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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第10章

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 また、『導師 アシア』がセドリックに対して、村の青年たちが見せる表情とよく似た顔を見せたことも、セドリックの『導師 アシア』に対する恐れを払拭させた。『導師 アシア』も普通の青年と変わらない部分を持ち合わせているのだと、新たな発見とそれが『導師 アシア』を身近に感じるところとなった。

 もちろん、導師への感謝はある。感謝するこの思いを自分たちの口から導師へ伝えたいという思いは、変わらない。

 その感謝すべき導師であるアシアがこの村に居を構えたい、と昨日一緒に出かけた森の中で、セドリックにそう告げていた。

 アシアが先ほどフォルスに言った、頼みごとがある、というのはたぶん、そのことだ。村人の同意がないまま勝手に住み着くことはできない、とアシアは森から帰る道中でセドリックにそう言葉を落としていたからだ。

 この地に再び導師が住む。

 そのことに異を唱える村人は、いないだろう。当然、皆、諸手を挙げての賛成だ。

 賛成とか反対とかのレベルではない。どちらかといえば、村の方から『導師 アシア』に、この地に居を構えて欲しい、と希う案件だ。

『導師様』が、何百年ぶりかに再びこの地に足を運んでくださったことすら、奇跡のようなものだ。導師がこの地を村人に託し、この地を去ったのは数百年前とも千年前とも、創世記頃からとも語られている。

 その気の遠くなるような年月から、いつしか『導師様』の話は、伝説の昔物語となっていた。

 今回の、導師の回帰。帰還。

 しかも『導師 アシア』は利き茶の場面において、『導師 アシア』が持つ、茶葉の効能、効用をその場に参加していた村人たちに、惜しげもなく教授していた。彼が持つその知識は、その内容は、商人どころか貴族や王族が喉から手が出るほど欲しがるような、貴重な内容だった。そして村人に伝授するその姿はまるで、伝話の中で語られている導師像の再現のようだった。遥か昔、この地にこの村の先人を導き、彼らが生きていけるところまで導いた導師も、このような姿だったのではないだろうかと、思わせる神々しさがあった。

『導師 アシア』のその神々しさは、多分にアシアが故意に彼の持つ神気を放っていたからだとは思う。アシアは村人全てがアシアのことを導師である、と信じてはいないことに気付いていた。この神気を放っている姿は、自身が導師の騙りではなく、本物の導師であることを村人に信じさせるためのものだ。

 アシアは、セドリックに最初にして見せたように、奇跡を、恐怖を覚えてしまうような異なる場へと村人を招く方法もあった。畏れを植えつけるのであれば、本来ならその方法が良いのかもしれない。しかし、アシアは神気を放つことで村人に自身が導師であることを信じさせた。神気は中てられた人によっては、見惚れてしまう程度の影響にとどまる場合もある。必ずしも畏れ奉る気持ちを持たせるものではない。現に、アシアは彼が放つその神気だけでは、彼のことを『導師様』である、と信じきれない村人もいた。その村人を信じさせたのは、彼のこの導師然とした、穏やかな態度と、彼の持つ膨大な知識と智慧を、村の者に惜しげもなく与えたからだ。

 茶葉に関する薬効は、何となくではあるが村人皆が感じていたところだった。しかし、それは系統立てられて伝承されているものではなかった。なぜなら、医学、薬学に関する書籍がこの村の図書室には一冊もないからだ。それゆえにこの村では医学、薬学に精通する者は、いまだかつて誰一人としていなかった。

 セドリックは今までさまざまな商人と出逢ってきたが、医術書や薬学書が売られているところに出くわしたことがない。隣の領地で5本の指に入るほどの大きな商いをしているエイダの実家でも、医術に関する書物を扱ったことは一度もない、と聞いている。

 当然、医者はこの村には、いない。もちろん、隣の村にも在住しない。医者に病を診てもらおうとするなら、王都まで出向かなければ無理だ。領地を治める領主といった貴族でさえ、必ずしも医者にかかることができるわけではない。

 医師は唯一王族が抱える、特殊な職種だ。王都の街中でさえ、医師を見つけることは困難だ。せいぜい、薬学に長けた薬師がそれでも王都にひとりかふたり、いるくらいだった。

 だから庶民は、今までの生活の中で得た経験といった知識の中で、病を治療している。その方法のひとつが、この村では茶葉だった。

 しかしそれは村人がこれまで送ってきた生活の中での経験上で、何となくそうではないだろうか、といった口伝えの内容だった。

 それを、『導師 アシア』は利き茶といったフランクな茶会のサロンの場で、利き茶の参加者に系統立てた薬学といった学問的な内容で、彼は彼が持つ知識を実演といった形で披露した。それも、難しいものではなかった。村人が今までの経験の中で感じていたことの理由付けをしただけだ。

