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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第9章

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 時はさかのぼり。

 ディフがそれぞれの弁当箱を配り終えたあと、ディフはジョイから、

「ディフ。こっちこっち。」

 という誘いを受け、アシアとセドリックから少し離れた場所の倒木に腰掛けたジョイの、その隣に、自身の弁当箱を携え、座った。

「ここまでの道中で捥いできたポム、食べようぜ。」

 ジョイ自身が道中に見つけ収穫した、さまざまな食材を入れて運んできた麻袋の中から、ジョイは子どもの手の握り拳よりひと回り小さな赤い実を2個取り出す。そしてその内のひとつを自身の服でその果物の実についている汚れを擦り落として、ディフに手渡した。

「もう、季節の終わりだから、すっごく甘いと思うぞ。」

 ニパッと笑って残りのひとつの赤い実も乱暴に自身の服で汚れを擦り落とすと、かぷっと齧る。

 そのジョイの食べる様子を手に実を持ったまま眺めているディフに、凄く甘いゾ、とグッドポーズをして見せて、ディフが手にしているポムの実を口にするよう促した。

 ジョイに促されたとはいえ、アシアたちは収穫した食材を食べていないのに自分が食べても良いのだろうか、とディフは少し離れたところで座っているアシアとセドリックを見遣ったが、彼らはサンドイッチを口にしながら何かを話し込んでいるようで、こちらには意識が向いていないようだった。

「食べても大丈夫、かなぁ。」

 ぽつりと呟いたディフのその声を聞いたジョイは、

「へーき、へーき。美味しいから。コレを食べても、サンドイッチはお腹に入るって。」

 ディフの心配事を、違う意味で捉えたようで、むしゃむしゃと食べながらの、そのような答えが返ってきた。

 ディフが手にしているその赤い実からは、少し甘酸っぱい香りが匂い立つ。ディフは初めて手にした食材だった。

「エイダさんへ、持って帰らなくても大丈夫?ジョイ。」

 エイダはディフへ、茶葉の土産を頼んでいたが、森へ入るということから、もちろん茶葉だけを持ち帰ることを待っているわけではないことは、わかる。エイダは森の恵み、食材を持ち帰ってくることを待っているはずだ。

 セドリック家は現在、予定外でディフといった食い扶持がひとり増えてしまっているのだ。ディフがセドリックの家で世話になっている分、普段の彼らの食料を、より多く消費しているに違いない。この森への遠征で、彼女がディフに頼んだのは茶葉だが、ディフは頼まれた茶葉だけではなく、せめてディフ自身の食料分くらいは何か食材を持ち帰りたいと思っている。

 セドリックが最初自慢したように、毎食、エイダが提供してくれる料理は、とても美味しい。それはディフが今まで口にしたことがない、美味しさだ。

 そして、その美味しい料理を、エイダを筆頭にセドリックやジョイは、ディフにいつも多めに与えてくれる。

 アシアに買われてからここまでの旅の間、ディフは飢えたことはなかった。それはアシアが手に入れた食料を、ディフに優先的に与えてくれていたからだ。そのことは従僕であるディフが『だんなさま』であるアシアの食料を奪うことになるため、いったんは遠慮したが、オウカ国までの長い旅路に向けて体力を付けることが必要だ、とアシアから言われれば、食べ物を口にすることを遠慮することは憚られた。体力がないことで、道中で倒れてしまえば、アシアの迷惑にもなるし、またアシアから置いていかれることが容易く想像でき、そのことが現実になることがディフには怖かった。

 アシアから、捨てられたくなかった。

 けれどもせめて、として、ディフは従僕の立場であるのだから、アシアがひと口目を口にしない限り、アシアに先駆けて食事に口を付けることをしなかった。それはセドリックの家にいる、今もそうだ。その行動はディフがアシアの従僕だから、というのもあるが、養親宅でそうだったからだ。養親宅では養親、義兄より先に、食事に口を付けることは許されなかった。

 ただ、だからディフは、アシアのおかげでここまでの道中、養親宅で暮らしていたときのような、ひもじい思いをすることはなかった。それは、幸せなことだった。

 それが更に、セドリックの家に招かれてからは、お腹が満たされる感覚を知った。

 満腹感だけではない。食卓を誰かと囲むことがこんなにも楽しく、食事が一段と美味しくなることなのだということを、初めて知った。養親宅での、お腹が空いていても食事が喉を通らない、ということが嘘のようだった。

