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そのフォルスの態度に、アシアは困惑の表情が消えなかった。
これは、『導師』に何かを期待しているときの『人』の態度だ。
『導師 アシア』は彼ら『人』から、何かを期待されている。
何かを、は恐らく導師が行う奇跡を、だろう。
伝話では導師についてどのように語られているのか、詳しい内容をアシアは知らない。ただ導師が、何もなかったこの地で生きていく術を、知識を智慧をこの村の先人たちに惜しみなく与えた、としか聞いてはいない。
「僕たち『導師』に対して感謝をしてもらうことは、『導師』である僕はとても嬉しいです。」
アシアはふわりと笑む。
そのアシアの導師然とした柔らかな微笑に、フォルスは頭を下げる。
が、
「けれども僕『導師 アシア』は、フォルスを筆頭とした村人たちの期待に応えられるような奇跡を起こすことはできません。そのことを理解してください。」
柔らかな微笑とは真反対の、その強く厳しいアシアの口調にフォルスは下げた頭を上げ、少し驚きの表情でアシアを見た。
フォルスの向かいに座っているセドリックは、そのアシアとフォルスのやり取りに、小さなため息をつく。
フォルスが口にした発言についてセドリックは、アシアが感じてしまったそのような導師の奇跡を望んでの発言ではないことを理解している。フォルスはアシアが憂うるような願いを、口にしたつもりはないはずだった。単純に、純粋に、この地に、この村に導師が回帰したことに感激をしているだけだ。しかも『導師 アシア』は、伝話の中で語られている導師のように、優しく人格者のように見えている。
確かにフォルスをはじめ、村人は『導師』に、畏れを抱いている。それは『導師』が神に近しい存在だからだ。『導師』は神と同列に扱う存在だからだ。だから、感謝とともに畏れを抱いている。
もちろん、『導師』は『神』と同列と捉えられているため、奇跡を起こしてくれる者、と思っている村人も多い。しかし、村人が指すその奇跡、というのは、たぶんアシアが考えているようなモノではない。
「『導師 アシア』様。」
アシアが導師然とした柔らかな笑みを浮かべている表情とは裏腹の、アシアの厳しい言葉を受けてしまい、明らかに少し狼狽している長老の代わりにセドリックがアシアへ声をかける。
何か、と少し首を傾げセドリックに応うアシアへ、
「『導師 アシア』様。長老が感謝し、申していますのは、『導師 アシア』様が村の者に、茶葉の効用について『導師 アシア』様がお持ちになっている知識を与えてくださったことです。」
と、フォルスの真意を述べ、
「長老を筆頭に、村の者はそのことにとても感謝しております。村長としても、お礼を申し上げます。ありがとう存じます。」
と、感謝の意を示した。
セドリックからしてみれば、『導師 アシア』とフォルスやセドリックといった『人』とのこのような齟齬は、起こるべくして起ったようなものだ。
セドリックからすれば、そもそもアシアは『導師』であるにもかかわらず、『人』があまり好きではないように見受けられる。というか、『人』に対してあまり良い印象を持っていないように、今までアシアと友人として接してきたセドリックは彼の言動の端々からそう受け止めている。アシアが語ってくれた彼の話の中からセドリックは、彼が今までの生きてきたこの間まで、『人』との良い思い出があまりなかったように感じていた。
そのアシアが、導師に日々感謝し過ごしているこの村出身の『人 セドリック』に対して友人関係を希望したことは、とても不思議で奇跡に近しいことだとセドリックは思っている。
セドリックはアシアから彼が導師だと彼の力を見せつけられたときは、『導師 アシア』を恐怖に感じていた。自分たち『人』とは異なる生物だ、との認識だった。自分たち『人』が彼を量ることなど到底できない、そのような未知のモノだと。
恐怖で『導師 アシア』を見遣った、アシアにとっては怒って然るべきセドリックの態度、感情だっただろうとセドリックはそのときのことを振り返るとそう思うのだが、彼はそのような『人 セドリック』に対等な関係、友人関係を求めたのだ。
