であり、フォルスの方が子どもだと、感覚で知らされる。『導師 アシア』の眼前に座るフォルスは、年長者に褒めて欲しいと期待の眼差しで見上げている、たんなる子どもに過ぎない。

「『導師 アシア』様がこの地に、この森に住まわれ、『導師様』の教えを守り、育ててきたこの地を、また守ってきた村人たちを心ゆくまで見ていただけるなら、そのような幸運はほかにはありません。」

 その、フォルスの諾との返答と好々爺とした笑顔を受けたアシアは、安堵の表情を浮かべる。アシアには自覚がなかったが、『長老 フォルス』に対して申し出を口にすることに、緊張していたようだった。

 とはいえ、アシアのこの申し出を、フォルスは断ることはないだろう、といった確信がアシアにはあった。何といっても『導師 アシア』自身からの、この地に住まう旨の申し出なのだ。導師への感謝の伝話が残っているこの村であれば、なおさら『導師 アシア』の申し出は、断らないだろう。むしろせっかくこの地に回帰した導師なのだから、この地から去ることを回避したいはずだ。

 けれども、アシアの申し出を、『導師 アシア』からの下命として受け取られることを、アシアは容認できなかった。『導師 アシア』による下命として捉え、この地に『導師 アシア』が住むことの申し出を受け入れるということならば、アシアはその申し出を撤回する覚悟もあった。

 この地は『導師 アシア』の感覚からすれば、とても心地が良い。気持ちの良い地だ。『導師 アシア』の根っこの部分がこの地での、導師としての役割を果たしたい、と希っている。

 加えて、アシアにとって初めての友人であるセドリックが住まう、地だ。セドリックの『人』としての限りある時間の中で、友人同士の付き合いを続けたい、という切なる望みも抱いている。

 とはいえ、『導師 アシア』の下命と捉えられることは、アシアの意に反することだった。

 アシアが抱く緊張は、そこから来るものだったようだ。

 アシアの心からの希望が、叶うのか、叶わないのか。それは『長老 フォルス』の、アシアへの態度次第だったからだ。

 ここまでの、謁見の場面ではフォルスのアシアへの対応は、『導師 アシア』への畏れと恐れで以って、の対応だった。今までの彼のその態度から、アシアのこの申し出は、下命と捉えられる可能性が高かった。

 しかし、フォルスがアシアへ諾との返答の際に向けた表情や態度は、アシアからの下命により、といったモノではなかった。畏れで以って、ではなかった。

「ありがとうございます。『長老 フォルス』。」

 安堵の表情と、自然と浮かんだ笑顔をアシアはフォルスへ向ける。そして、その表情のまま、この地に住まうことへ先駆けて賛同してくれた、セドリック、イリス、ダンへへと向けた。

 向けた先のセドリックは、いつもの人懐こい、彼のトレードマークであるニッとした笑顔を浮かべている。イリスも無邪気な笑顔をアシアへ向けてきた。ダンも緊張した面持ちであるものの、少しだけ柔らかな嬉しそうな表情を浮かべている。

 少なくとも、ここに集うこの村の者たちからは、『導師 アシア』がこの地に居を構えることに対して純粋に歓迎している、とアシアは受けとめることができた。

 先ほどまでの、謁見の場の畏れながらの雰囲気とは違い、なんとはなく柔らかな、この場に集うものたちの親しみの雰囲気に包まれたとき。

「ところで、導師様。」

 と、イリスが無邪気な笑みのまま、その彼女の薄茶色のくるりとした瞳をひときわ大きくさせると、

「導師様の、そのお務めのお手伝いを、私にさせていただきたいのですが、駄目ですか?」

 との言葉を、何の前振りもなくアシアに投げかけた。


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