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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第10章

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 セドリックはエイダとの結婚後も、見識を広く深く持つことへの努力を惜しむことはなく、むしろ、エイダから商人の考え方や知識などを得ていたようだ。その知識で以って村の利益になるような話を、彼は彼が出かけた先から持ち帰り、また自ら交渉することも多くなっていった。商人と交渉するセドリックは、その交渉相手に細やかな配慮をしていた。その姿は、農民というよりは商人のようだ、とフォルスは時折そう思うことがあった。その対応の姿はもしかしたら商家の娘である、エイダから指南を受けているのかも知れない。それでも、あの細やかな配慮は彼の性格もあるのだろうとは思う。

 が、彼の根っこの部分は、大雑把、だとフォルスは分析している。良く言えばおおらか、懐が深い、といったところだ。細かな部分にあまり拘ることがなく、自分に害した相手であっても許し、すぐに受け入れてしまう。その性格からか彼は今までも時折、大胆な行動に走ることがあった。

 まさに、今回の彼のこの行動がソレだ。

『導師 アシア』から、確かに着座の許しはあった。しかしそれが、『導師 アシア』の真意なのかどうか、セドリックは確かめることなく、また躊躇いもせず彼は『導師 アシア』に勧められるがまま椅子に座った。『長老 フォルス』が判断に迷っている間に、だ。

 村人からの話によると、セドリックは『導師 アシア』からその御名を呼ぶことを許されている、とフォルスは耳にしている。セドリックのこの行動は、『導師 アシア』から気に入られている、といった自信に基づくものなのかもしれない。

 そうはいえ、この場はフォルスの家であっても、『導師 アシア』との正式な謁見の場だ。気安い行為が許されている仲であっても謁見の場では、『導師』と『人』だ。同列で扱うことは許されないし、『導師 アシア』が許すとも限らない。対面を気にする人物なら、なおさら許される行動ではない。

 そのような場でのセドリックのこの行動に『導師 アシア』が、どのように反応するのか。しているのか。場合によっては『長老 フォルス』が『導師 アシア』とセドリックの間をとりなさなければならない。

 そう考えたフォルスは、セドリックが着座する様を目で追っていた視線をセドリックが席に座ったとたん、上座の『導師 アシア』へと慌てて向けた。

『導師 アシア』はセドリックのその対応が『導師 アシア』に対する不敬だ、と怒りを覚えていないか、とフォルスは懸念した。『導師 アシア』の怒りを買い、『神に近しい者』から罰を、とのこととなれば、その罰は老い先短いこの身へ、と請う覚悟をもした。

 が、フォルスが慄きで向けた視線の先の『導師 アシア』は先ほどと変わらない柔らかな笑みを湛えたまま、セドリックを見ている。その表情に怒りの色はない。

 その、変わらないアシアの柔らかく、そして厳かな雰囲気に、やはり『導師様』は、この村に代々伝話されているとおりに慈悲深いお方であり、今、この村に訪れた『導師 アシア』も人格者なのだと、フォルスは確信した。確信したとたん、胸の前で合わせているフォルスの手が、知らず震え出す。

「失礼いたします、導師様。」

 そのセドリックにイリスも続き、跪いていた姿勢から立ち上がるとセドリックの隣の椅子に向かう。そして椅子を引き一礼すると、セドリックと同様に座った。

「ありがとうございます。セドリック、イリス。」

 セドリックとイリスの着座に、アシアはふわりと笑んで、礼を述べる。そして、

「さぁ、フォルスもダンも、どうぞ椅子に座ってください。」

 その柔らかな笑みのままで、アシアはいまだ床に跪いているフォルスとダンにも、再度椅子に腰掛けるよう勧めた。

 着席したセドリックからも、長老、と声をかけられてようやくフォルスは立ち上がると上座に座るアシアに一礼し、セドリックの向かいの椅子に座る。

 長老であるフォルスが着座したことで、ダンもそれに倣い、フォルスの隣の椅子に腰を掛けた。

 アシアの右手側に、フォルスとダンが、左手側にセドリックとイリスが腰を掛ける形となる。

「今日は招いてくださり、ありがとうございます。」

 4人が席に座ったことを確認してから、アシアが改めてこの場を設けてもらったことに、感謝の意の言葉を発する。そのアシアの感謝の言葉に、4人が同時にアシアに対して頭を下げ、礼を取った。

「こちらの方こそ、導師様にこの村に、この場に足をお運びいただき、感謝しかございません。村人を代表し、改めてお礼申し上げます。」

 礼を述べるフォルスの声は、心なしか微かに震えて聞こえる。

 緊張しているのか、と、セドリックが見遣った先のフォルスは、確かにいつも以上に緊張した面持ちであったが、それだけでなく、何となくではあるがその薄茶色の瞳は潤んでいるように見えた。