いや、彼は怒るといった感情よりも、セドリックの最初『導師 アシア』に持った恐れの感情に、哀しみや愁いを見せた。その『導師 アシア』の表情や態度が、セドリックに『導師 アシア』を『神に近しい者』から自分たち『人に近しい者』へと変化させた。導師も人も根本にあるモノは、そんなに変わりはないのではないかと思わせた。それが、セドリックに『導師 アシア』を友人として受け入れるものとした。
「あぁ、先日の利き茶のことですね。」
セドリックのその言に、今までの導師然とした笑みを浮かべていたアシアはその笑みを、彼は本当に嬉しそうな笑みへと変化させる。
そのセドリックのアシアへの言葉はフォルスの助け舟と場面転換にもなったようで、アシアの柔らかな笑みを視認したフォルスは、アシアの厳しい言葉を受け、自身が浮かべてしまった狼狽した表情を安堵した表情へと変化させる。そして、ふ、と意味ありげにセドリックへと視線を移した。フォルスの視線を受けたセドリックがフォルスのその視線の意味を汲み取り、小さくうなずくと、
「離席を失礼いたします、導師様。」
突然に椅子から立ち上がり、その場を離れようとした。
そのセドリックに、村長、とセドリックの隣に位置していたイリスが声をかける。声をかけられたセドリックが何かとイリスを見下ろした。見下ろされたイリスはセドリックにひと言ふた言発し、その言葉にセドリックは一瞬黙したが、しばらくしてからイリスへうなずくとイリスの耳元に口を近づけ、何かを指示したようだった。耳打ちされたイリスはそのセドリックに笑顔を浮かべ首肯すると椅子から立ち上がり、
「離席を失礼いたします、導師様。」
セドリックではなくイリスがアシアへ向かって礼を取り、扉から出て行った。そのイリスの背を見送ったセドリックはアシアに礼を取ると、再び自席に座る。自席に腰を掛けると、セドリックは改めてアシアに向き合い、
「利き茶の場で『導師 アシア』様から茶葉の効能について、教授いただきました村の者、私を筆頭に『導師 アシア』様にとても感謝しております。改めて御礼申し上げます。」
深々と礼を取った。
「茶葉の効能については、皆さんが知っていることを、僕は整理して伝えただけです。それでも、喜んでもらえたなら、嬉しいです。」
アシアはセドリックの言葉に、ふわりと微笑む。
これは、『導師』のカオだ、とセドリックは気付く。先ほどの利き茶の事に関してセドリックが口にしたときに浮かべた、あの笑顔とは少し違うように見える。アシアの心がいつもとは違い、遠くにあるようにセドリックが感じてしまう微笑みだ。
この、導師然とした微笑を向けられているのは、セドリックが畏まった口調で、態度でアシアと向き合っているからだろう。セドリック自身が、アシアと一線を引いた態度で接しているからだと思う。
利き茶の話題でアシアは一瞬、彼の本心からの笑顔を浮かべたが、それは一瞬だけで今はセドリックがあまり好きではない『導師 アシア』の導師然とした綺麗な、整ったアルカイックな笑みだ。
セドリックは、アシアとはこの5日間程度の付き合いでしかないが、付き合いの中身は濃いものだったと思っている。何せ、アシアの導師としての威圧を2回も受け、『導師 アシア』から謝罪も受けている。『アシア』の素の部分も、随分と見た。
だから5日間程度の付き合いとはいえ、これは、彼のこの笑みは彼が気分を害している証だと、セドリックは理解できてしまった。
アシアが気分を害しているのは、セドリックがいつまでもアシアに対して『導師』と『人』とした距離を取った対応だからだろう。そうは言え一線を引き、『導師』と『人』としての態度になってしまうのは、正式な謁見の場なので仕方がないことだ、とセドリックは自身にそう言い聞かせる。
この謁見が終わり、アシアがセドリックとともに家に戻れば、アシアへ言い訳を、このような振る舞いに徹せざるを得なかった理由を述べて、『友人 アシア』に理解してもらおう、といった考えがセドリックの頭の中、ちらつく。
それでも、そもそも、「アシアへ言い訳」と考えている時点で、現アシアへの応対について、セドリックの方が分が悪いのだと、セドリック自身が認めてしまっていることになっていることは否めない。