 それだけだったが、『導師 アシア』が教授するその姿は、導師然とした穏やかな笑みを湛え、また、参加者の村人からのいくつもの質問にも導師然とした態度を崩さず、微かに神気を放ちながらも彼は気安い雰囲気を纏い、接していた。

 最初は、『導師 アシア』の前触れのない参加に、その日その場所に集っていた利き茶の参加者には、戸惑いと混乱が生じていた。彼が微かに放つ神気のせいなのか、それとも導師を騙る得体の知れない人物だとの認識からなのか、最初はセドリックが連れてきたアシアに近付こうとする者は現れなかった。

 セドリックの家に『導師 アシア』の来訪後、セドリックが『導師 アシア』に関して村人と話題にした際には、導師をひと目拝顔し、ひと言で構わないから言葉を交わしたい、と願うものが少なからずいたのだが、いざ、その当人がその場に現れると、誰しもが『導師 アシア』に近付こうとはしなかった。

 その微妙な空気を変えたのは、エイダだ。

 セドリック家の中で普段『導師 アシア』に話しかけている様のまま、公の場だからといった畏まった態度へと変えず、いつものように、今までのように敬いで以ってアシアに茶葉の効能について話を投げかけた。いつもと変わらないエイダのその対応からか、やや緊張気味だったアシアもエイダに対して構えた感はなく、普段とおりの態度で接したのも功を奏したのだろう。

 また利き茶に参加している者は村の中でも取り立てて茶葉に愛着があり、関心が高い。エイダとアシアとのやり取りをしている間にいつしか、『導師 アシア』を遠巻きにしていた利き茶参加者たちは徐々に彼らに近付き、エイダとアシアのやり取りに聞き入っていた。聞き入るだけではなく、質問を口にする者も現れた。

 気が付けば利き茶の場は、いつのものような明るい会話が弾む場となり、『導師 アシア』の講義と実演が自然と始まり、賑やかな、参加者が十二分に満足する会となって閉じた。

 利き茶の参加者は『導師 アシア』を崇めたが、それは彼らが何かの折に奉る『神』に対して畏れながらのものではなかった。もっと身近な存在といった、感覚を持ったようだった。

 利き茶に参加した村人はアシアを『導師』だと認め、畏れる存在ではあるものの『導師 アシア』は伝話に登場する感謝すべきお方だと受け入れ、その『導師 アシア』の噂話は、彼らの口から口へと他の村人の中に広がり、そして長老の耳に入るところとなった。

 その噂話を耳にしたフォルスも、アシアに出会う前まではアシアが導師なのだということが、半信半疑だったところもあったのだと、セドリックは感じている。

 それが、『導師 アシア』から放たれる神気、村人たちが想像していた導師像のようにたおやかで、柔らかな雰囲気を纏い、導師然とした態度のアシアを直接にその目に映したフォルスが、感激し『導師 アシア』を奉るのは当然の結果だった。

「あの、フォルス。僕があなたたちの先人たちを、この村に導いた導師ではないのですが。」

 フォルスの感情が昂ぶるあまりの、震える声による感謝の言葉にアシアは少し困ったような、申し訳なさそうな表情となる。

 この地に、この村人の先人たちを導いたのは、確かに導師だとアシアは確信している。この場所は、この村の森は『創造主』の祝福を受けている土地だ。

 だから、アシアはとても居心地が良い。導師の力の源になる森の精気を含んだ朝露も、アシアがオウカ国で居を構えている森の中で口にする朝露と同じくらい、甘露だ。

 ただ、ライカ国のジェネスが居を構えている森にしか繁茂していない、小さな青い花を咲かす草葉に貯える朝露ほど甘露ではないが、それでもアシアの口には十分に美味しく感じる。

 だから確かにこの地を選び、この村の先人を導いたのは導師、だ。ただ、その導師はアシアでないことも確かだった。

 アシアは生を受けてまだ、200年前後だ。

 おそらく、この村の先人が導師に導かれ、この地に根を下ろしたのは、200年よりももっと遥か昔のことだ。もしかしたら、創世記に近い頃かもしれなかった。

 この地の、この森の気の感じから、『導師 ノア』好む土地のような気がしないでもない。しかし『導師 ノア』が果たして創世記近くから創造主の命により生を受けていたのかは、ノアからそのような話が出たことがないので、自信がない。彼女は気が遠くなるほどの遥か昔から、創造主の命を、その生を受けてこの地に降り立ったというのだろうか。

 アシアのその申し訳なさそうな言葉に、フォルスは慌てて頭を振ると、

「いいえ。それでも『導師 アシア』様は、やはり私たち村人が永きに渡って感謝し続けてきました『導師様』に違いはありません。本当にこの村にお帰りくださり、ありがたく存じます。」

 そう言うと、再び深々と頭を下げた。


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