84
「このようなむさ苦しいところへ、ようこそおいでくださり、ありがたく存じます。」
ここが長老宅だとセドリックに案内された家の玄関先で、高齢の男性が深々と頭を下げ、アシアとセドリックを迎えた。
長老と思しきその男性の隣には、セドリックより少し齢を重ねているように見える、赤茶色の短髪の男性が長老と同じように深々と頭を下げ、アシアを迎えている。この男性が、副村長のダンのようだ。
「こんにちは、導師様。」
気軽にアシアに挨拶をするのは、彼らとは少し離れて立っているイリスだ。声をかけられアシアがイリスに目を遣ると、イリスはいつもの無邪気な笑顔を浮かべて礼を取った。
彼らの歓迎の挨拶を受け終えた後、中へ、と長老に案内され、アシアは玄関先から家の中へと歩みを進めた。
家の中の造りはセドリックの家とそう大差はない。玄関から入って正面に2階への階段があり、階段を挟んで左側が厨房のようで、右側が居間のようだった。ただセドリックの家と少し違うのは、その部屋の広さだ。この長老宅はセドリックの家の部屋よりも少し手狭に思える。セドリックの家は馬小屋や家畜小屋を併設しているから村の中でも比較的大きく見えるのかもと思っていたが、長老宅から見るに、やはりセドリックの家は住居部分も広いようだ。
先導する長老から、こちらへ、と居間へ案内され、アシアは居間の奥に位置する椅子へ腰を掛ける。当然、アシアのあとから入ってきた長老達も同様に椅子に腰掛けるのだと思っていたのだが。
「再びこの地に足をお運びいただき、心より感謝申し上げます。」
長老を筆頭に、セドリック、ダン、イリスはアシアが座っている椅子から少し離れた位置で床に跪き、両手を胸の前に組み、少し顔を伏せるような格好を取った。
この姿は、彼らが自分たちより地位や権力が上の者、領主等へ取る礼だ。
「私はこの村で長老を務めております、フォルスと申します。」
そう言うと長老はうなだれていた頭を一段と深く下げる。
「隣にいますのは、村長のセドリック。その後ろに控えておりますのが、副村長のダン。ダンの隣がこの村の出身で現在この村で教師をしております、イリス、です。」
頭を下げたままの長老の紹介で名を呼ばれた者は長老に倣い、名を呼ばれた時に深々と頭を下げた。
彼らの頭上から見下ろす形となっているアシアからすると、この式は見ていて気持ちの良いものではない。人の階級に興味のないアシアにとっては、むしろ不快の類だった。
王宮で、足を運んだ領主宅で、何度も、飽きるほど見かけた光景だ。見かけるたびに、人はなぜこのように人自身が勝手に作った階級を最上のものとし、ありがたがり、それを誇示するのだろうか、と不可解だった。このように跪かせ、それを見下ろすことに悦を憶えるのか。アシアには理解できない『人』の習性だった。『人』の魂の循環を知るアシアからすれば、現在階級の上位にいる者は、たまたまそのように生まれ落ちただけのことであり、死して再びこの地に生まれ落ちても、その地位を得られるとは限らないのに。現世でその地位に生まれ落ちたのは、たんなる『運』でしかないのに、まるで自分が勝ち取ったモノかのように、またその地位が永遠に続くモノとして彼らは振舞う。それがアシアにはとても不思議で、奇異に映っていた。
不快な表情を知らず浮かべ、アシアはセドリックを見遣るが、彼も長老の隣で頭を深々と下げたまま、アシアを見ることはなく、アシアが不快な表情を浮かべていることに気が付いていない。
この部屋にはセドリックの家にあるテーブルほど大きくはないもののテーブルがあり、椅子もアシアが座っている分を含め、6脚ある。
アシアは耳を澄ますが、この場にいる者以外の、人の気配は感じ取れない。長老宅は、6人家族なのか、それとも6人家族だったのか。くるりと見渡す室内の家財道具から、長老ひとり暮らしではないように思える。
なら、人払いをしたのか、どこかの部屋で息を潜めているのか。
この状況は、果たして『導師 アシア』を歓迎しているのだろうか。
このようにアシアの足元から少し離れ跪き、頭を深くたれているこの様子からは、アシアは畏怖されていることは確かだ。セドリックからは、導師へ感謝の意を伝えたいから是非とも村へ、と言われて訪なったが、そう思っているのはセドリックだけで、長老達は感謝の意よりも畏れの気持ちの方が上回っているように受け取れる。
