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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第10章

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 この茶葉は焙ると香ばしさが匂い立つが、茶葉が持つ効能は半減、もしくは全くなくなってしまう。ただ、効能や薬効はなくなってしまうが、茶葉による胃への負担もなくなる。茶葉を飲用することで胃への負担を感じてくる高齢者には、このように焙った香茶が、普段使いとしては楽しめて良い。

 ここの村人たちは誰かから教えてもらうことなく、今までの生活上での経験から、このように自分たちに合わせた香茶の飲用の仕方を工夫してきたのだろう。

 それとも、この森に生える茶葉の使い方についても、この地に村人を導いたとされる『導師』から学んだとでもいうのだろうか。茶葉に関する言い伝えでも、残っているのだろうか。

「この茶葉を焙る、というのはフォルスの考案ですか?」

 アシアはフォルスに向いてそう問うが、問われた当のフォルスは、緊張と感激で即座に反応できず、

「そうです。『導師 アシア』様。」

 と、アシアへ答えたのはセドリックだった。

 フォルスに代わりそのようにアシアへ答えたセドリックへとアシアは視線を移すと、ふわりとした導師然とした笑みをセドリックへ向けた。

 セドリックはアシアのその笑みを受け、小さくため息をつく。

『導師 アシア』との、この謁見の場で、皆に分からぬ様に何度ため息をついただだろうか、とセドリックは気鬱でまた小さなため息をついた。

 本来は、『導師 アシア』をこの村に迎えることができた、感謝の気持ちを表す場になるはずだった。導師に関する伝話を何世代にも渡り口伝えてきたこの村の、誉れの場のはずだった。

 否。『導師 アシア』へは、この村に足をお運びいただいたことに歓迎し、感謝申し上げているつもりだ。ただその、長老を筆頭としたこの場の者たちの、『導師 アシア』への感謝の表現の方法が、アシアにとっては気に入らないのだろう。

 確かに、謁見の場での相手の足元から距離をとり、跪きこうべを垂れる面会方法は、庶民が領主といった庶民より地位が上の者との面会における作法だ。権力者によってはその作法を間違えると、その権力者により権力が下位の者の命を奪うことも無きにしも非ずで、権力者への謁見の作法は細心の注意を払うべきものだ。

 それが、普通だ。

 また、領主といった貴族との直接の面会の場など、庶民では滅多なことではあり得ない。領主のお触れは、領主と庶民とのその間に必ず執事といったような近侍の者が取り持つことが慣例だ。

 つまり、フォルスやセドリックは、自分たちより地位や権力が上の者との面会の場での振る舞いの方法は、これしか知らないのだ。

『導師 アシア』は、フォルスやセドリックたちよりも、地位は上位だ。ましてや『導師 アシア』はこの世界の中で1、2を争う大国の、オウカ国が抱える導師だ。彼は王族と連なる立場にある。その証拠にアシアは、オウカ国の紋章の入った外套を持参している。

 そのような人物との面会、謁見となれば、粗相は許されない、と身構えてしまうのが当然の流れだった。

 しかし、『導師 アシア』は、『人』が行うこの作法が気に入らないようであり、また、気にしないらしい。

 謁見の最初から、跪いていたフォルスやセドリックたちに椅子に座るよう勧めたことが、その証拠だ。彼が着座するよう勧めたのは、『導師 アシア』は『人』の階級差における作法を、気にしない、気にする必要がないとのメッセージだった。

 しかしそのメッセージは、フォルスやダンには届かなかった。ただ、イリスはアシアと図書室でセドリックやディフと出逢い、言葉を直接交わしていることもあったからか、アシアの『人』が作り上げてきた、このようなしきたりに頓着しないことは、うっすらと気付いているようだった。そして『人』のこのような、権力が上位の者への応対方法について、『導師 アシア』が良い感情を持っていないことにも、この謁見の場でおそらく勘良く気が付いた。それは、彼女が離席を自ら名乗り出たこと、香茶の振る舞いを『導師 アシア』だけでなくこの場に居るもの全員分の用意を、といったセドリックのその提案に反論することなくうなずきひとつで受け入れたことが、その証だ。

 イリスの観察力と洞察力、またそこから自分が起こすべき行動についてをすばやく導き出し、躊躇うことなくセドリックに進言し、またセドリックの提案を即座に受け入れた行為はさすがた、とセドリックは感嘆する。庶民の身分で王都の学校に受かり、王都中枢の機関への就職まで果たせたその実力は伊達ではない。