「大丈夫。ポムの実、結構見つけて捥いできているし。これくらいまで熟していると傷むのが早いから、帰ったらすぐに母さんに、ジャムにしてもらおう。」

 バケットにつけて食べると、美味いんだぞ、とジョイは2個目を口にしながら、ほくほく顔だ。そしてディフに、ディフがその手に持っているポムの果実を再度食べるよう、勧める。

 再度ジョイから勧められ、ディフはちらり、とアシアたちを見たが、やはり彼らは話し込んでおり、ディフたちに注意が向いていなかった。果実をひとつ食べることに、何やら大切な話をセドリックとしている様子が窺えるアシアのもとに許可を取りにいくことは褒められたことではなさそうに思え、ディフはジョイに勧められるがまま手にしている赤い果実に噛り付いた。

 とたん、口いっぱいに、その果実が貯えていた蜜の甘さと、少しの酸っぱさが広がる。噛むとしょりしょりとした食感が、気持ち良い。生まれて初めて口にした、食材だった。

「美味しい。」

 思わずそのような感想が口をついて出ていた。

「な。美味いだろ?」

 2個目をすでに食べきってしまっていたジョイが、ニパッと、嬉しそうに笑う。

「まだあるから、食べるか?」

 と、ジョイが麻袋の中に手を突っ込み、ポムの実を取り出そうとしたところを、ディフは慌ててそれを止めた。

 麻袋からポムの実を取り出そうとするその行為を止められ、ジョイは、遠慮しなくて良いんだぞ、と、ディフに言うが、この甘さのある果実の2個目を食べると本当にサンドイッチが食べられなくなりそうで、

「エイダさんのジャム、ボク、楽しみなんです。それにもう1個食べると、ボク、サンドイッチが入らないと思う。」

 ジョイの好意をありがたく思い、ディフはジョイの勧めをそう言って断る。

 そう答えながら、お腹がいっぱいで食べられない、なんて、なんて贅沢な言葉だろう、とディフはつくづく思う。ほんの数週間前までの自分が置かれていた状況から思うと、信じられない科白だ。

 アシアに買われる前は、本当に飢えていたんだ、と今ならわかる。あのときは、あの男のもとに連れて行かれる前の養親宅にいたときと、男のところへ連れて行かれてからと空腹状態はそんなに変わっていなかった。ディフは男のもとに連れて行かれたからといって、飢えたわけではなかった。何年も前から、ディフは、ディフだけではなく村人の誰もが飢えていた。

 ディフのその返答に、そうか?と、本当にディフは遠慮していないかと少し疑わしそうにジョイはディフを見る。

 セドリックの家に来てからジョイが見るディフは、とても遠慮がちだ。これまで食卓を囲んできていたときの様子は、ジョイが思っている以上にディフの食べる量は少なかった。

 ジョイやエイダ、セドリックは、最初はディフが遠慮しているのだと思っていた。

 ジョイはセドリックから、ディフは虐げられていた子どもだと聞かされていたので、知らない大人たちに囲まれたこの環境は身が竦んでいるのではないかと、気がかりに思っていた。

 とはいえジョイは、ディフは遠慮がちで、大人たちの顔色を窺いながらセドリックの家で過ごしているからといっても、導師であるアシアが、彼が買ったというディフを虐げているとは微塵も考えていない。『導師 アシア』がディフを買ったのは、哀れみがあってのことだろう、と考えている。

 ジョイは人身売買が、声を大にして言えるような、褒められる行為ではないことは重々承知だ。陽の射す明るい場所でできる商売ではなく、闇で行われる商売であることは知っている。人身売買に関わったことが役人にバレれば罪に問われ、場合によっては牢獄に入れられてしまうことも、理解している。それは、誰からか敢えて教えられたわけではない。今まで過ごしてきた中の、大人たちの会話から学んできたことだ。

 この片田舎に住むジョイでさえ知っていたことだ。『導師 アシア』が、人身売買が罪に問われることだ、ということを知らなかったわけではないだろう。その、見つかれば罪に問われ、罰を受けるような行動を、導師であるアシアが敢えて行い、ディフを売人から買った。

 それは、買わざるを得ない状況だった、ということはジョイにでも優に想像できる。


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