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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第10章

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「『導師 アシア』様。ありがたく存じます。」

 フォルスが、アシアの柔らかな微笑を受けて、本日何度目かの礼の言葉を少し震える声で述べる。その、礼を述べるフォルスに、アシアは導師然とした笑みを再び返した。

 実際、アシアはセドリックのこの、いつまでも一線を引いてしまっている態度が面白くないのだ。真面目な表情で話す彼からは、いつもの人懐こい笑顔は見られない。

 この場は、正式な謁見の場なのだと、アシアも理解している。

 しかし、お互いの地位や権力の違いで改まった場にするのは、『人』の勝手だと思っている。

『導師』と『人』との魂の形の違いは、この箱庭の創造主が決めた法則であり、動かしようがない。この箱庭で生きる限りは、その法則に従うしか生きる術はない。『導師』が『人』よりも魂が上位種であることは、どうもしようがないことだ。

 だからといって、当初、この部屋に通されたときのように、アシアの前で跪かれることは、気分の良いものではない。それらは『人』が勝手に作り上げた、身分差の作法であって、『導師 アシア』には関係のない作法だ。身分差の作法に喜ぶのは『人』であって『導師』は喜ぶことはない。少なくとも『導師 アシア』は喜ばない。

 これらの行為はアシアにとってみれば、茶番だった。

 いつまで、この導師然とした微笑を、態度をし続けなければならないのか。この茶番に付き合わなければならないのか。

 友人であるセドリックを、跪かせなければならないのか。敢えて、『導師』と『人』との距離でいなければならないのか。

 それが『人』の習性であるならば、最初の畏まった挨拶だけでアシアは十分だった。

 畏れながらの対応でなくとも、『導師 アシア』は気分を害することはない姿を見せているにもかかわらず、フォルスはいつまでもこの場を畏まった場とする。

 これが伝話で語り継がれてきた『導師』への感謝の気持ちの表現、だというのだろうか。

 そのようなアシアの苛立つ気持ちをアシア自身が押さえ込むために、アシアは今までの『導師 アシア』の習性で、その綺麗な整った導師然とした微笑を深めた。

 その、アシアが導師然とした綺麗な微笑に、フォルスはうっすらとその瞳に涙を浮かべた。その涙は、『導師 アシア』への感涙だ。けれども、それでもフォルスは畏れが見え隠れする安堵の表情をも浮かべる。

 だから、アシアはイヤなのだ。好まないのだ。このような『人』の集団の中に入ることを。

 敬われること自体は、イヤなことではない。それだけの、彼ら『人』が持たない、知識や智慧、この世界の成り立ちの根本を彼ら『人』より知っていて、見えている。『導師』が『人』よりも知っているそれらを、『導師』が『人』に見せて伝える力に、敬いの念を受けることは、アシアはイヤではない。

 ただ、この世界の成り立ちを本能で知っているからこそできてしまう、『人』からすれば奇跡だといわれる『導師』の力に対して、恐れ、もしくは卑しい心をアシアにぶつけられることが、イヤ、なのだ。

 特に、『人』の集団だとそれが顕著になる。だから、今回の謁見の場を5人、とした。しかも『友人 セドリック』を含めた、5人だ。

 なのに『友人 セドリック』は『村長 セドリック』として、この場に臨んでいる。

 それは、当然のことだった。そのことをうっかりと失念していたアシアが悪いのだが。

 それでも、『友人 セドリック』はアシアがこの場の、この雰囲気に気分を害していることに気付いているはずだった。先ほどからフォルスのアシアへの対応に反応するアシアの様を見ては、何度も、周囲には気付かれないくらいの小さなため息を、彼は吐いている。なら、もう少しフォルスへの、またアシアへの助け舟を出してくれても良さそうなのに、彼はいつまでも、今でも『村長 セドリック』の顔のままだ。

「失礼します。」

 と、ノックとともに扉が開かれ、イリスが人数分の茶器を載せたトレイを携えて戻ってきた。

「どうぞ、導師様。」

 イリスがアシアの前に置いた茶器には、湯気立つ薄茶色の香茶が入っていて、香ばしい良い香りが匂い立つ。

 アシアの、これは?の問いに、

「長老さんの家の、自慢の一品の香茶、です。」

 アシアの問いにいつもの無邪気な笑顔を見せてそう答えながら、イリスはフォルス、ダン、セドリックの席にも茶器を次々と置き、最後に自席に茶器を置いて椅子に腰掛けた。

「導師様は香茶に大変造詣が深いと、聞き及んでおります。なので恐れながら私の家の、自慢の香茶も試飲していただきたくて、ご用意いたしました。お口に合えば、嬉しいのですが。」

