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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

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「理解と感情は別物だろ。」

 諦観したように言葉を返すアシアへセドリックはその手を伸ばし、再びアシアの白金色の髪を、くしゃり、と撫でる。頭を撫でられ、アシアが向けた視線の先には柔らかな光を湛えた水色の瞳があった。

 セドリックの言うように、理解と感情は別物だ。

 アシアの出自についてノアから聞かされたのはアシアが3歳になるかならないかの時だった。導師はある程度の年齢を経た後、肉体の成長は止まる。精神発達については、『人』の子どもより『導師』の成長は断然早い。故にアシアが3歳の誕生日を迎える前に、ノアからアシアの出自を聞かされても、アシアはその意味が理解できた。『人』である実父母から捨てられたのは、自分が『導師』といった異質な存在だったからだと、理解できてしまっていた。

 事実を聞かされるまで、アシアはノアが母親だと思ってはいたが、ノアとアシアの姿形が似ても似つかないため、もしかしたら、という疑念もすでに抱いていた頃だった。だから、ノアの説明はアシアの幼い心にすとん、と落ちた。素直に納得できた。

 また、この、白金色の少し癖のある髪と琥珀色の瞳が、アシアを産み落とした両親に似ているとも限らないとも思っていた。なぜならノアの供として、ノアの導師としてのさまざまな仕事場にアシアはいつも連れて行かれていたが、アシアと同じような髪や瞳の色をした人と出逢ったことが一度もなかったからだ。

 この髪と瞳の色はどこへ行っても悪目立ちをした。ノアが輝くような金の色の髪と紺碧の瞳をしていたから、ふたりが揃っていればなおのこと、目立ってしまっていた。そこにライカ国の、闇色の髪と瞳のジェネスが揃えば、たちまち人だかりができて囲まれてしまっていた。

 この箱庭の創造主自らの御手で創られし者「アシア」、とノアから一度だけ言われたことがある。ノアのその言葉の真意は、アシアはいまだわかっていない。聞き返してもいないし、意味を問うてもいない。なぜなら、すべての『導師』は、創造主の手によって創られている、とアシアは理解しているからだ。ただ、この箱庭に生まれ落ちる方法が、導師によってそれぞれなだけだ。

 ノアからアシアの出自を打ち明けられ、アシアは理解はできたが、その当時の幼いアシアの感情はどうだったのかは、今ではよく思い出せない。ノアの実子ではない覚悟はあった分、たいした衝撃を受けてはいなかったようには思う。引きこもるようになったのはアシアの出自に関して知ったからではないし、出自を知った後も、アシアは今までと変わらない態度でノアの後をついてまわり、彼女を母親として導師としての師として仰いでいた。

 彼女は愛情を惜しみなくアシアに注いでくれていたように、アシアは感じている。それは現在もそうで、導師としての役目をほどほどとし、お気に入りの場所に引きこもりがちなアシアを心配し、折を見ては外に出るよう用事を言い渡してくる。

 アシア自身の出自でアシアが荒むことが無かったのは、『導師』ゆえの早熟さだけではなく、ノアが愛情を注いでくれていた部分が大きい。実父母からいらない子だと、その生を終わらせてしまっても良い子だと、アシアの存在そのものを見捨てられてしまっていても、アシアを拾ったノアがアシアのことを大事な自身の息子として扱ってくれたからだ。

 理解と感情は別物だ。けれどもアシアの場合はノアのおかげで感情が大きくぶれることはなかった。それはノアが安定した居場所を確保してくれていたからだ。実父母から捨てられた事実があっても、揺るぎない足元が確保されていたからだ。だから、アシアの場合は理解と感情が別物にならなかった。

 アシアの感情が大きくぶれたのは、ほかならず『人』から受けた扱いだったのは、皮肉なことだとは思う。

 ノアの傍に居て、ノアが『人』へ愛着をもって接する様を見て、導師としてのあり方や人への接し方を自然と学んだ。愛着を持って人に接するのは導師として当然のことと、そう思って幼い頃は過ごしてきた。自らも、ノアのように導師として人を導く立場になるのだと、導師としての責務を当然のように思ってきた。

 ノアの周りを囲む人たちは、優しかった。ノアの言葉に対して真摯に耳を傾けていた。だから、人とはこのような者たちばかりだと、勘違いしたことが後々のアシアの心に深く傷をつけることとなってしまったのだ。人に対して好きだとか嫌いだとかといった感情を持つことがなくなってしまった。

