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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

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 アシアがセドリックの家に招かれたとき、彼は宿代だと言ってセドリックたちに金銭を渡そうとしたが、セドリックたちはそれを丁重に断った。当然、『導師様』から金品をもらう訳にはいかないからだ。感謝し敬うべき対象から、そのようなものを受け取ることは、この村で生まれ育ち生活する者として、ましてや村長としての矜持にも関わる。

 そのことがあったからか、その翌日の朝早くからアシアは森へ出かけ、森の恵みだと言ってディフの分も含まれているだろうとはいえ、セドリックの家族だけでは十分すぎるほどの食材を提供してくれた。しかもその一回限りではなく、その後も毎朝、欠かさずに。彼が大事に接しているディフを、ひとりセドリックの家に置いて、森へ出かけている。

 まだ何もかもにおいて不安でいっぱいのディフを置いて出かけるそれは、セドリックやエイダ、ジョイを信用している証ではあるのだろうけれども。

 セドリックのその言に、アシアは、そうですね、と、

「その意味合いもあります。この土地も飢饉とまでは至らなかったにしろ、恵みの収穫が例年よりも少なかったでしょうし、食べる物がいつもより豊かではない中で、セドリックたちはディフを招き入れてくれましたから。そのお礼もあります。」

 肯定する。

 けれども、ただ、と、

「本当に僕はこの村、この森が気に入っているのです。この森の朝一番の光を浴び、その力を貯えた朝露は、『導師 アシア』の力の源になりますから。」

 ふわりと笑んで、そう言葉を続けた。

 この森は、ノアとアシアが居を構えているオウカ国の森と、その森が持つ気がとても似ている。それは、ライカ国のジェネスが居を構えている森ともとても類似している。アシアたちが森から得られる、いわば導師の力の源のようなものを、この森も内包している。

 アシアはセドリックの家からこの森を初めて見たときに、そう感じていた。それは茶葉を摘むことができるその事実から確信し、ディフに留守を頼んで早朝に『導師 アシア』の気を、力を得るためにこの森に出かけており、それからは日参している。

 このような森は、どこにでもある森ではない。創造主の祝福を受けている森、だ。だから、そこから推察するに、この村の先人たちを誘った者は『人』ではなく、やはり『導師』だったとアシアは確信した。

 アシアのその言葉の意味がわからず、どう言うことかと首を傾げるセドリックへ、アシアは再び自身の周囲をくるりと見回すと、

「まだ、もう少し空気が冷えていますから、大丈夫だとは思いますが。」

 と言って、両掌を上に向け、空気中の何かを掬うようにアシアはその上に向けた両掌を自身の胸の高さに差し出した。

 百聞は一見にしかず、ですしね、と言いながら自身が差し出したその掌を見つめるアシアに倣い、セドリックもアシアの差し出しているその掌を見つめる。

 と、自分たちを取り巻いている空気の流れが少しずつ変わり、アシアのその差し出している掌にゆうるりと渦巻くように、まだ少し冷えている森の空気が集まっていくようにセドリックは感じ取った。何が起こっているのか、とセドリックが考える暇もなく、アシアの両掌の上にゆうるりと渦巻き集まった空気は、アシアの掌の10cmくらい上で霧状となり、それは最終的には親指大の球状の水球を形作り、木漏れ日を受けてきらきらと輝きながらくるくると回転していた。

 目を大きく見開き、その光景を凝視するセドリックに、アシアは再びふわりと笑むと、その水球を押し頂くようにして口に含む。

 それは、何かの神聖な儀式かのように、セドリックは見えた。

 木漏れ日を受け、きらきらと輝く銀色の水球を、同じく木漏れ日を受け、きらきらと輝く白金色の髪を持つ顔立ちの整った青年が、とても綺麗な所作で飲み込むその様は、まるで何かの儀式のような一連の流れのように、セドリックにはそう見える。

 ただ人の自分がその様を正視して良いのだろうか、と思ってしまうくらいに、とても厳かな空気にこの場が一瞬で包まれた。

 アシアは口に含んだ水球をこくり、と飲み込むと、セドリックを見遣る。そして、一拍の間を置いたあと、

「セドリックも飲んでみますか?」

 と、ふわりと笑んだまま訊ねた。その表情はいつもの柔らかな微笑だけでなく、アシアが初めて出逢う村人たちに中てる、神気を伴ったものだった。彼のその気に中てられたセドリックは、彼の一挙一動に目が離せなくなってしまっていた。

