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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

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 この村の代々の長老から言い伝えられてきている、この村人の先祖をこの地に導いた導師についての詳しい内容について、アシアはセドリックからはまだ聞いていない。しかし、今までの彼らからの言動から導師は慈悲深き者のようなイメージで捉えられている、とアシアは感じていた。

 導師は『人』を導く存在だ。『箱庭に住まう者』を導くために、この箱庭の創造主により遣わされた者だ。先日の晩餐時にセドリックが「導師とは人を導く者だと思う」といった、ソレである。そのセドリックの考えは、間違っていないとアシアは思う。だからあの場面でアシアは否定をしなかった。肯定の意で微笑んだ。

 導師とはセドリックの発言するそのとおりだ、と。

 しかし、その中に含まれている真意が、たぶんセドリックを筆頭とした『人』と『導師』本人のアシアとの間にズレが生じているのではないかと、アシアは薄々とは気付いていた。

 導師は『人』を導くものであって、慈悲深き者ではない。

『人』たちを幸せにするために遣わされているのでは、ないのだ。人を等しく、幸せに生きることができるよう導くことが、導師の役割の本来の意味では、ない。少なくとも『導師 アシア』はそう捉えている。導師としての本能のようなものが、そう告げている。

 導師は創造主の造るこの箱庭を、創造主が思い描く箱庭にするべく、保つべく、その『箱庭に住まう者』を導く存在だと、『導師 アシア』の根っこの部分がそう、言っている。

 導師とは創造主のその命を果たす者、だと。

 だから『箱庭の管理人』なのだ、と。

 その、創造主の思い描く箱庭として保ち続けるための条件のひとつが、『箱庭に住まう者』がその箱庭の中で安寧に、幸せに生きること、なだけだ。

 なぜなら、彼ら『人』は卑しい。自分たちの益になることを優先とする。益を得るためには、他の者を虐げることや排除することを厭わない残酷な面を持っている。手段を選ばない。争うことを選択する。人によっては争うことを望む。自身の益になるためなら、この創造主の箱庭を汚すことも厭わない。

 彼らの、それら手段の選択の積み重ねによって、創造主が望む箱庭の姿から大きく逸れることがないように、『導師』は創造主の命でこの地に遣わされている。『箱庭に住まう者』を導く命を背負っている。

『箱庭に住まう者』の幸せを最優先にした『導師』の導きではない。それは、結果でしかない。本意は違うところにある。

「僕の役目は、『導師』の役目はそうではないと、僕の導師としての根っこの部分が、セドリックのその言葉に異を唱えています。導師とは、たぶんセドリックたちが思っている、こうであろうといった導師像ではないんです。」

 アシアのその態度に、言葉に、セドリックが、どういうことだ、と問う。

 セドリックは、セドリックたち『人』は、導師は『箱庭に住まう者』を導く存在だと考えている。迷える子羊たちの導きを、ではないが、『人』として正しい方向へ導いてくれる存在だと認識している。

 だからセドリックはその考えをアシアに、言葉にして伝える。導師への感謝の言葉を添えて。

 導師の導きにより、導師の教えにより、この村の住人は現在、衣食住に困ることなく、また争うことなく争いに巻き込まれることなく、穏やかにこの村で暮らすことができているのだ、と。遥か昔、この村の先人が導師に誘われ、この豊かな土地に辿り着き、その後も導師は村人たちの暮らしが軌道に乗るまで丁寧に導いてくれたのだ、と、その頃からの感謝も込めて、セドリックは『導師 アシア』へそう伝える。

 セドリックがアシアにそう話すセドリックのその考えは、大枠は間違ってはいない。この箱庭を創造主が望む姿を維持するために、『箱庭に住まう者』を正しい方向へ導く者が『導師』だ。だが、基本となる部分が、違っている。

 ゆえにそのセドリックに、アシアは大きく頭を振る。

「導師は慈悲深き者、ではありません。『人』を中心として考え、『人』を導いているのではない。創造主の願いを叶えることを最優先とし、その結果により『人』を導いているのです。」

 だからアシアはノィナが養親からもノィナを引き取った男からも捨てられ、その生を終えそうになっていたあの場面でも、立ち去ろうとしたのだ。普段のアシアならあの場面で立ち去ることに、ノィナを見捨てることに躊躇うことはない。

 なのに、それが、立ち去ることを躊躇った。その場に踏みとどまり、男の要求を呑んだ。『人』の作った法を犯してまで、ノィナを買った。

 それら一連のアシアの行動は、今までのアシアからは到底考えられるものではなかった。あり得ない行為だ。そもそもアシアは人に対して執着というものがない。人の魂は循環するものだと知っている。ノィナを拾う必要はなかった。ノィナが生を終え、彼が魂の循環によりこの地に次の生を得て、その次の生がノィナの人生でなくとも、アシアは何も感じることはなかったのだ。それは、彼の生死がこの箱庭の成り立ちに関わるものではないからだ。

