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その部分を、セドリックは悪気が無かったとはいえ、触れてしまい、塞がっていた傷口を開けてしまったのではないだろうか、と後悔の念を持つ。
すまない、と謝るのは簡単だ。謝罪すべきことだと思う。問う内容を吟味せずに、口に出してしまったことへ、謝罪をしたい。
しかし、謝罪によって、彼の開いてしまったその傷口を癒すことはできるだろうか。
反対に、以前のように彼の何かに触れ、その導師としての怒りを再び呼び起こさないだろうか、といった恐れもセドリックの中にはあった。
セドリックにとって、彼からの怒りの感情を浴びるのは、恐怖でしかない。人と人との喧嘩や諍いなんてもののレベルではない。人との喧嘩や諍いは、セドリックの怒りの感情が持続できる。相手からの怒りを受け、それが理不尽なものならばその喧嘩を買い、自分の怒りを相手にぶつけることができる。
しかし、アシアの場合は全く違う。アレは喧嘩ではない。彼からの一方的な威圧だ。制圧だ。その場の空間が、『導師 アシア』に支配されてしまう。何もかもが、彼の手の中に収められ、生殺与奪を握られてしまった感覚に陥る。死の吐息が自分の頬に触れるくらいの距離にあるようで、意識せずに怯えてしまう。ソレは、アシアの一存でセドリックを丸ごと容易く飲み込んでしまうモノではないかと、恐怖に駆られてしまう
アシアは導師であり、神に等しい存在だ。彼がその気になれば、『人』など簡単に壊すことができるだろう。しかし彼は、彼の怒りといった感情でセドリックを死に追いやるような、そのような人物ではないことは、セドリックは重々承知だ。とはいえ、重々承知していても、彼を恐怖に思い、怯えてしまう。セドリックが彼に対して怯えることで、彼をまた傷つけることになるのではないかといった懸念がセドリックにはあるにもかかわらず、その怯えをコントロールすることは難しい。彼に対して恐怖するのは、怯えるのは、『人』としての本能だ。こればかりは経験を積んでどうにかなるものではないようにセドリックは考えている。
なのに、彼の怒りの引き金となるものが何なのかが、全く見当がつかない。故に、余計に恐怖が募る。
けれども。
『導師 アシア』にも感情があり、その心の動きはあって然るべきだと受け止めているのなら、セドリックは友人として『アシア』とぶつかるしかないだろう。ここから立ち入ってはいけない線引きの部分をお互いが見極めるまで、ぶつかり合って、探り合うしかないのだと思う。以前、セドリックがアシアに言ったように、『人』同士であってもぶつかり合ってお互いを知っていくのだから。エイダもあの出来事があったことをセドリックが包み隠さず話した夜に、そう言ってセドリックの背中を押してくれた。それは『導師』と『人』との友人関係であっても変わらないことだ、と。
否。
『導師』と『人』ではない。『アシア』と『セドリック』との友人関係だ。
そのような考えに至ったセドリックは覚悟を決めて、
「アシア。」
と、無に近い表情でセドリックと向き合っているアシアの名を呼ぶ。知らず、ごくり、とセドリックは生唾を飲み込む。
そして、謝罪の言葉を口にしようとした、それに合わせて、
「セドリックが謝ることは、ないですよ。」
と、アシアが先んじてそうセドリックに告げた。セドリックのそれら懸念を払拭するかのように無の表情から、ふわり、といつもの微笑をアシアは浮かべた。
しかし、それは違う、と、セドリックの第六感が囁く。彼のこの微笑は、拒否の意、だ。『導師』としての、取り繕いの態度だ。
距離を置かれた、とセドリックの中で瞬時に悲しみがわく。
導師としてのこの取り繕いの態度は、彼が彼自身、これ以上傷つかないための防衛反応なのかもしれない。それとも、彼の怒りが溢れ、先日のようにその感情をセドリックに浴びせないためのものなのかもしれない。セドリックを気遣って、思い遣ってのものかもしれない。
しかし。
友人関係でいたい、と願ったのはアシアの方からではなかったのか。『導師 アシア』と『人 セドリック』の縮まらない距離感が悲しいと、普通の青年のような、傷ついた表情で願っていたのは、アシアだ。