そうは言え、彼らは『導師』に対して、確かに感謝の意はあるのだろう。それは本当だろうとは思う。でなければ、『導師』の逸話が数百年も、下手をすれば千年単位かもしれない永い永い時、脈々と村人から村人へ途切れることなく口伝えされ、今この地に残っていることはなかっただろう。
ただ、人から人へと伝わっていくうちに『導師』は『神に近しい者』となってしまっているようだ。セドリックやエイダ、ジョイ、利き茶で出逢った村の人たちから話を聞いていると、そのように感じている。
『神に近しい者』はすなわち『神』であり、そこから『導師』は『神』だと彼らには思われているようだった。
『人』たちが常日頃崇めている『神』は、『人』がこの厳しい世界で生きていく上での寄る辺だ。
『神』に祈り、その祈りが届き『神』から祝福を得られれば、この苦境を乗り越えられる、と信じているから、彼らは生きていける。時には苦難も『神』からのありがたい試練だ、と受け取り生きている。
彼らがその時々に崇める『神』は『人』が生きていく上で必要な、彼らが創造したモノ、だ。
『神』はアシアたち『導師』が命を受けている、この箱庭の造り主である『創造主』とは、別物だ。『創造主』は『人』に慈悲など与えない。祈りや供物を捧げたからといって、それら行為が『創造主』の何かに刺さるものではない。『創造主』は『創造主』が造ったこの箱庭が、箱庭の造り手である『創造主』の思い描くものへと育つことを望んでいるだけだ。
『導師 アシア』が直接、『創造主』からそのようにはっきりとした言葉で、映像で教えられたわけではないが、『導師 アシア』は物心ついたときから、そのように感じ、考えを持つようになった。
そのことは『導師 ノア』に話したことはある。『導師 ノア』は幼い『導師 アシア』のその考えを否定することはなかった。「自分たち導師は、『箱庭の管理人』なのだ」と、ひと言告げられただけだ。
『箱庭の管理人』は導師同士で、自分たちのことを揶揄する言葉だ。
『導師』はこの箱庭に住む『人』たちを、『創造主』が望む箱庭にすべくために導く存在である。だから『導師』なのだ、と『導師 ノア』は幼い『導師 アシア』へそう教えていた。道を間違えやすい『人』を導く役目を与えられているのだと、そう教えられた。
それは穿った見方をすれば、『導師』の役目は、この箱庭の『管理人』であることと同意語に思える。立派な役目を、永遠に近い命とともに与えられているかのように錯覚してしまうが、『導師』はたんなるこの箱庭の『管理人』でしかない、と、遥か昔、ライカ国のジェネスがぽつり、と呟いたことがあった。
その場には、『導師 ノア』も同席していた。他にも導師が数名居たように、アシアは記憶している。何の集まりだったかまでは、アシアは憶えていない。ただ、他の導師を見上げていた記憶から、かなり幼い頃の出来事だったのだと思う。
その、『導師 ジェネス』の言に、誰も否定はしなかった。静かな、静かな時が流れただけだった。
『導師』を揶揄しているのであろう『箱庭の管理人』という単語は、すとん、と、なぜかアシアの心に落ちた。
『人』を導く『導師』という単語より、『箱庭の管理人』といった単語の方が、自分に与えられた役目を表す言葉として、腑に落ちた瞬間だった。
ただ、『箱庭の管理人』という本当の意味が、アシアはまだ理解していないように思っている。『導師 ノア』に『箱庭の管理人』の本当に意味するところを訊ねてみても、彼女からは明確な答えはいまだもらっていない。それをアシアが問うた時に、彼女はとても悲しそうで辛そうな表情を一瞬、アシアへ見せてしまうから、アシアが理解できるところまで問い続けることができないでいる。
「長老フォルス。」
アシアの足元から少し離れた位置で深く頭をたれる長老の名を、アシアは呼んだ。
『導師』は『神』ではない。
『人』が持たない、持つことができない奇跡を起こすことはできるが、『人』の願いを聞き届けることはできない。『導師』がその手に持つ奇跡の力でもって、彼らの願いに応えることはできないし、願いに応える者でもない。
そもそも、願いに応えるつもりも、ない。
『導師 アシア』が『人』の生きる時間より、永い時間を過ごしてきた中で得た知識や智慧、過去の出来事を教え伝えることができるだけだ。そこから学び取り、自分の力とするのは、所詮『人』でしかできないことだ。
敬われることはあれど、畏れ奉られる存在ではない、とアシアは考えている。




