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村の運営もそうだ。村長といった権力を振りかざさない。運営に関することについては、対話が基本だ。村人の意見を尊重し、取りまとめ、皆ができ得る限り納得する形で運営している。
その『父 セドリック』が、ジョイが尊敬する人物だ。
憧れる、対象だ。
こんな大人になりたい、とジョイが目指す者だ。
その『父 セドリック』がジョイを信頼している、とディフは言う。
確かに、実家を出て独り暮らしをするようになってから、『父 セドリック』から、以前なら相談されることがなかった農作業のこと、家の今後のこと、広い範囲なら村の運営のことまでジョイに意見を求めることが格段に増えた。ジョイの浅い考えの意見も、検討する材料としてくれることも、増えた。また、セドリックの考えもジョイにぶつけてくることも多くなった。そのおかげで、そのような考え方もあるんだ、とジョイは勉強になっている。
もしかしたら、後継者を育てる意図もあるのかも、とも思う。『父 セドリック』がジョイを後継者に、と考えてくれているのなら嬉しい。
セドリックとエイダの子どもで、大人まで育ったのはふたりだけで、そのひとり、ジョイの姉はすでに隣国の村に嫁ぎ、この家には住んでいない。嫁いでから村に帰ってきたのはホンの数回だ。だから、セドリックとエイダの子どもとしてこの村に、家に残っているのは、ジョイだけだった。
病知らずでその腕っ節は衰えているようには見えなくとも、セドリックは齢40の声を聞いている。年齢からしてセドリック本人が言うように、体力の衰えを本人は何かしら自覚しているのかもしれない。
「セドリックさんはジョイのこと、とても信頼して頼っていると、ボクは思うんです。」
と、ディフは真剣な眼差しでジョイを見てそう告げる。
ディフから見れば、ジョイはセドリックから頼られているように映るらしい。ジョイの感覚では、自分はまだまだセドリックの庇護下にある子どもで、セドリックから大人として認められているようには思わないのだが、ディフにはそのように見えているようだ。
「そう、かな?」
ジョイは照れ隠しに頬をぽりぽりと掻きながら、ディフへ疑問符を投げかけるが、その投げかけにディフは大きくうなずくと、
「さっき、ジョイとセドリックさんが相談している姿をみて、ボク、そう思いました。ジョイはセドリックさんから頼られているなって。ボクもアシアと、セドリックさんとジョイのような関係になりたい。ボクもいつかは、アシアの役に立ちたい。」
だから、ジョイのようになりたい、と真剣な眼差しのままで、言葉を続けた。
その、ディフから受ける真剣な眼差しと言葉から、この子どもは本当に『導師 アシア』のことが好きなんだな、とジョイは改めて思う。
先ほど、ジョイがディフにそのようにかけた言葉に、ディフは肯定はしなかったが、今の様子からディフがアシアのことを嫌っているようには当然受け取れず、やはりディフは『導師 アシア』が大好きなんだと、感じる。
たぶん、『大好き』という言葉に当てはまらない、『導師 アシア』への陽の感情がディフにはあるのだろう。だから彼は、ジョイの言葉に素直に首肯しなかったのだろう。
「導師様のお役に立ちたい、か。」
ジョイを真剣な眼差しで、ディフにしては珍しく言葉強く話すその内容が、それがディフの、心からの願いのようだ。
ジョイはジョイの隣に座り、真剣な眼差しで、そう訴えるディフを改めて見遣る。
ディフはジョイのようになりたい、と言う。セドリックの信を得ている、ジョイのようになりたい、と。
ジョイはディフと違い、齢は18を超えた。18歳を迎えたから、家を追い出された。この村で成人とした扱いを受けるのは、早ければ16歳からだ。それを鑑みると、ジョイの独り立ちはかなり遅い方だった。
それはジョイが持つ、生来の暢気な気質もあった。幼馴染や知人が16歳を越えた辺りから独立していく様を見て、自分も、といった焦りはなかった。独立していった友人知人から、まだ独立していないことにからかわれたりはしたが、気にならなかった。
それは、セドリックもエイダも、独立に関して何もジョイに口出しをしなかったからだ。
それはジョイの気持ちを優先していてくれていたのだろうと思う。そのうち、その気になるだろうし、その気になったときに気持ちよく送り出そう、といったことを考えていてくれていたようだった。
誤算だったのは、ジョイが暢気者だといった、性格だった。
しかも、他人にあまり左右されることがない、頑固さを持ち合わせていることだった。