何故、今、そのような表情を浮かべないのか。今、距離を置いているのは、アシア、ではないか。セドリックと友人関係を築きたいと願った、アシアの方ではないか。
そう思うセドリックの中の悲しみは、たちまち怒りへと変換される。アシアの怒りの感情を浴びる覚悟を決めて臨んだから、なおのことだ。
「何故、アシアは今『導師』の顔をする?」
怒ると声が低くなるのは、導師も人も変わらないな、とどこか冷めた部分でセドリックは自身を観察していた。あの時も、アシアの声は普段よりも低かった。本気で彼は、彼の言葉を借りて言うなら、彼自身に苛立っていたのだな、と自分がその立場にいて今更ながら気付いた。
「セドリック?」
セドリックの普段とは違い、硬く低い声音のその問いに、アシアが琥珀色の瞳を丸くし、かなり驚いた表情をする。
人懐こい笑顔がトレードマークのような彼が、硬い表情で、眼つきでアシアをねめつけている。セドリックからアシアへ発せられているのは、怒りと悲しみがない交ぜになった感情。
何故セドリックが悲しむのか。先ほど話した内容は、アシアのただの経歴ではないか。
それに、怒りに関しては、アシアには全く心当たりがない。何故セドリックはアシアに対して怒りを向けているのか。
セドリックはアシアが『導師の顔』をしている、と言ってアシアに怒りを向けている。しかし、アシアはそのようなつもりは全く無かった。
が。
指摘されて振り返ってみれば、そのつもりが無かったが確かに取り繕った。セドリックの指摘するとおりだ。
けれども、そのような、取り繕おうとした意識がアシアには無かった。無意識だった。思わず出てしまった態度だ。表情だ。いわば、アシアが今まで生きてきた導師としての習性だ。
けれども、
「だって、僕はまた、セドリックを怯えさせるかも知れないじゃ、ないですか。」
セドリックからねめつけられ、言い訳の言葉がアシアの口から、するり、と出た。それはセドリックの指摘がそのとおりのことだと認めたようなものだった。
なぜなら。
先日の、セドリックにアシアが向けた怒りの感情を浴びた、セドリックの怯えた表情が、強張った表情が、アシアへの恐れを全面に押し出していたセドリックのあの光景が、アシアの脳裏にこびりついており、忘れられないのだから。
否。アレは、忘れてはいけないことだ。『導師』が『箱庭に住まう人』に対して取ってはならない行為だった。自身の戒めにしなければならない出来事だ。
自分は『導師』だ。セドリックが『アシア』と『セドリック』の関係を、『導師』と『人』ではなく、その枠を外した個々の友人関係だと言っていても、アシアは『導師』であり、セドリックは『箱庭に住まう人』だ。『人 セドリック』は『導師 アシア』がこの箱庭の創造主の命によって導くべき相手だ。そのこの箱庭の成り立ちの根底にあるものは、否定のしようがない。
その、『導師』であるアシアが、『箱庭に住まう人 セドリック』を、あのような、アシアに対しての恐怖に陥れてしまったのだ。畏怖、どころの話ではない。敬意を払う程度、の畏れを植えつけたのではない。
アレは、あの表情は恐怖による怯えだ。アシアを異質な者として認識したカオだった。排除すべき、交わるべき相手ではないと認識した、カオだった。
アシアへの、否定、だった。
それは、アシアを捨てた、アシアが顔も知らないアシアを産み落とした母や父と同じように思えた。
アシアは生まれてすぐに、自分のその存在を実父母から否定された。異質な者だと彼らから排除された。
それは仕方がないことだと承知している。アシアは生まれ落ちたときから『導師』だった。『人』と魂の形が違う、『人』よりも上位種である『導師』だったのだから、『人』の本能としては、排除に向かって当然のことだ。それに関しての恨みは、アシアにはない。
アシアの生誕に関しては多分、創造主の手によってそのように仕組まれたのだろうと思う。アシアが『人』から産み落とされたのは、『導師』がこの箱庭に生を受けるいくつかあるだろうと思われる方法のうちの、ひとつに違いない。どの導師もが、アシアのように『人』の腹を借りて産まれてくる訳ではないだろう。




