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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第9章

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「ポム、遠慮しなくても、本当に大丈夫だぞ」

 ジョイが、ジョイだけでなくこの村の者が、客人へ食べ物を振舞うのは、その客人への歓迎の証だ。

 この村が、近隣の他の村と比べて毎年食料が豊かに収穫できているとはいっても、神の少しの気まぐれで気候が例年より厳しい年は、村人が食べていけるかどうかのぎりぎりの収穫量しか得られない年も、ある。明日も必ず、自分たちが口にできる食料が得られる保証は、どこにもない。特に、この年の収穫量は、この村人も飢えるか飢えないかといった、ぎりぎりの量だった。この地を治める領主が、この年に収めなければならない税収を減額してくれなければ、この村でも厳しい生活を強いられていただろう。

 何かあったときのための蓄えをしていたことも、功を奏した。ジョイの姉が嫁いでいった隣国の村へも、支援できるくらいの少しの食料はなんとか捻出できた。隣国のあの村は、この村の親類縁者が多い。この村にもあの村から嫁いで来ている人が、幾人もいる。だから、心配していた村人も多かった。

 それらのことから、食料が今はどれだけ潤っているとしても、とても大事だ。無駄にできるものではない。

 その、自分たちが生きていくうえでとても大事な食料を、見ず知らずの、行商人のようなこの村に何か益をもたらすような人物ではないこの村への来訪者へ振舞う、というのは、本当にその来訪者を歓迎している証だった。

「ありがとうございます、ジョイ。でも。」

 と、ジョイからの再三の、ポムの実を食べることへのその勧めに、ディフは礼を言いながら、頭を振って断る。

「ボク、エイダさんのサンドイッチを、ちゃんと食べて帰りたいから。」

 エイダが作って持たせてくれたサンドイッチを、完食して帰りたい、とディフは言う。

 ディフがそのように言う表情から、彼はポムの実を食べることに遠慮している感はなさそうだった。本当にお腹がいっぱいになりそうで、ポムの実でお腹を満たすよりも、サンドイッチを完食したい思いの方が強そうだ、とジョイは受け取れた。

「そうか?なら、ポムの実はこのまま持って帰ろうか。ジャムができたら、一緒に食べようぜ。」

 ジョイはニパッと笑い、ポムの実を食べるよう勧めることを引き、じゃぁサンドイッチを食べようか、と弁当箱の蓋を開けるとその中からひと切れ取り出し、かぶりついた。

 かぶりついたサンドイッチからは、木の実の香ばしさが鼻を抜ける。

「コレ、作るの、ディフも手伝ったのか?」

 その、ジョイの問いに、ディフは小さく首を振り、

「ボクは、エイダさんに言われるまま、焦げないように火の当番をしていただけ。」

 起きるのが遅くて、何もお手伝いできなかったんです、と小さな身体を更に小さくさせながら、そう答えた。

 実際にディフが目覚め、階下へ降りたときにはもうすでに、ディフがすべき朝の仕事はほとんど、セドリックとエイダが片付けてしまっていた。

 そのようなこととなってしまったのは、アシアの従僕としては、失格だとディフは思う。役立たずの、いらない子、だ。無駄飯喰らい、と養親宅で罵られていた、あの頃の自分と変わりはしない。アシアの役に立ちたいと願う自分に、なかなかと届かなくて情けなくなる。

 けれでも、今朝はいつもと段取りが違うから気にするな、とセドリックはそう言って、恐縮してしまったディフの頭を殴るのではなく、優しく撫でてくれた。ディフは殴られても当然のことを、しでかしてしまっていたのに。

 エイダも家の手伝いを何もできなかったディフに罵ることをせず、もっと寝ていても良い、と言ってくれ、そしてなおかつ、あまった食料を手ずから与えてくれた。ディフは食べ物を口にできるような働きを、してはいないのに。

 アシアに買われる前までの生活では絶対に、ありえなかった待遇だ。

「そうか?上手に、火が通っているぞ。コレ、美味いもん。」

 申し訳なさそうに、弁当箱の蓋を開けた状態で、サンドイッチに手を出そうとしないディフに、

「自慢じゃないけどオレ、母さんに指南されながら火の当番をしたことは何回もあるけど、こんなに上手に、香ばしく炒ることができたためしがない。」

 凄いなディフ、とジョイがいつものニパッとした笑顔でディフを褒める。

 ジョイもいつも優しい。

 ジョイはディフがセドリックの家に世話になってから、このようになんだかんだと、さりげなく気を遣ってくれている。ジョイの父であるセドリックや母であるエイダが、全くの他人の、アシアの従僕でしかないディフに親切にしていても、ジョイは義兄のようにディフに辛く当たったり、イヤな顔ひとつも見せたりすることがなかった。