「フォルス。ご馳走様でした。とても美味しかったです。」

 アシアは最後まで優雅な所作で香茶を飲み干すと、導師然とした微笑はそのまま、フォルスへ振る舞いの香茶の礼を述べる。

「導師様のお口に合ったのなら、これ以上の嬉しいことはございません。」

 フォルスは感激が止まないのか、うっすらと涙を浮かべたまま、発する声も微かに震えたままだ。そのフォルスに、アシアは笑みを崩さないままうなずくと、

「美味しい香茶をご馳走になった上に、厚かましくもフォルスにお願いしたいことがあるのですが。」

 そのように口火を切った。

 アシアのその言葉に、フォルスは神に近しい者からの願い事とはどのようなことかと、表情にたちまち緊張が走る。フォルスの隣に座っているダンの表情も即座に強張ったのが、アシアに見て取れた。

 彼らのアシアへ向けるこの緊張から、アシアは本当にこの地に居を構えることがアシアにとって良いことなのか、この村の人たちにとっても良いことなのか、少しの疑問と不安が芽吹いてくる。

 この謁見の場でいつまでも『導師 アシア』に対して緊張が解けない彼らにとって『導師 アシア』は、やはり『人』にとっては、恐れ多く、なのだ。このような、導師にまつわる逸話が残り、導師への感謝の念を何百年にも渡り語り継いできたこの村においても、この場をともにしている『導師 アシア』はそのような存在らしい。

 畏まり、奉られ、奇跡を望まれ、障りを恐れられ。

 このように一線を引くか、その奇跡にあやかりたいがために擦り寄られるか。

 今までアシアが出逢ってきた『人』たちと比べても、フォルスもダンも、アシアへ向ける表情や態度に大差はない。『導師 アシア』は畏れられ、そして、何かを期待されてしまう、そのような存在だ。ただ、今まで出逢ってきた『人』と違うのは、彼らからの『導師』への感謝の気持ちの大きさ、重さだった。緊張と畏まるこの場面においても、確かに彼らは感謝の念が絶えず『導師 アシア』に向けられていた

 そうではあるが、恐れ多くといった彼らの最初から変わらないアシアへ向ける対応から、悲観した思いを持ってしまったアシアは知らず軽く目を伏せてしまい、アシア自身の抱くその願いを、この地に居を構えたいといった希望を口にすることを躊躇った。

 そのとき、

「『導師 アシア』様。」

 前触れなくセドリックが、アシアの名を呼び椅子から立ち上がりアシアへと向く。

 セドリックの少し強い口調の呼びかけに、伏せてしまった目をセドリックへと向けたアシアのその、少し揺らいでいる琥珀色の瞳をセドリックは真っ直ぐに見遣り捉えると、

「『導師』様にはこの地に我々の先人を導いてくださり、また生きるための知識を智慧を与えてくださったことに、永きに渡り感謝の思いしかございません。その『導師』様が回帰してくださったこと、このように『導師』様に直接拝謁し、お礼申し上げることができたこと、とても喜ばしく思っております。この感謝の念は、この村に住む者たちはこれから先も変わることはございません。」

 深々と礼を取った。

 セドリックのその、『導師 アシア』への最敬礼に、この場ではセドリックもいつまでもどこまでもアシアを、権力がセドリックたちよりも上位の者として扱い貫くのだ、と物悲しさが胸中を過ぎる。彼はアシアがそのような対応を好まないことに気が付いているはずなのに。

 たぶん、これからもセドリックはアシアとの友人としての距離は、セドリックのプライベートな場でのみとなり、村の中であってもこのような公の場では一線を画した対応となるのだろう。アシアがこの地に居を構えたとしても、セドリックは公の場ではこのような態度を取るに違いない。

 この謁見の場でのこれまでのセドリックのアシアへの対応から、そう予測できてしまったことが、アシアには何となく悲しかった。それが『人』の習性だということは、アシアも理解はしている。アシアが現在任を担っているオウカ国の王宮でも、そうなのだ。特に王宮ゆえに、王族やそれに近い身分の者たちばかりが集う場ゆえに、余計にそうなのかも知れない。

 けれどもこの場も、王宮のその場とたいして変わりはしない。もしかしたらアシアへ対する緊張感は、王宮の中よりも高いかもしれない。


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