 フォルスのその様子は『導師 アシア』の神気に中てられたかのように、セドリックには見えた。

 アシアとフォルスの距離は、先ほど跪いていたときとは違い、着座した今は至近距離だ。アシアは先ほどの不快感が拭えないのか、導師然とした表情を崩さず、微かな神気も変わらず放っているように、セドリックには感じる。フォルスのこの状態はもしかすると、アシアのその神気に中てられたからなのではないだろうか。今までアシアと出逢いその神気に中てられた村人の中では、今のフォルスとよく似たような表情を浮かべていた村人が幾人かいたことを、セドリックは思い出した。

「私が、私たち村人が、永きに渡り感謝し続けてきました導師様に、まさか自分が実際にお逢いでき、感謝の言葉を述べることができる日が来るとは。本当に、この村にお帰りくださり、ありがたく存じます。」

 感激で震えているのは、セドリックの前の席で感謝の言葉を紡ぐフォルスが発するその声だけではない。彼が胸の前で組んでいる両手も微かに震えている。

 そのように胸の前で組んだ手が、謝辞を述べる声が少し震えているフォルスは、アシアの神気に中てられただけでなく、心からの導師への感謝と、出逢えたことへの感激が重なり合っているようにもセドリックは思えた。

 確かに、何代にも渡りこの村に伝話されてきた導師への感謝の物語は、いつからか昔話か夢物語か、といったような伝説に近い意味合いで村人の中でそう捉えられるようになっていた。その話を語ってきた長老を筆頭とした村の大人たちの中にも、導師にまつわる伝話は、村人がこの豊かな土地で他の村よりも豊かに生活できることで享楽に陥らないための、戒めの物語だと、そう捉えている者が多からずも存在している。

 導師が夢物語の架空の人物ではなく実在していることは、この村に立ち寄る商人から、旅人から導師に関する噂話を耳にすることがあったので、導師が架空の人物だとは村人の誰もが思ってはいない。

 しかし、本当にこの村の先人たちをこの豊かな地に率いて、先人たちが生きていく術を、知識を、智慧を惜しみなく与えてくれたのだと、導師を拝顔したことがあるといった者がこの村に訪れる商人をはじめ何代にも渡って誰もおらず、導師の存在が稀有なものだと知る中で、その物語の内容自体を心底信じる者はいつしかいなくなった。伝話は脚色されたものであり、自分たちが置かれているこの立ち位置が、他の村よりも豊かであることに、何かに感謝して生活し、驕る気持ちを抑えるために『導師』といった実在する奇跡を起こす者に当てはめたのだと考える者もいたし、現にアシアが現れるまでは、ほとんどの大人がその考えに傾いていた。

 ただ、伝話では感謝する先が目に見えぬ『神』ではなく『導師』だったことが、もしかしたら本当にこの村の先人は導師に導かれこの豊かな地に住み、そして導師からこの地を任されたのかもしれない、といった考えも否定できずにはいた。

 しかし導師に導かれ村を開墾し、といった代々語られてきた話は伝説に近いものであったことも事実だ。もしかしたら語り継がれてきた伝話は史実かもしれない、といったこの村に生まれ生活している現状を誇らしいと思う気持ちと、誰かが作り上げた物語かもしれない、といった揺れ動く思いが、村の大人たちの間で確かにあった。

 その、伝説に近く、また『神に近しい者』に、生きているうちに出逢えたこと、また拝顔し言葉を交わし、自らの口で感謝の言葉を述べることができたこの幸運な奇跡に、フォルスは感激しているのだと、セドリックは受け取った。『導師 アシア』への畏れだけではない。フォルスの潤んだ瞳や、この手や声の震えは、感激と邂逅の奇跡への感謝からくるものだ。

『導師 アシア』は、セドリックと邂逅したときは、彼は『神に近しい者』が持つ導師の奇跡を見せつけることで、セドリックにアシアが導師なのだ、と信じさせた。その方法はセドリックにとっては『導師 アシア』に対する畏れ、恐れの感情を伴ったものだった。『導師 アシア』がセドリックに見せつけた奇跡は、セドリックを得体の知れない、『人』よりも遥か上位の、人知に及ぶところに生きる者ではない者の前に引きずり出され、生命の危険に晒された感覚を持つ場、だった。

 恐怖で以って畏まる場、だった。

 その恐怖に満ちた場を逃げ出さずに『導師 アシア』と向き合うことができたのは、セドリックが幼い頃から寝物語に聞かされた、『導師様』への感謝の伝話であり、セドリック自身も自分の子どもへ、村の子どもたちに伝える立場にいたからだ。恐怖よりも感謝の気持ちが少し上回った結果だ。村人の恩人に感謝の気持ちとともに、その気持ちを体現したいと願ったからだ。『導師様』は伝説上の、自分たちが生活する上で戒めとする、ありもしない話の中で登場させられた人物ではなく、本当にこの豊かな地に先人を導き、生きていく術を惜しみなく与えてくれた実話の中の実在した人物なのだと、村人に知って欲しくて、出逢って欲しくてセドリックは招いたのだ。


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