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「生真面目なんだよ、アシアは。まぁ、ソレが『導師様』としての在りようだ、と言われればそれまでなんだが。」
アシアは、自身の導師としての役目を真正面から受け止め、導師としての名に恥じないよう取り組んでいることは、出逢って日の浅いセドリックでもわかるくらいだ。それが『導師』の本能のようなものなのかもしれないが、ただこの彼の有りようが導師としての特性だ、だけとは言い切れないようにセドリックは感じる。たぶんにアシア自身の特性のように思える。出自のせいなのか、生まれ持ってのものなのか、ノアの教育の賜物なのか。それら相互作用なのか。
どちらにしても、真正面から受け止めすぎて、彼は傷つき心折れる場面が多かったのだろう。実際に心が折れてしまい、彼は第三者との関わりが消極的だ。彼の年齢に似合わないくらいの、他人との関わり方の経験値の低さだ。
「アシアがディフに言うように、アシアも、もう少し自分の思うように動いて良いんだ、と俺は思うがな。」
アシアはディフのように萎縮してしまっているわけではない。ただ、導師としての役目を、真正面にその役目を成そうと取り組みすぎのように、セドリックには見える。先ほどセドリックが口にしたとおり、もう少し肩の力を抜いて導師の役目を成せば良いのに、と思う。その方が、『アシア』の生き方も上手くいくのではないだろうか。
ただ、創造主から導師への命の重さは、所詮『箱庭に住まう者』でしかないセドリックには量れない。『導師 アシア』へ友人として進言するこの内容は、軽すぎるのかもしれない。否。軽すぎるだろう。重責を担っている彼からしてみれば、何を言っている、といったものだろう。
が、『人』だからこその浅慮さで以って、セドリックの思うまま、感じるまま、彼を心配するその気持ちのままで、口にする。言葉にしなければ伝わらないのは、導師も人も同じだ。言葉にしてみても、その意図する内容がすべて伝わることはあり得ない。伝わるのはほんの僅かだ。思いや考えを口にしたところでそんなものだ。故に、言葉にせず相手の心の内を完璧に推し量ることは、不可能だ。
友人といった関係性であるのなら、なおさらセドリックの、アシアを心配する気持ちを言葉にする。思っていること感じていることを、口にした方が良い。
「アシアは、どこか、何かを躊躇っているだろう?今の話の内容で、俺はそう思ったんだがな。その躊躇う理由が、俺たちから厭われるかもしれない、といったものだったら、俺から言えるのは、それは、『杞憂だ』だな。」
先ほどのように、目を伏せることなくセドリックの瞳を捉えているアシアへ、
「人の浅慮さで以ってもうひとつ言うのなら、間違っているも間違っていないもわからないのなら、アシアがしたいようにやってみたらどうだ、だ。」
その結果の後始末は、そのときに俺と一緒に考えりゃ良いだろ、と、人懐こい笑顔を向ける。
「一緒に、考えてくれる、のですか?」
セドリックの言葉につい、そう反応したアシアに、セドリックは何を言っているんだ、と、
「友人なら、当然だろ。巻き込まれてやる。」
と、笑顔を崩さずアシアの肩を軽く叩いた。
アシアが思っている、セドリックを筆頭としたこの村の人々に、この国の王都からかなり離れた国境沿いの辺鄙な片田舎の僅かな人数しか居住していないこの村で、決してこの箱庭の行く末に何の影響も与えることがないこの小さな村で、アシアの導師としての導きを説いても良いのだ、とセドリックがその背中を押す。それは、『導師としての役目』ではなく、単なる『アシア』の気持ちを優先した行いの意味合いが大きいのに。創造主の命に、必ずしも添ったものではない可能性があるのに。
背を押す当のセドリックは、アシアが何がしたいのか、何に心配し躊躇っているのかを、アシアは言葉にしていないので理解していないはずだ。知らないくせに、アシアと供にその結果の後処理を一緒に考える、と言う。友人といった言葉で。
アシアが行おうとしている事の結果が現れるのは、百年単位の先の話だ。巻き込まれてやる、と言っているセドリックはそのときにはすでにこの地にはいない。よしんば居たとしても、それはセドリックの魂の核を持った、セドリックではない『人』だ。そう思うと、アシアは辛く哀しく、心に鋭い痛みを覚える。
一緒に考えてくれることなど、無理なのに。