 むしろ、今のようにディフの働きを積極的に褒めてくれる。それが、ディフには嬉しい。心がくすぐったく、ぽかぽかと暖かくなる。

 ジョイのその言葉に、ディフは申し訳なさそうな表情から、少しずつ、嬉しそうな照れたような表情へと知らず変化させた。

「本当に美味いから。ディフ、自分で食べてみて確かめてみなよ。」

 ジョイがディフへサンドイッチを食べるよう勧めたことで、ディフはようやく弁当箱からサンドイッチをひとつ取り出し、口にした。

「な。美味いだろ?コレ、ディフのおかげでもあるんだぞ。」

 と、ジョイの更なる褒め言葉に、ディフは一瞬驚いたように藍色の瞳を瞬いたが、すぐに、照れた笑みを浮かべ、少しうつむいた。

 ディフは、いつもそうだ。

 誰かが先に食べて、そして、誰かが食べるように勧めないと、食事を口にすることがない。

 セドリックの家の手伝いをし、身体をたくさん動かし、お腹もうんと空いているだろうに、それでも彼は食卓で皆と同時に食事に手をつけることはなかった。

 それは、セドリック家に来たからそうしている、ではなく、また『導師 アシア』がそのように強要しているのではなく、それが今までの彼の生活だったのだろうとジョイは思う。

 虐げられてきた、ということは、そういうことなのだろう。

 村に時折やってくる行商人の中にも、おそらくその行商人に買われたのではないだろうか、と思しき子どもが混じっていたときが、幾度かあった。その子どもを連れている行商人は彼らを、人身売買で手に入れた子どもだ、とは決して言わなかった。身寄りがなくて引き取った子どもだ、と、どの行商人も口をそろえてそう答えていた。だから、行商人が連れていたその子どもたちは、もしかしたらそうかもしれないし、違うかもしれない。ただ、ジョイが見た限りでは、彼らはこの行商人に買われた子どもなんだ、といった印象を持った。それは村の大人たちが陰でそのような内容を口にしていたのを、耳にした所為もあるかもしれない。

 事情があり売られ、買われた子どもは一様にして不幸だとジョイは思う。なぜなら、幾度か見かけたその子どもたちは、幸せそうなカオをしていなかったからだ。たいてい、行商人たちから用事を言い渡され、それに対して表情乏しく黙々と働いている印象だった。

 事情があり売られた、ということは、両親が亡くなったか、生きているとしたら食うに困りなどといった止むに止まれぬ事情があったのか。なんにせよ、その背景は明るいものではないだろう、と想像できる。ゆえに、表情が乏しいことは何となくジョイにも理解できた。

 表情が乏しいとはいえ、行商人に連れられて働いている彼らは、その行商人たちに対して、怯えを見せている姿をジョイは見たことは無かった。一様に、表情乏しく、暗い雰囲気なだけだ。

 だから、たぶん彼らは、酷く虐げられてはいなかったのだと思う。

 そのときは、ジョイは、彼らのこの状況が、虐げられている、といった状況だと思っていた。けれども、ディフと接したことで、彼らは、虐げられていたかもしれないが、ディフのように大人に対して酷く怯えた表情が見られなかったことから、彼らは酷く虐げられてはいなかったのだ、と今は思う。

 生きることができるか、できないかのギリギリのところで虐げられていた子どもは、このような表情や態度を示すのだ、とディフと接してみて実感した。

 何か行動を起こすときは、保護者である『導師 アシア』の許可を必ず得ている。その内容が、とても些細なことであっても、だ。ジョイがディフの年齢くらいのときに、セドリックやエイダの許可を得ず、自己判断で起こしていた行動であっても、だ。『導師 アシア』が彼を買った『だんなさま』であったとしても、あれほど確認作業をする必要はないと、ジョイは感じているのだが、ディフは必ず大人たちの許可を得てから、行動に移す。しかも、その内容を必ず復唱して、だ。

 それ以上にジョイが気になったのは、ディフの側で、大人が少しでも手を挙げる動作を見せると、彼は一瞬、怯えた表情をし、頭をすくめる行為だ。アレは、日常的に叩かれてきた証、ではないかと推察している。

 そして、なんといってもジョイが驚いたのは、子どもの手とは思えない、がさつき、あかぎれ、固くなっているあの手だ。働き者の手、以上の、アレは酷使してきた手だ。

 このようにディフが酷く虐げられてきたのではないかといった証は、数え上げればキリがない。


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