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『導師 アシア』がディフと出逢ったそのときのディフの状態は、生死に関わる、切羽詰った状況だったに違いない。今の彼の、このるい痩状態を見れば、なんとなく想像はできる。
そのような、もともと大人から虐げられ育ってきた、縮こまっているディフが、知らない大人たちに囲まれたこの状況下で、如何な自分たちが彼を虐げていなくても、だからといって伸び伸びと振舞えるわけがない。反対に、何をされるかわからない、といった疑心を持っていても不思議ではない。一挙一動を慎重に振舞おうと、かなり神経を使っているだろう、とジョイはディフの心情をそう推し量っていた。
どこへ行っても気が休まらないのは、気の毒だと。この年齢の少年には可哀想だといった感情からジョイは、ディフが虐げられた子だとセドリックから聞かされてから、彼がこの家では少しでも楽しく心休まり過ごせるように、と、世話を焼いていた。
それにもともと、ジョイもセドリックと同様に、人の世話を焼くことが嫌いではない。
しかもディフは、とても素直だった。虐げられて育ってきたなら、もう少し荒んでいてもいいだろうに、そのような人としてイヤな部分をディフは持っていないようだった。
ディフは、セドリックの家に来訪して以降、この家の用事を自らすすんで、積極的に手伝ってくれている。
用事を頼めば、素直に承諾する。畑仕事や家畜の世話を頼んでも、ソレへの拒否の言葉を聞かない。ディフが知らない、わからない内容ならば、きちんとわかるまで、ジョイに訊ねてくる。世話のやり方に間違いがないか、ひとつひとつジョイに確認しながら、内容を必ず復唱しながら彼はこなしていた。
ただ、そのようなディフの素直すぎる部分が、実のところジョイは少し気がかりではあった。
頼めば断らない、は、断れないのではないか。拒否しない、ではなくて、拒否できない、のではないか、と。
素直、ではなく、従順にならざるを得ないのだとしたら。怯えだとしたら。
セドリックはもちろん、エイダもジョイも、誰もディフを虐げてはいない。彼が『導師 アシア』が買った子どもだった、としても、セドリック家の住人はディフのことを『導師 アシア』の従僕とは見ていない。ディフを『導師 アシア』の身の回りの世話をする、下僕とは、これっぽっちも思ってはいない。どちらかといえば彼は、『導師 アシア』の同伴者といった、客人扱いに近い立ち位置だ。
それは、『導師 アシア』がディフを、とても大切に扱っているからだ。『導師 アシア』のディフへの接し方は、彼を買った主、といったものでは決して、ない。『導師 アシア』は人身売買で、奴隷として彼を買い求めたのではない、ということがよくわかる、彼への接し方だ。彼を『導師 アシア』が保護した、と言った方が正しい、ディフへの関わり方だった。
そして、なんとはなく。
『導師 アシア』は、導師が人の子どもを保護しただけの、保護者としての立ち位置だけには、ジョイは見えなかった。
もっと身近な。
そう、たとえば、ジョイとセドリックのような親子、までとはいかなくても、親族に近いような、そんな位置に立っているように、ジョイは感じていた。それくらいの近さに、『導師 アシア』はディフに寄り添っているように、見えたし、見えている。
それは『導師 アシア』の、彼への憐れみがあってのものかもしれない。アシアもディフの今までの生活歴を、ジョイたちが知る以上のもっと詳しい実情を、当人から当然聞き取っているだろう。
それに『導師 アシア』が彼を売人から買ったときの彼の状況は、もっと悲惨だったのだろうと想像できる。ディフのるい痩状態は今よりも、もっと酷かったに違いない。
食べるものが無かったのか、大人たちの虐げによって食べることができなかったのか。
彼のこのるい痩状態から推測するに、満足に、どころか、ろくすっぽ食事にありついていなかったのではないだろうか。それが常態化していたのではないか、とジョイは思う。
だからディフが現在ジョイたちと食卓を囲む中で、ジョイが思っている以上にディフの食が細くても、ジョイから見ればかなり少ない食事の量で食事を終えても、それはディフのジョイたちへの遠慮が少しはあるにせよ、彼の胃袋はお腹がいっぱい、と本当に訴えているのだろう。
だからジョイたちがディフのその食の細さに、彼がジョイたちへの遠慮から手をつけられないのだろうと思い、もっと食べても大丈夫、と彼へ勧めるにもかかわらず、彼がそれ以上食しなくても、『導師 アシア』は、ディフへ何も言わず見守っているだけなのではないだろうか。『導師 アシア』とこの地まで供に旅してきた中でも、ディフは食が細かったに違いない。彼がセドリックの家で食するこの量が、いつもの量、なのだろう。