アシアがこの村で、この村の導師として過ごしたいと思うのは、願うのはセドリックがこの地で現在、生活していることが大きい。そのセドリックがその生を終えて、この地から旅立ったとしても、アシアはこの地にとどまりセドリックの居ないこの村で、村の導師として役目を果たし続けることをするのだろうか。セドリックがその生を終えれば、アシアはその役目を中途半端に放り出し再びオウカ国へ戻る、という選択をすることはないのだろうか。
アシアはいったん瞼を閉じて、自身の心に問いかけてみた。が、返ってきた声は、それは、わからない、だった。アシアがこれから、この地で自身の行うことへの責を最後まで負う、と確約できるほどの自信は、ない。そもそも、アシアはこのような関係を他人と構築してきたことがなかったのだ。アシアの過去の出来事をなぞってみても、そこから得られるモノなど、何もなかった。
それでも。
「では、約束ですよ。」
アシアは瞼を開け、そう言って片手を差し出す。アシアから手を差し出されたセドリックは、これっぽっちも躊躇することなくアシアが差し出したその手を受け取った。そしてそのままその手を引っ張りセドリック自身の傍にアシアの身体を引き寄せるとその肩を抱き、
「任せとけ。」
と、ニッと笑った。
これは、先日の厨房での場面と同じだ。『導師』と『人』がその魂の形の違いを超え、友人といった枠で関係を結ぶことをアシアが求めたことにセドリックが同意した、あの場面と同じだった。
そう気付いたアシアの心には、ここに居を構えたい、と芽生えたその気持ちがとても強くなった。
やはり、アシアはセドリックを中心として、この村が気に入っている。ここに住まう人だけではなく、この地がアシアにとってとても心地が良い。この森も当然、お気に入りだ。でなければ、毎朝、ディフを置いてこの森に出かけたりなどしない。だから、この地がこのままなら、アシアが気に入っているこの地のままなら、セドリックがこの地から旅立ち、いなくなっても、アシアはこの地にとどまり導師としての教えを説いているだろう。
ただ、アシアがこの地を生活の拠点とすることは、思い立ってすぐに実現は無理だ。この地にアシアが腰をすえるとするならば、アシアの師でもあるノアに相談し、許可を得る必要がある。そのためにはいったんはオウカ国へ戻らなければならない。ノアからいずれは許可を得ることはできるだろうが、相談してすぐに、彼女から快諾が得られる自信がアシアにはない。それは今までの自分の導師としての仕事内容を振り返れば、なおのこと自信は、ない。アシアは導師としての役目に手を抜いてはいないが、ノアほど積極的に『箱庭に住まう者』と関わってはきていなかった。その結果が、彼女の判断にどう影響するのかが、不明だ。自分の今までの行いが返ってくるのだといえば、それまでのことだが。それに今はアシアも、ノアの手伝いとはいえオウカ国の王族関係への導師としての仕事の一端を担っている。それを中途半端な状態で放り出すことも、とてもじゃないができない。
また、アシアがこの地に住まうつもりの準備のためにオウカ国へ戻るとなっても、オウカ国への移動は、ディフを伴って、となる。アシアひとりだけなら風の力を使い、急ぎ天翔ければ2週間もあればオウカ国へ戻れるが、ディフを伴っての地の移動となればかかる時間は急いでも月単位だ。ガイにも無理をさせることはできない。
超えなければならないハードルは幾つもある。どう考えても、すぐにこの村に住まうことは無理だ。
けれどもセドリックは『人』だ。彼には生の期限がある。時間は惜しい。
「明日、長老との面会を終えたらすぐに、僕はオウカ国へ出発します。」
アシアのその突然の宣言に、セドリックが少し目を見開く。
「急ぐのか?もう少しとどまってくれても俺やエイダは構わないんだが。」
アシアのその宣言にセドリックは反射的に引き止めようとしたが、
「いや。話の流れから、これは引き止めては、駄目だな。」
苦笑を浮かべ、すぐに、自身のその言葉を撤回した。
「わかった。ではそのように段取りをしよう。エイダにも伝えないとな。」
そう話すセドリックの表情が、アシアには少し淋しげに見えるのは、アシアがセドリックにそう思って欲しいといった期待、の気持ちの現われか。
「けれども近いうちに、僕はこの村に戻ってきます。」
そのセドリックに、そのように言葉をかけたアシアへ、
「また、この村を訪ねてくれるのか?」
と、セドリックが心なしか少し嬉しそうに訊ねる。