ジョイも周りの同じ年齢くらいの友人知人が独立していく様を見て、まったく焦りがなかったわけではない。この家を出て、独り立ちしなければ、と、きちんと思っていたし、考えてもいた。
ただ、セドリックのように、エイダのように、自分がきちんとした大人としての生活ができるのか、自信がなかった。
父や母に対して反抗していれば、早くに独立したのだと思う。16歳を迎えて早々に独立した者は、父親や母親に酷く反発していたり、その家に自分の居場所がなかったり、といった訳有りの者だった。家族が多くて、食い扶持をひとりでも少なくしたいから、といった親孝行的な理由の者もいた。
セドリックの家は、子どもふたりのうちひとりはすでに隣国の村に嫁ぎ、この家を離れている。残っている子どもはジョイひとりだけだった。3人家族といった、この村のひと家族5、6人はいる中では、家族の人数が少ない家で、しかも生活に困っていない。ゆえにジョイが焦って独立する理由がなく、生来のジョイの性格から、ずるずると18歳を迎えるときまで、ジョイは実家で、一人前として扱われずこのふたりの子どもとして生活してきた。
今、ジョイの隣で早く一人前になって、『導師 アシア』の役に立つ人物になりたい、と強い言葉で告げるディフとはジョイは違って、セドリックとエイダのもとで、彼らを大人としての手本として18歳まで見て、学んできた。
ディフはまだ、8歳になるかならないくらいだ、とジョイはセドリックから聞いている。
8歳ならまだまだ親の庇護下で、親をロールモデルとして将来の自分を描く年齢だ。ジョイが自分のそのくらいの年齢のときはそうだったように思う。もしかしたらまだ、将来の自分を描いてはおらず、のほほん、とその日を楽しく家の手伝いをして、遊んで過ごしていたかもしれない。
それは、セドリック、エイダといった、揺るぎない拠り所があったからだ。両親は絶対的に信頼する相手であり、彼らの子どもである自分は、無条件でこの居場所を失くすことがないと、信じていた。信じるとか信じないとかといった、次元での話ではなかった。当然、だった。
しかし、自分の隣に座っているこの子どもは、その、ジョイにとっては当然だった居場所が、当然ではなく、その足元はいつ崩れるかわからないものだった。ジョイがセドリックから聞きかじったディフの経歴から、そのように感じる。
そのディフが、『導師 アシア』に買われた。
『導師 アシア』は、自身が買った『ノィナ』に対して施しをしている、慈悲深いお方だ。施しをするために『ノィナ』を買ったに違いなく、そして彼の拠り所になる人物なのかもしれない。ディフは、それを願っているようにジョイには思える。ディフの拠り所が『導師 アシア』であって欲しい、そうであって欲しいとディフは希っているように、彼の言動から垣間見える。
だから、「ジョイのようになりたい」発言に繋がったのだろう。
ディフは自身の揺るぎのない拠り所が欲しいのではないだろうか。無条件で絶対的に、永遠に自分を受け入れてくれる場所。
もしかしたらジョイとセドリック、またジョイとエイダとの関係が、ディフの瞳にはそう映り、羨ましく憧れに見えたのだろうか。
まだ8歳になるかなからないかのこの子どもの、ジョイにとっては当然の親子関係が、この家族の生活が、憧れに見えたのだろうか。
『導師 アシア』もディフのことを、とても大切に接している。『導師 アシア』がディフを、人身売買で『買った子ども』としては決して扱ってはいない。また、ディフに対して、憐れみだけで接しているようには、ジョイには見えなかった。
もっと近しい人物、親子関係、とまではいかなくとも、それに近しい立場になろうとしているように、ジョイの瞳には映っていた。
とはいっても、『導師様』は神に近しい人物だ。『導師様』と『人の子ども』との関係性を、そのようなところまで築いて良いのかどうかは、ジョイには判断がつかない。
けれども『導師 アシア』はディフを拒んでいるようには見えないし、ディフは『導師 アシア』との関係を、セドリックとジョイの関係をなぞらえて、願っている。
ただ、このふたりの関係性は、まだぎこちないようにも思えるのも事実だった。お互いがどのように接して良いのかがわからず、手探り状態の遠慮状態のようだ。
つまりディフは、「ジョイのようになりたい」ではなくて、まずはそこの解決を図ることが先決ではないか、との考えにジョイは至り、ディフに向かって、わかった、とうなずくと、
「じゃ、まず。ディフはしばらく、オレと一緒に行動しようか。」
そう言ってニパッと笑い、ディフの頭を親愛でもって、ぐりぐりっと撫でた。