『人』は卑しい。『人』は自分勝手だ。自分の益になることを中心に置き、動くのが『人』だ。自身の益のために他者を身体的にも精神的にも傷つけることを厭わない。それが本質で、それが彼らの根っこ部分に深く刻まれている。だからこそ、『導師』がこの箱庭を維持するために、その『人』たちを導かなければならないのだが。その真実を受け入れることに、アシアはかなりの時間を要した。受け入れたからといって、ノアのように、『人』とはそのようなものだ、と許容することができなかった。狭量だと言われればそれまでだが、どうしても本来の意で受け入れることができなかった。そうして、ノアと共同生活をする森の奥にある、アシアのお気に入りの池の傍でぼんやりと過ごす時間が多くなり、人と積極的に交わろうとすることが徐々に減っていった。

『人』に対して、期待を抱くことなどなかった。冷めた感で見ていた。

 セドリックと出逢うまでは。

 セドリックとの出逢いは、創造主の意図が働いている、とアシアは感じている。

 導師として創造主の手によって創られたにもかかわらず、その役目を積極的に果たそうとしないアシアへ、この『人』との出逢いは創造主が与えた場だと感じている。

 実際にセドリックたちと出逢い、出逢ってから今まで関わってきた中で彼らから学ぶところは多かった。さまざまなことを知ることができた。アシアは『人』の表面の部分だけで、彼らに失望していたのかも知れない、と振り返る機会にもなった。

 彼は、彼らはアシアの方から初めて関わることを求めた、『人』だった。

 嫌われたくない、と。『導師』と『人』ではなく、対等な関係で接して欲しいと、接したいと願った、『人 セドリック』だった。

「端っから、そういうカオを見せていれば、良いものを。」

 アシアの白金色の髪をくしゃり、と撫でた後、セドリックはニッと、いつもの笑顔を見せる。

 ディフへして見せるようなアシアへのこの行為は、子ども扱いをされたようでアシアは気恥ずかしい思いを持つが、彼のこの相手の髪を撫でるという行為は、どうも親愛の証のようだ。

「そういうカオ、と言われても。」

 と、アシアは反射的に少し反論しそうになるが、

「解っているだろ。」

 と言い返されれば、そのとおりだと認めざるを得ない。

 意図してはいなかったが、導師としての習慣でセドリックの怒りを買う反応をしてしまっていたことは、認識している。

「だって、僕はこの150年以上、そうやって『導師』をしてきたんです。身に染まってしまっている習慣が咄嗟に出てしまうことは仕方がないじゃないですか。」

 思わず、少し拗ねた感のアシアの言い訳にセドリックは一瞬目を見開いたが、すぐに破顔した。そして、声を上げて軽く笑う。

「僕にとっては、笑い事ではないんです。」

 セドリックのその反応に、アシアは拗ねた感を隠さず反論する。そして、

「本当に。本心から、僕はセドリックたちに嫌われたくないんです。」

 泣きそうな、普通の青年のような表情でぽつりと、何度目かのその言葉を落とした。

「セドリックを、僕の導師の気で怯えさせたくないんです。箱庭に住まう『人』を怯えさせては駄目なんです。これは、このことは『導師 アシア』としては、やってはいけないことなんです。」

 如何なセドリックと対等な関係を結んでいても、箱庭を構成する根源となるものを崩すことはできない。セドリックはこの箱庭に住まう『人』で、アシアはその箱庭に住まう人を導くべく創造主から遣わされた『導師』であることは、変えられない真実だ。『導師』が『人』に対してしてはいけないルールを破ることは、絶対にできない。

「つまり、『導師 アシア』は俺たち『人』に導師の気を中てることは、してはいけないことだと。」

 セドリックが頭をかきながらそう訊ねる言葉に、アシアはうなずく。

「まぁ、確かにアレは、俺たち『人』にとっちゃ、恐怖以外の何ものでもないからな。経験した俺から言わせると、アレを中てられると怯えることしかできない。その場から逃げ出すこともできないくらいに、怯えてしまう。しかも、『導師様』に『人』は太刀打ちできないからな。反抗なんてことは、絶対にできない。」

 セドリックのその容赦のない科白に、アシアはそのとおりだとうつむくしかない。それが魂の形の違いだ。『人』より『導師』の方が魂の格が上位である証拠だ。

「まぁ、ただ。『導師様』の禁止すべきことと、アシアが俺たちから嫌われるんじゃないかといった危惧は違うだろ。アシアは『導師様』なんだし、導師様の役目は全うすべきだが、俺たちに嫌われたくない、は、『アシア』の感情だろ?俺はアシアのことは、あの宿屋で出逢ったときから良い奴だと気に入っているんだ。」

 俺は肝心な場面での第六感は外れたことがないからな、といつもの人懐こい笑顔でアシアに告げる。


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