 アシアにそのように説明するフォルスは、何故か戸惑いの表情で自席の前に座っているセドリックを見遣る。

 それもそうだろう。

 当初、セドリックとフォルス、ダンやイリスの間では、フォルス家の香茶は『導師 アシア』へのもてなしとして、アシアにのみ淹れる算段だった。それは地位が下位の者が上位の者と一緒に何かを口にするなど、ありえないことだからだ。

 当初の予定ではない、イリスのこの行動。また打ち合わせた内容は、香茶を淹れて『導師 アシア』に振舞う役目は、セドリックだった。それが皆で打ち合わせたとおりではなく、イリスが離席した。離席に関しては、イリスがセドリックに申し出たのだろう。この場の雰囲気から、セドリックが離席するよりは末席のイリスが離席したほうが良いと、イリスが考えセドリックに申し出たのだとフォルスは推測する。しかし、この、香茶を人数分用意したこれは、イリスの独断によるものではなく、さきほどセドリックがイリスに耳打ちしていたことから、セドリック独断の指示によるものなのだと、フォルスは気付く。

 そもそもフォルスは、このように『導師 アシア』と席を共にするなどといったこの現状を、想像すらしていなかった。想像もしていなかった『導師 アシア』の言動に、フォルスはどのように応対して良いのか、もうわからなくなっている。しかもセドリックは当初打ち合わせをしていた段取りとは違う、『導師 アシア』を奉るような方向と真逆の行動をしているように、フォルスには見える。その、セドリックの行動が、それが神に近しい者『導師 アシア』の目に、どのように映ってしまっているのか。そのことを想像することすら、フォルスには恐ろしかった。

 セドリックがこの村に招いた『アシア』という人物は、『導師様』の騙りではなく、本物の『導師様』であることは間違いがない。その、感謝すべき『導師 アシア』の怒りの何かに触れることがないようにフォルスは振舞いたいのだが、フォルスが今まで経験してきたこの地の領主との応対の方法とは違っていて、『導師 アシア』への応対の方法についてはフォルスの経験則から引き出せるものが何もない。

 それは『導師』の価値観と『人』の価値観の違いなのだろうと、うっすらとフォルスは気付くが、長年『人』が重んじる価値観の中で生きてきたフォルスは、『導師』が持つ価値観をどう推し量れば良いのか、まったく見当がつかなかった。

 そのように、『導師 アシア』に対して畏れながらのフォルスの心情であったが、アシアはフォルスたちにも香茶が振舞われている現状について咎めもせず、

「それでは、ありがたく頂きますね。」

 と、茶器に口を付けた。

 優雅な所作でアシアが口に含んだ香茶は、匂い立つ香ばしさそのまま、口の中にその香りが広がる。その香りから察するに、焙った茶葉を淹れたようだ。口に含んで飲み込むと焙った葉の香ばしさが口の中に広がり、口の中をさっぱりとさせるが、少し苦味が残る。大人が好みそうな香茶だ。

「とても、美味しいです。口の中がさっぱりとして、良いですね。フォルスの自慢の香茶だと言うだけのことはあります。」

『導師 アシア』から自慢の香茶への賛辞を受け、フォルスは再び感情が昂ぶったのか、胸の前で組まれた手が再度微かに震えだし、薄茶色の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「セドリックたちも、香茶が冷めないうちに頂いたらいかがですか。」

 ふわりと笑みながらの『導師 アシア』の許可により、セドリック、イリスは茶器に早速口を付ける。ダンはセドリックやイリスが『導師 アシア』勧めるまま、香茶を口にするその様に少し目を見開いて驚いた表情を見せるが、

「ダンも、どうぞ。せっかくなので、冷めないうちに口にしてください。」

 と、『導師 アシア』からふわりとした微笑で勧められると、慌てた感で茶器を持ち、香茶に口を付けた。

 その、ダンの様子にも変わらず柔らかな笑みを向けたあと、アシアは手にしている茶器をゆっくりと静かに回し揺らした。アシアが回し揺らした香茶からは少し香ばしい香りが匂い立つ。アシアはその香りを楽しんだあと、再び優雅な所作でひと口ふた口、香茶を口に含んだ。

 香茶のこの香りから、たぶん、これ以上茶葉を焙ると、この香ばしい香りは焦げた香りに移ってしまうのだろうといったような、ぎりぎりの、絶妙な焙り加減だ。


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