 おそらくアシアは、自身が神気を纏っていることに気が付いていないのだろう。なぜならセドリックに対してそのような気を中てる意味はないからだ。これは、彼が意識しないまま、彼の導師としての神気を纏っている状態のようだ。それは彼が先ほど『導師 アシア』の力の源になると言った、朝陽の光を浴びた朝露を口に含んだことによるものなのだろう。

 その、導師としての神気を纏ったアシアからの申し出を、水色の瞳を目いっぱい見開き、彼を凝視したままのセドリックの口からついて出た言葉は、

「美味い、のか?」

 だった。

 セドリックはこの厳かな一連の儀式の中に、たんなる『人』である自分が入るのは、許されないことだと思った。たんなる人でしかない自分が儀式のようなこの中に入ることは、何か大事なものを汚す行為で、とんでもないことなのではないかといった思いを持つ。

 導師は神ではない、とアシアは言った。しかし、彼のこの纏う雰囲気、この彼の所作、醸し出す気から、やはり導師は神に近しい存在だと、セドリックは改めて感じている。彼が導師としての力を発揮し、彼の支配下に置かれたこのような場は、決して安易に人が踏み込める空間ではない。凛とした、澄みきった空気がセドリックに纏わりつく。この厳粛な空気は澄みすぎていて、セドリックは、ひりついて痛みを伴う感覚を覚える。

 ゆえに、アシアからのそのような申し出は、たんなる『人』でしかないセドリックとしては、できれば辞退申し上げたかった。

 しかしかといって、『導師 アシア』がソレを『人 セドリック』にわざわざ勧めてくれているのだ。無下に辞退することも憚られる。それも畏れ多い行為だ。しかも、アシアは友人としての立場で、『友人 セドリック』に勧めているのならば、断ることはなおさら憚られた。

 辞退したい、しかし辞退することも憚られる、といった思いがセドリックの中で渦巻き、交差し、その結果口をついた言葉が、『美味い、のか?』だった。

 セドリックのその質問に、アシアは可笑しそうに軽く声を立てて笑うと、

「僕には甘露です。とても甘く感じています。だから、セドリックにとっても美味しく感じると良いな、とは思うのですが。」

 そう言って、だからどうですか?と、もう一度セドリックに口にすることを勧めた。

 そう勧めながらも、アシアはセドリックの返事を待たずに、再び自身の両掌を先ほどと同じように何かを掬うような形をすでに取り、その掌の上には先ほど同じように森の中の気が集まり出し霧状になっている。

「陽が高くなってきていますから、先ほどのような朝露を、もう集めることはできないかもしれませんが。」

 そう話している間にアシアの掌の霧状の森の空気は、アシアの掌の上で凝縮され、先ほどのような、きらきらと木漏れ日の光を受けたくるくると回転する水球を形作っていた。

「やはり、少し小さくなってしまいましたね。」

 アシアが少しがっかりした声音でそう言うように、アシアの掌の上で回転している水球の大きさは、先ほどの親指大よりはひと回り小さなものだった。

「ほんの少しになってしまいましたが、よければどうぞ。」

 と、アシアはセドリックに、アシアの両掌の上で木漏れ日を受けきらきらと輝き回転している水球を自身の掌とともに差し出す。

 ソレを差し出され、セドリックは改めてアシアを見る。見遣った先のアシアは、当然、セドリックはアシアの勧めを断ることはないだろうといったような、琥珀色の瞳でセドリックを見返している。

 その、セドリックを見返しているアシアには、先ほどのような神気はもうない。今までのアシア、だった。

 導師の力の源になる、といったこの水球をアシアが飲んだあと、彼が知らず神気を放ったのは、ほんの数秒だけといったところか。

「今まで、『人』がその、導師様の力の源になるという水球を飲んだことはあったのか?」

 導師が意図せず神気を放つその現象はこの、導師が森の中で、朝一番の陽の光を浴びた朝露を集めた水球を、導師自身が口にすることで起こる現象なのか。人がそれを口にしても、変調をきたさないのだろうか。セドリックの中で少しの不安がよぎり、セドリックはアシアにそう問いかけた。

「ありますよ。」

 アシアからは、即答だった。


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