それでも、ディフの食事量の少なさは、気になるところだった。それはエイダも同様のようで、エイダはディフの一食分の食べる量の少なさから、食事と食事の間に「おやつ」といって、間食を与えていることを、ジョイは知っている。ジョイが知っているということは、『導師 アシア』もエイダとディフのやり取りを知っているだろう。
ただ、彼が保護されたたんなる『人の子』であれ、『導師 アシア』の身近な人物であれ、ジョイから見たディフは良い子だと思っているし、ディフの今の身分に関係なく、彼には親切にしたい、構いたい、といった気持ちがジョイにあった。
つまり、ジョイはディフのことをとても気に入っているのだ。こんな弟がいたら良いな、くらいに思っている。
「本当に、ポムの実、もう良いのか?ディフがあと1個食べたとしても、ジャムを作るのに足りなくなるってことは、全然ないぞ。」
それは、嘘ではない。
今回のこの森への遠征では、いつも以上に木の実や果実、植物やキノコ類などが収穫できている。普段なら、この場所から村への帰りの道中でも、食材を見つける作業をするのだが、今日はこれ以上の収穫を得ても運ぶことが難しくなるくらいの量だ。今日はこの場所でエイダが持たせてくれたサンドイッチを食べながら、ウルフが獲ってくるであろう獲物を待ち、それを得たらすぐに帰路につく算段になりそうだった。
さきほどのジョイがセドリックとのこれからのスケジュールの打ち合わせをしたときは、そのような内容だった。
今回がいつも以上の森の恵みが得られたのは、もしかしたら『導師 アシア』が同行してくれているからだろうか、といった考えがちらり、とジョイの脳裏に浮かぶ。
『導師様』は神様に近しい存在だ。
そう、教えられてジョイはもちろんのこと、ジョイの父親であるセドリックもこの村で成長している。この村人の祖先をこの豊かな地に、そして生活するに不自由しないところまで、導師様が導いてくれたのだ、と聞かされている。
感謝すべきお方だ、と。
ただ、村の誰に訊いても、何でも良く知っているはずの長老に訊ねても、導師を拝顔したことがある、という話は聞かなかった。誰も出逢ったことがない、だけれどもこの村に代々伝わっている物語の中で、この村の成り立ちにとても重要な神に近しい人物である『導師』は、ジョイの中では、ジョイだけでなくこの村人の中では、昔話の伝説の人物として認識されていた。『導師様』は実在していたのかもしれないが、人から人へ語られる間に、物語の内容は大げさに、人物像も本当はたんなる『人』だったのが、神格化された『導師』に変換されてしまったのではないかと、思わなくもなかった。
この村人が語り感謝している『導師様』像は本当は実在せず、伝説としての『神』なのだ、とジョイは認識していた。
その、誰もが出逢ったことのない、伝説上の人物だと思われていた『導師様』とジョイの父であるセドリックは出逢い、この村に、セドリックの家に招き入れられ、彼は来訪した。
アシアがセドリックの家に初めて訪れたときの『導師 アシア』とウルフとのやり取りや、日々の彼が何気なく起こす、数々の奇跡をジョイは見せ付けられ、『導師様』は本当に実在するのだと、否が応にも認めざるを得なかった。ジョイにはアシアが本物の『導師様』なのか、と疑う余地は、まったくなかった。
ただ、導師は神に近しい方だと聞かされてジョイは育ってきている。
神は厳しい者だと、ジョイは常から思っていた。作物が天候により育ちが悪く収穫量が自分たちが食べていくのにぎりぎりの量だったときや、疫病が流行ったとき、といった、生きていくうえで困ったときに『神様』に供物を捧げ願っても、聞き届けられることはほぼ、なかった。長老はそれら厳しさを、ありがたい試練だ、と言って括っていた。
だからジョイは、神は『人』に試練を与える厳しい者なのだ、と認識していた。
そして。
『導師』は『神に近しい者』だ。
『神に近しい者』だから、『導師様』も厳格な、気難しい方だと、ジョイは勝手に想像していた。しかも、彼はこの家に足を運んだ際、ウルフを彼の足元にひれ伏せさせている。
故に『導師 アシア』も、厳しいお方なのだ、と勝手に決め付けていたが、一緒に過ごすうちにアシアはジョイが想像していた導師像とはかけ離れていることに、気付いた。
柔らかい物腰。
優しげな、微笑。
穏やかな、声音。
ただの『人』である、ジョイやエイダ、セドリックに対しての言葉使いは丁寧で、その態度は決して横柄ではなかった。
なによりも、『人』の子どもでしかないディフを見守るその眼差しは、とてもとても優しいものだった。
そして特に『導師 アシア』がジョイの父であるセドリックに見せる表情は、人と大差ないものだった。