 それなのに、アシアは彼を拾ってしまった。名を与えた。彼の生死に、人生に大きく携わってしまった。

「意味が良く、わからないんだが。」

 アシアの言に、セドリックは理解が追いつかないのか、頭を掻きながらすまなそうに、もう少し理解ができる言葉で説明してくれ、と言うが、アシアはそれに対しても、

「これ以上の、何か説明の言葉を、と言われても、僕では難しい。強いて言えば『導師 アシア』の感覚なんです。感覚は言葉にしづらい。」

 と、ゆっくりと首を横に振り、

「言えることは、導師は『箱庭に住まう者』を中心に考えてはいない、ということです。『創造主』の望みを、その望みを叶えるべく僕たち導師は導師の務めを果たしているのです。」

 申し訳なさそうに、目を伏せた。

 がっかりさせただろうか。言葉にすべきではなかったかと、アシアの中で後悔の念がわく。セドリックやエイダ、ジョイといったアシアが出逢ったこの村の住人たちは押し並べて『導師 アシア』に感謝の言葉を紡いでくれた。そしてまた、セドリックとは良い友人関係でいたい、と願うアシアにとって、彼からの失望はとても悲しい。

 セドリックを筆頭に、特にこの村の住人は導師に対して、崇拝や傾倒感がある。導師は『人』を幸せへと導いてくれる者、といった感覚でいる。それなのに、自分たちを導いてくれた、これからも導いてくれる存在のはずが、自分たち『人』を中心に考えていないと告げる。それは副産物でしかないのだと言う。

 ただ、それでも。

『導師 ノア』は違う。

 アシアは人に対して好きといった感情も、嫌いといった感情も持っていないが、ノアは違う。『導師 ノア』は人に対してちゃんと愛着をもって接している。導師の役目だからとか、創造主の命を背負ってこの地に降り立っているからとかといった使命感だけではない。彼女を間近で見て、育ってきたアシアから見ても、その使命感がなくとも、彼女は愛着を持って人と接するだろうと断言できるくらい、彼女は『人』の近くに立っている。

 そうは言っても、彼女は『導師』だ。どれくらい前から彼女が創造主の命を受けて、導師の使命でこの地に遣わされたのかは知らないが、彼女は『人』の近くに立ち、『人』に寄り添いながら、そのうえで『導師』としての使命を果たそうと奮闘している。

 創造主の命を果たさんとしていることは、彼女がオウカ国に拘っている部分から垣間見える。

 彼女はオウカ国がこの箱庭の1、2を争う大国と発展する直前から、オウカ国の中枢に携わる者たちの教育係りとして招かれていた、とアシアは彼女自身から聞いていた。招かれるよう手を回していた、と言っていた。東の大国となった『オウカ国』の初代王から、彼女はこの国に関わり続けている。

 彼女がオウカ国から他国へ出ないのは、オウカ国がこの箱庭のこれからの行く末に影響を与える国だと認識しているからだ。

 それは西の大国『ライカ国』の導師、ジェネスもそうだ。彼から直接アシアは聞いたことはないが、たぶん彼もノアと同じく、ライカ国がオウカ国と同じように、この箱庭のこれからの行く末に影響がある国だと考えているからに違いない。だから彼もライカ国から出たことはない。アシアが知る限り、ジェネスはライカ国の導師だ。

「僕たち導師の人への導きは、創造主のその望みを叶える手段でしかない。」

 アシアのそれらの言葉に、セドリックからの返答はない。ふたりの間に沈黙が落ちる。そのせいか、ふたりから少し離れた場所に居るジョイとディフの、ふたりが何かを話している声が、アシアの耳に届いてきた。その内容はよくはわからないが、彼らの声の調子から何か楽しげに思える。自分たちの、この重苦しい空気とは段違いだ。何を話しているのだろうと、思わず伏せていた顔をあげたアシアに、

「アシアには悪いが、アシアの言っていることが俺には良くわからない。ただ、導師様は人々を導く者、には変わりはないんだと受け取った。」

 沈黙していたセドリックがそう言葉を返した。

 そしてそのセドリックを見返したアシアに、

「導師様にとっての使命が、この世界の創造主様のためだ、ということは何となくわかった。創造主様の命を果たすために、人を導くことが導師様のお役目だ、というように俺は理解した。」

 そう言葉を続け、

「その、人を導く、という導師様の行いで人が幸せに生きることになるのなら、やはり俺たち『人』は、導師様を敬う。この地へ導いてくれた導師様への感謝は変わらない。アシアが難しいことをどう言っていても、結局は感謝すべき結果になっているんだからな。」

 柔らかな水色の瞳でアシアを見遣る。そこにはアシアへの失望の色はない。

「アシアの話から導師様のお役目は、とても重要で大変なことだと、ますます思った。俺たち『人』では理解できないくらいだ、といった程度は想像できた。何せこの世界の創造主様なんて存在は、俺たち『人』の理解は到底及ばない。アシアの話から何となくわかった内容は、俺たち『人』の理解に及ばないその創造主様の命を汲み取って、導師様は俺たちを導いてくれているんだろうな、ほどだ。けれども、」

 そこで言葉を区切るとセドリックは、

「アシアはもう少し、肩の力を抜いても良いと、俺は思うんだがな。」

 これは友人としての進言だ、と、いつもの人懐こい笑みを浮かべた。


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