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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

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 けれども、アシアが今まで『人』によって傷ついたことがたくさんあったから、といって、セドリックを試して良いとは限らない。

 今、思えば、思い上がりもいいところだ。この友人関係は当初は『導師 アシア』が『人 セドリック』に、友人になって欲しい、と頼み込んだようなものなのに。それなのに、『導師 アシア』の友人に『人 セドリック』が値するかどうかを試すようなことをすること自体、不遜だ。

 それは、セドリックを傷つける行為だった。

 アシアの卑しい部分が浮上した、結果だ。彼を気に入り、友人関係を自ら願ったセドリックに対しても、彼を疑う自分がいるのだと自覚してしまった出来事だ。

 しかし。

 でも、と、

「セドリックも僕を『導師様』として扱ったじゃないですか。」

 なぜ気に入らなかったのかを、セドリックの中の『人』の卑しさを探っていたことは内緒にして、アシアは少しむっとした口調でセドリックにそう伝えた。

 なんとはなく、アシアの根底にあったその気持ちは、アシアの恥部のようで、口にできなかった。セドリックに知られては駄目なような気がした。アシアがそのような気持ちや考えを根底に抱えていることを知られてしまえば、セドリックから呆れられる、もしくは最悪嫌われるかも知れない、といった恐怖があった。また、自分が思っている自分自身の人物像から、とてもかけ離れている感情のようで、誰にも知られたくなかった。

 アシアの、森の中の朝陽を浴びた朝露を集め、その水球を飲む様を見て、アシアとの距離を友人同士から『人』と『導師』としたことは、セドリックも認めている事実だ。ゆえに、その部分だけにアシアの気に障ったのだと主張すれば良い。それは、決して嘘ではない。

「それは、アシアが導師様の力を見せるから、仕方がないことだろ。」

 セドリックは短髪の金色の髪を乱暴に掻きながら、

「俺は人なんだ。しかも、この村で生まれ育ってきた。機会あるごとに導師様への感謝の話を聞かされ、育ってきたし、今では俺がこの村の子どもたちに、長老とともに導師様への感謝の物語を聞かせている。導師様への尊敬や崇めてしまうのは、身に染み付いているモノなんだ。」

 そう反論する。

 それに、と、

「アシアだって、俺に神気を中てただろ?」

 セドリックのその言に、アシアが何のことかと首を少し傾げた。そのアシアの様子から、やはり、あの朝露の水球をアシアが飲み込んだあとの彼が放った神気は、彼の意識しないものだったようだ。

「水球を飲み込んだあと、ほんの数秒だがお前、神気を放っていたぞ。ほんの数秒とはいえ、それを俺は中てられたんだ。『導師様』と『人』の距離になったのは、仕方がないだろ。」

 アシアにも非があると、セドリックは言う。

 そのようにアシアはセドリックから指摘されたが、アシア自身、神気を放った自覚はない。セドリックの言うとおりなら、あの水球を飲み込んだあと、知らず神気を放ってしまっている、ということか。

 神気を放つ、というより、アシアの本来の姿が漏れてしまった、といったところか。

 セドリックからのその指摘に、

「あぁ、それで。」

 と、独り言のようにぽつり、とアシアが言葉を落とす。

 合点がいった。

 随分昔に、当時アシアと親しくしていた『人』が、アシアが水球を飲み込む様を目撃したとたん、目の色を変えてアシアへその水球が欲しいと懇願したのは、アシアが自覚がないまま神気を放ってしまっていたからだ。『人』はアシアの神気に中てられたのだろう。

 そのアシアの、神気を放つ様子は、『人』から見れば、奇跡、だっただろう。もしかしたらアシアが神に見えたのかもしれない。

 その当時は、いや、今でもアシアは『人』の前では、導師としての力を見せることはしなかったし、しない。見せるときは、やむを得ない事情があるときだけだ。彼の国からこの国へと国境を越えるときの、出入国管理所でのことがそうだ。あのときは導師としての力を見せなければ、穏便にコトが進まないと判断した。ディフの身の安全を確保したかった。

 セドリックたちの前で、自然と使ってしまっている現在は、『人』と交わるときの『導師 アシア』の普段の生活状況ではない。このように、周囲を気にせず自然体で導師の力を使って生活するのは、ノアと生活を供にしている場、だけだ。

