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フォルスはこのセドリックについては、とても頼りになる人物だと見立てている。現在、この村で彼以上に村長を任せられる人物はいない、とも考えている。
なんといっても、彼は村人の中の誰よりも見識が深く、判断力もあるからだ。他人を説得する話術にも比較的長けていて、村人からの人望も厚い。彼が持つアンテナは高く、彼の人を惹き付ける人柄も相まって、彼が持ってくる情報内容は常に時流の先端で、その量も今までの歴代の村長よりも多かった。
彼のその特性は、比較的彼の若い頃から発揮されていた。ゆえに、セドリックが20歳を越えた頃から、その当時村長だったフォルスは彼がこの村の運営に携わることができるよう、周囲の者たちへ根回しを行った。そのフォルスの行動は、今まで歴代の村の運営ではありえない事だった。なぜなら今まで村の運営に関わる村人は、年齢も経験も熟成された、50歳前後の者ばかりだったからだ。20歳になったばかりの青年など、すでに実家から離れ独立した一人前の大人として扱われるとはいえ、中年層からすれば彼らはまだまだ子どもだ。けれども20歳を越えたばかりのセドリックを村の運営に携わる役目を与える、といったその当時の村長だったフォルスのその意見に、村の役員たちからは反対の言葉は出なかった。むしろ、積極的に彼を登用しよう、といった意見ばかりだった。
セドリックが隣の領地で5本の指に入る商家の娘を娶ったときも、村中の者はとても驚いたが、さもありなん、といった声も多かった。
エイダの実家は、この村の小麦や農作物を買い取り、それを王宮へ献上する、といった商いで家を大きくした、かなり昔からこの村と関わりのある商家だ。この村で収穫される作物は、とても質が良いらしく、王宮で好んで使われ、また王都で高値で売買されている。そしてその一端をエイダの実家が担っている。
エイダも小さい頃から、商隊に混ざってエイダの兄たちと一緒にこの村に時折訪れていたので、村人の誰もがエイダのことは知っていた。
商隊に混ざりこの村に訪れる彼らにフォルスは、商家のご子息やお嬢様が、と驚いていた。けれども子どもを大人たち商隊とともにこの村に訪うそのことは、それがエイダの実家の、子どもたちを将来、使用人に対して指示する立場に見合う実力をつけさせるためには、商談の現地に商隊とともに赴き、商売のありようを学ばせなければならないといった、教育方針からのようだった。
また、この村は子どもたちを学ばす場として安全な村だ、と認めてもらっていたようなものだった。
だから、村人はエイダやその兄弟たちとは、彼らが幼い頃から交流があった。エイダたちの商隊がこの村に訪うときは、数日滞在するのが常であり、滞在中に彼らが村の子どもたちと一緒に遊ぶ姿も見慣れた光景だった。
つまりセドリックとエイダは、言わば幼馴染だ。
とはいえ、エイダの実家の教育方針だから、といっても、エイダの家の商隊がこの村に訪うときに、必ずしもエイダが同行していたわけではない。エイダの兄たちはほぼ毎回、同行していたが、エイダは、彼女が幼い頃は、ほんとうに時折、同行して来るくらいだった。それが、エイダが成長するとともに、いつからか毎回彼女の姿も見かけるようになり、彼女がこの村に来たときには、彼女はたいていこの村の図書室で過ごしていた。
そしてその隣には、いつの間にか、セドリックの姿があった。
フォルスが記憶する限り、セドリックの幼い頃は、彼は村の中を駆け回り、身体を動かす遊びが好きな少年だった。図書室で読書を、といった言葉とは縁遠いくらい、活発な子どもだった。
それが、いつしかエイダの隣で読書をする姿を見かけるようになり、その頃から、彼の見識が広がり、深まっていったように、フォルスは思う。
エイダの隣で読書をするセドリックの姿を多く見かける頃から程なくして、このふたりが論議する様をよく見かけるようになった。その姿は、仲が良いのか悪いのか、判断がつかないくらい白熱していたときもあったが、総じて仲は良かった。
それでも、農民の息子と商家の娘だ。しかもエイダの家は隣の領地で5本の指に入る、大きな商家だ。家柄としては、誰が見ても不釣合いだった。
エイダが16歳を迎える頃には、彼女には没落した貴族との縁談がある、といった噂がまことしやかに村人の大人の間で流れていた。
それは所謂、政略結婚だった。
エイダの家は、財力はある。しかし、いくら財力があっても所詮、商家であり庶民だ。
没落した貴族は、財力が庶民並みでも、地位は貴族だ。
地位は、金をいくら積んでも買えるものではない。
エイダと没落した貴族との婚姻の話は、財力のある商家と地位のみある貴族との利害が一致した結果、だったのだろう。
エイダの家は貴族の家との婚姻といった縁を結ぶことで貴族に近しい地位を得て、今持つ以上の権力が欲しいのだろう、と村の大人たちはそう推測し、噂話をしていたし、その噂話には真実味があった。
