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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

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 ディフのディフから聞く彼の今までの生活から、彼は彼の生を諾々と受け入れてきたのだということを、アシアは知っている。彼の生活状況から鑑みると、明日への希望などなかったはずだ。明日に何かを思い描くことはなかったに違いない。大人に守られるべき幼き年代に誰からも守られることがなく、現在をどうにか生きることで精一杯で、生きる、ということすらアシアが彼を買ったときは、彼は手放しかけていた。

 そのディフが初めて、持った希望。

 将来、なりたい自分を描いた。

 その内容が、たとえディフを買った『だんなさま』への奉仕だとしても、彼自らが希望した、明日への思いを馳せたモノだった。

 それを、真実だとはいえ、ディフの身を案じたものだったとはいえ、セドリックが容赦なく、手折ったのだ。

 それが、アシアには、腹立たしいのだ。

 セドリックの行為は間違いではない。だからこそ彼を責めることができない分、苛立ったのだ。

 しかし、本来なら、アシアがディフの持ったその希望を訂正する役目だった。彼を買ってからのここまでの道すがらで、世の中の成り立ちを、それら真実をきちんと伝え、教育を施さなければいけなかった。今回の件はアシアが手を抜いたつもりはなくとも、手を抜いた分、セドリックがその役目を担ってくれただけだ。

 ゆえにセドリックがディフの、もしかしたら彼の人生初めてその小さな心に抱いた小さな未来を、それを叶えるための望みを手折ったのだとしても、その責任の一端はアシアにもある。セドリックにディフの身を案じてくれたこと、予測される危険から守ってくれたことに感謝こそすれ、アシアの怒りを彼にぶつけるのはおかど違いだ。

 分かっている。

 理性では理解しているが、ディフが初めてその小さな心に抱いた将来の希望を手折ったことは、やはりアシアは腹立たしかった。

「あと、だな。」

 アシアのその苛立たしさをその身にひしひしと感じているはずのセドリックが、アシアへの恐れを抱きながら彼は言葉を続ける。

「あと?まだ何か?」

 そのセドリックへ、苛立たしさを導師の気で以って中てないように、とアシアは思うが、どうしてもアシアの発する言葉と視線が少し鋭さを帯びてしまう。

 セドリックは、これ以上、ディフの、何を手折ったのか。まだ、あのような小さな子どもの、ささやかな希望の、何を否定したと、アシアへ報告すると言うのか。

「ディフは、勉強をすれば飛べなくてもアシアの飛ぶ手伝いができるか、と訊いてきたから、できる、と答えておいた。だから、だろうな。図書室へ行きたがるのは。」

 セドリックがそう言いながら向けた視線の先には、倒木に腰掛け、ジョイと何やら楽しそうに話しているディフの姿だ。

「アシアのようになれなくても、アシアの役に立ちたい、と言っていたからな。勉強すれば叶う、と言っておいた。」

 てっきり、ディフが希望する明日への否定をしたというような報告だとばかり思っていたアシアは、少し目を見開き、驚いた表情でセドリックを見遣った。ディフへと視線を送っているセドリックは、とても柔らかな優しい水色の瞳でディフを見ている。

 厳しさと、優しさだ。

 ディフの、アシアと同じように空を飛んでアシアの役に立ちたいといったソレは、彼が物心ついてから初めて抱いたのであろう、決して叶うことがない希望だった。それをどう頑張っても叶うことはないと、叶わない現実だとして彼に突きつけ手折った厳しさは、セドリックの優しさだ。それに、ただ手折っただけではなく、きちんとホントウと向き合い、そして彼の希望が叶う実現できるであろう提案と、彼を肯定してくれている。しかもその内容は彼の願いが叶うためだけでなく、彼がこれから生きていくうえで必要な術、だ。

 ディフの「アシアのように飛びたい」といった希望を、願いを受け止めることは、その彼の希望する内容は、ディフ自身に危険が及ぶ可能性があった。大きくなったら何になりたいか、などといった単純な希望ではなかった。彼の思いを受け止め、「叶うと良いな」と返す内容ではなかった。