 今、アシアが、ノアと過ごしているときのように、普段使いのように導師の力を使っているのは、つまりそれは、アシアがセドリックやエイダたちに対してかなりの安心感がある証拠だった。

「やはり、アレは自覚なし、だったか。」

 セドリックはそのアシアの姿から、小さなため息とともに、呆れた感の言葉をつく。そして、

「あまりアレを、『人』にほいほい見せるなよ。アレを見せられると、何かを勘違いする『人』はいるだろうからな。」

 注意を促す言葉を続けた。

 セドリックからのその言葉に、

「そう、ですね。」

 と、あまり歯切れの良くないアシアのその返答に、セドリックは再びため息を落とした。

 アシアのその様子から、すでに彼の人生において、『人』との間に、何らかの瑣事さじがあったのだ、と推測できたからだ。

 そういえば先ほど、セドリックからの『人』が水球を飲んだことがあったか、の問いに、アシアは、あった、と即答した。アシアが今回のようにあの儀式のような光景を、アシア自らがその『人』に見せたのか、それとも見られたのか。どちらかはセドリックはわからないが、アシアのあの、神自らが儀式を執り行っているかのような厳粛な空気と、その導師の力の源である陽の光を受けてきらきらと銀色に輝く水球を口に含んだ後の、アシアが知らず放った神気に、その『人』は当然、中てられただろう。中てられ、その『人』とアシアの関係が、現在のセドリックとアシアの関係のようなら、アシアのその様を見て神と崇めたのならまだ良いのだが、アシアの今の様子から、たぶんその『人』はアシアの嫌う人の卑しさを隠すことなく前面に押し出したに違いない。

 導師の力は、導師からすれば普段使いで特別感などありはしないのだろうが、導師のそのような力を何一つ持たない『人』からすれば、その力は奇跡に映る。『人』の誰もが持たないその力を欲してしまう。それは、生活が便利になるから、だけではない。そんな純粋な思いではなく、たぶんに権力と関連する。『人』の誰もが持ち得ない力を手に入れることができれば、他人を自分の足元にひれ伏せさせることができる権力を、手に入れることができる。そのような考えに『人』は辿り着く。

 ただその思考をセドリックは理解はできるが、セドリックの価値観にはそぐわない感覚だ。

 それと。

「ウチに着いた夕方に窓から飛んで森へ出かけたときも、その飛ぶ姿をディフに何の説明もなく見せただろ?」

 咎めるような物言いになってしまっているが、いちどきちんと話しておかなければならない、とセドリックは思っていたので、この話の流れで先日のディフとの一件を口に上らせた。

「そう、でしたか?」

 と、これも少し首を傾げながらの返事だったので、アシアにしてみれば無意識に近い行動だったようだ。

 しかし。

「ディフはアシアが知っているとおり、アシアと旅に出るようになって、初めて村の外の世界に触れた『人の子ども』なんだ。ディフは物事を何も知らないから、アシアがして見せていることが普通だと、常識だと受け取ってしまう。」

 言葉を区切って見遣った先のアシアは、ディフに関する話だからか、普段よりも真剣な表情でセドリックを見ている。

「あのときのディフは、アシアと一緒になって窓から飛び出したかもしれなかったぞ。ディフは、アシアの留守番の言いつけを守る聞き分けの良い子どもだから飛び出さなかっただけで、もう少し幼子だったらもしかしたら、アシアの後を追って一緒に窓から飛んでいたかもしれん。」

 次に言葉を区切って見遣った先のアシアのその表情は、少し強張っていた。アシアはやはりそこまで考えが及んでなかったようだ。

「ディフから自分も飛べるようになるか、と訊かれたから、人は飛べない、と答えておいた。アシアは『導師様』で『人』とは違う、と伝えた。ディフはその意味があまりわかっていないと思うが、それでもアシアと自分は違うのだと、どんなに努力をしてもアシアのようになることはできない、とは理解したようだ。」

「そのようなことを、ディフに言ったのですか?」

 セドリックの言葉のどこかにアシアの何かかが引っかかったようで、アシアの強張った表情はその眉が上がり、少しキツイものへと変化した。それと同時に空気がひりつく。


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