だから、そのうち、彼女はその貴族と結婚し、この村に彼女のその綺麗な姿を見ることはないだろう、と誰しもが思っていたのだが。
忘れもしない、その日は気候が穏やかで、気持ちの良いくらい突き抜けるような青空で。
その青空の下、彼女はその晴れ渡る青空のような晴れやかな綺麗な笑顔で、カバンひとつを携えてこの村へ、セドリックのもとへ嫁いで来たのだ。
当然、エイダの家は、一介の農民であるセドリックとの結婚には大反対だったに違いない。
あとで当人たちから聞いた話では、エイダがセドリックのところへ嫁ぐ前に、セドリックも何度かエイダの家へ結婚の許しを得るために、足を運んでいたようだった。その結果は当然、話もできず聞いてもらえないような、けんもほろろな対応だったようだ。
この村へ商隊に混ざり来訪していたときの彼女は、図書室で見かける姿が多かったせいか、フォルスからすれば大人しそうな娘に思えた。セドリックと論議する姿を見かけたときは、そのような一面もあるのだと、意外だと思えるくらいだった。
まさかこのような形で、農家へ、セドリックのもとへ嫁いで来るとは思いもよらなかった。
どの家でも同じように、結婚は家同士のつながりだ。それは、農民も商人も貴族も、本質は変わらない。ただ、権力や地位が高ければ高いほど、その傾向は強くなる。地位や権力が高ければ高いほど、その婚姻には利権が絡んでくる。思惑が交差する。家との絡みが強くなる。
エイダの家がセドリックとの結婚を反対したように、セドリックの両親もセドリックとエイダとの結婚には反対していた。
ただ、反対はしていたが、そのときにはセドリックはすでに16歳を過ぎ、家を出て自立しており、親の影響が及ぶ立場ではなく、自分の行動には自分で責を負う立ち位置だった。ゆえにセドリックの両親はエイダとの婚姻には反対はしていたが、セドリックへ強く出ることもできずにいた。
自分たちの行動は自分たちで責任を負う、といった宣言のもと、彼らはセドリックの実家の近くの空き家を買い取り、2人の生活を始めてしまった。
セドリックとエイダが自分たちの行動の責を負う、とは言っても、この村はエイダの商家との、農作物の売買により収入を得ている。エイダの家だけとの売買ではないが、作物を買い取ってくれる額では、エイダの商家が一番高かった。エイダの家が買い取ってくれる高い金額のおかげでこの村が他の村に比べ潤っているといっても過言ではなかった。
エイダが家出同然で、駆け落ちに近い形でセドリックのもとへ嫁いで来たことで、エイダの家との売買は成り立つのか。もう、この村に商売に来ることはないのではないか、とフォルスを筆頭に村人たちは危惧したが、そのことに関しては、エイダとセドリックは杞憂だと、フォルスたち村人にそう話していた。
なぜなら、この村の穀物や農作物は、他の村とは比べ物にならないくらい質が良い。だから、王宮に献上され、王族が口にする食材に使われている現実と、この作物を買い取りたいと言っている商人はエイダの家だけではないこと。
エイダの家は他の商人より高値でこの村の農作物を買い取ってくれているが、王宮以外に他の領地の貴族等とのツテによる商売から、それ以上の利益を彼らは得ているのだと、エイダの言だった。だから、エイダの実家が根っからの商売人である限り、エイダとセドリックとの婚姻くらいでこの村を手放すことはないのだと。
実際、彼らの言葉、そのとおりだった。
エイダの実家は、今までとおりこの村へ商売をしに定期的な来訪をし、今までと変わらず商いをして帰っていった。
しかも、来訪する商隊の商人たちは、エイダとセドリックとの婚姻については、あまり関心はないようだった。あくまでも自分たちの雇い主であるエイダの両親と、エイダとセドリックの家の騒動であり、使用人たちには直接何か関係することがなかったからだ。ゆえに、彼らがこの村への来訪時にも、彼らはエイダとセドリックとは普通に会話ややり取りをしていた。場合によってはセドリックから商売の話を持ちかけてもいたし、その話に真剣に耳を傾けていることもあった。
拘っていたのは、エイダの両親、だった。
エイダの兄弟は、エイダの両親ほどこの結婚を気にしていなかったようだ。没落貴族との結婚をエイダの家から反故にしたからといって、エイダの家は何の不利益もなかったからだろう。ただ、貴族の名を享受することができなかっただけで商売の利益も内容も変化はなく、むしろ、エイダの家から金銭の援助が受けられなくなった没落貴族の方が、痛かったようだ。
没落した貴族だったとはいえ、それでも貴族だ。顔に泥を塗られた形での縁談破棄で、何かしら罰を与えられようものだが、地位は商人であってもエイダの家のほうがその貴族よりも権力があったようだった。
その後、セドリックとエイダの間に子どもができたことで、エイダの両親のわだかまりも少しずつ溶け、孫可愛さにこの村にいつしか足を運ぶようになっていた。
とはいえ、大反対は大反対のままのようだったらしく、エイダの両親から、エイダとの結婚を許すとは、一度も言われたことがなかった、とセドリックは笑って話していた。