「ありがとう、ございます。セドリック。」

 再び、感謝の言葉がアシアの口をついて出た。

 先ほどまで残っていた苛立たしさは、今度はどこにも燻ってはいない。心の底からの、感謝の言葉だった。

 アシアのその言葉に、セドリックはディフへと向けていた視線をアシアへと戻すと、

「どういたしまして。」

 いつもの人懐こい笑顔を見せた。

「ありがとう、ございます。」

 そのセドリックへ重ねてアシアは礼の言葉を述べる。

 彼はアシアと約束したとおり、アシアときちんと向き合い、アシアが望むフラットな関係、友人として接してくれる。接しようと、努力している。

 アシアの先ほどの苛立ちは、導師としての気として漏れていたに違いない。アシアへの恐怖心はあっただろう。セドリックは一度ならず、二度もアシアから導師としての威圧を受けている。二度目のときはアシアへの恐怖で、彼は身動きが取れなかった。恐怖でその場から逃げ出すこともできない状態だった。あのときの記憶はセドリックの中で、まだ鮮明に残っているはずだ。

 その恐怖心を持ちながら、彼はアシアへ、『導師 アシア』に対してではなく『友人 アシア』に対して、諫言をしてくれた。その内容も、ディフの身を案じてのことだった。身を案じてだけではない。きちんとディフの希望を受け止め、それが叶う彼に見合った提案もしてくれていた。

 感謝の言葉しかない。

 そのセドリックに腹立たしく思ってしまい、少なからずも導師としての威圧を、気を中ててしまった自分は、なんて愚かで稚拙なのだろうか、と恥じ入る気持ちがわく。

「まぁ、気にするな。」

 アシアの心の声が漏れたかのように、セドリックがそのように言う。

「それだけアシアは、ディフが大事なんだろ。」

 その言葉は、以前エイダからも言われた言葉だ。あのときは、半分肯定し、半分否定した。『導師 アシア』が『人』の法を犯してまで拾った人の子どもだから、導師としての責務で大事に思っているに決まっている、とエイダに返した。それだけだと思っていたし、今もそう思っている。

 ゆえにアシアは軽く頭を振る。

「導師の僕が人である彼を買いました。そのうえ名をつけました。だからです。彼を大事に思っているのは。」

 エイダに返したように、セドリックにもアシアはそう返した。導師の責務として大事に思っているんだ、と。

 アシアのその言葉に、そうなのか?と返事をするセドリックの表情は、少し意外だといったようなものだった。

 エイダもそうだった。なぜ、彼らはそれ以外の理由がアシアにある、と考えているのだろうか。

「まぁ、アシアがそういうのなら、そうなんだろうが。でも、ディフはアシアが言うように、アシアのことを『だんなさま』だからといった理由だけで、これだけ慕っていないと思うぞ。」

 この前も言ったがな、とセドリックは言う。そして、だが、と、

「アシアは何を拒絶しているんだ?なぜ、受け止めたくないんだ?」

 そう言葉を続け、真っ直ぐにアシアの琥珀色の瞳を捉えて訊ねた。

 水色の瞳を真っ直ぐに向けられ問われたアシアは、セドリックの言っている意味がわからなかった。彼から何を問われているのか、理解できなかった。

 拒絶、とは、何を?

 受け止めたくない、はどのことを指している?

 今までの会話の流れから、彼の問いの言葉の意の中に、ディフが含まれているだろうとは推測できる。

 しかし、何を訊ねられているのか、セドリックの問いの真意が、アシアにはわからない。

 どういうことか、とアシアが口を開きかけたそのとき、ウルフの軽く吼える声と、ジョイのセドリックを呼ぶ声が重なり、彼らから少し離れているアシアたちの耳に届いた。

「ウルフが獲物を仕留めて、戻ってきた。」

 ジョイのその声は、待ってました、とばかりの、少し弾んだものだ。

 その声に、よしっ、とセドリックが小さく答えて、麻袋を片手に立ち上がったことで、アシアはセドリックたちがアシアへ問う、その真意を訊ねる機会を逸した。


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