表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/125

63

 確かに、アシアはノアとオウカ国の王宮近くの森で共同生活をしている。動物を拾ってきて、自分たちの生活の中に入れるのとは訳が違う。ディフは『人』の子だ。

 そのノアとアシアの生活の中に『人』の子どもを迎えるには、セドリックの言うように同居人のノアの許可が要るだろう。そしてまた、導師の中に『人』の子どもを入れ、育てる、といった行為は、到底考えられることではない。姿形は導師も人もとてもよく似ているが、実際のところそれは似て非なるものだ。『箱庭に住まう者』と『箱庭の管理人』では、魂の成り立ちも何もかもが全く以って違う。

 しかし、

「たぶん、ノアはディフを引き取り育てることに反対はしないと思います。」

 と、ディフをアシアが引き取り育てることは、当然ないだろうと勝手に結論付けて納得しているセドリックにアシアはそう答える。

「ノアは臍の緒がついた状態で路地裏に捨てられていた赤子の僕を、拾って育ててくれていますし。」

 とはいえ、アシアとディフとでは『導師』と『人』といった大きな差はある。けれども、アシアが今まで見てきたノアから、彼女は『人』に対してアシアと違って、とても愛着を持っている。

 本来、それが導師の姿なのだろう。導師は『箱庭の管理人』として創造主から遣わされているのだから、箱庭に住む者たちへの愛着を持って当然のことのはずだ。

 なのに、人に対して好きも嫌いもないアシアは、導師としてどこかが抜け落ちてしまっているのだと、アシア自身自覚がある。

 だから、このままアシアがオウカ国の、ノアと供に住まう王宮近くの森の自宅へディフを連れ帰り、彼を育てる、とノアに言っても、ノアは驚きはすれど反対はしないだろうと思う。

 また、反対にアシアがディフを育てるのではなく信用の置ける人物のもとへ預ける、と言っても、彼女はそのことへの反対もしないとも思うが。

 そのようにアシアが自身の思考の中に沈み込んだ状態で、エイダが作ってくれた小さなサンドイッチふた切れを食べ終わり、ふと、視線を上げた先には、とても驚いた表情のセドリックがアシアを凝視していた。

「アシアは捨て子だったところを、ノア様に拾われたって、ことなのか?」

 先ほどの、アシアが捨て子だったとの言に衝撃を受けたらしい。

「いや、ま。確かに、導師様の生誕については、人とは違うだろうな、とぼんやりとは思っていたが。導師様の間で、子を生すのだろう、と勝手に想像していたのであって。アシアはノア様と他の導師様との間の子どもだと、なんとなく思っていたから。」

 しどろもどろの、そのセドリックへ、

「ノアは僕の名付け親であり、育ての親だって、セドリックに言っていたと思っていましたが。言っていませんでしたっけ?」

 驚かせてしまいましたか、とアシアは申し訳なかった、と謝る。

 アシアからそう言われ、そういえば、と、セドリックは今までのアシアとの会話の中で、ノアがアシアの育ての親で名付け親だ、と言っていたことを思いだした。ノアから名を付けられた、と言っていたが、その時はアシアの親としてノアがアシアに名前を付けた、とセドリックは勘違いをしてしまっていた。

「臍の緒、ということは、アシアは元は『人の子』だった、っていうことか?」

 そのセドリックの口から、次いで出た問いは、『導師 アシア』にとって切り込んだ質問だった。

 その所為か、アシアの表情に微かな変化があったのだろう。問いを発したセドリックも、そう感じたようで、問いを発して瞬時に、しまった、といった表情を浮かべた。

「別に、秘密でもなんでもないですし、そう身構えなくても大丈夫ですよ。」

 アシアはセドリックを安心させるかのように、微笑う。

 特に、秘密でもなんでもない。アシアの出自が導師の起源や成り立ちといった、導師の根本に関係することでもない。

『導師 アシア』も、導師でありながら、導師がどのように生誕しその生を終えるのか、知らないのだ。ノアは今まで、何も伝えてくれなかったし、アシアも特に知りたいとも思っていなかった。ノアに訊きもしなかった。アシアの物心がついた頃にノアから、アシアが路地裏で臍の緒がついた状態で捨てられていたところをノアが見つけ、拾って育てている、といった事実を聞かされただけだ。そう聞かされても、育ててもらっていることに感謝こそすれ、アシアは特に何も感じるところはなかった。それはすでにアシアが、ノアから『導師 アシア』として育てられていた部分も大きかったとは思う。

 アシアは導師がどのように生を得て、生を終えるのか。導師の魂の循環はあるのか、などといったことに、なぜか興味がわかない。自分自身のことであるにもかかわらず。

「臍の緒がついていた、という現実から推測するに、セドリックが言うように、僕は『人』から生を受けたのだとは思います。ただ、ノアが僕を見つけ拾ったときには、僕の魂はすでに『人』ではなく、『導師』だったようです。」

 だからアシアは生きていられた、と、ノアはアシアに話して聞かせていた。あの状況下であれば『人の子』ならば、ノアが見つけたその時点でアシアはすでにその生を終えていただろうと。

「自分が産んだ子どもが『異質なモノ』だ、と産んだ母親は本能で感じ取ったのでしょう。気味の悪い赤子だ、と、そう思ったのではないでしょうか。だからおくるみにも包まれず、裸のまま、臍の緒がついた状態で僕は路地裏に捨てられたのだと思います。…そのまま、死んでしまっても構わない、と思われていたのでしょう。」

 アシアは淡々と、他人事のように話す。そこには何の感情も含まれていないように、セドリックには見える。

 彼は導師だ。人とは違う次元の生を受け、その中で生きている。だから、人とは違う価値観を持っている。それはセドリックがアシアとここ数日ではあるが一緒に生活をし、さまざまな会話をしてみて、実感したことだった。

 ゆえに、アシアは人とは違う心の動きなのかもしれない。導師からすれば、このような生育歴は、瑣末なこと、なのかも知れない。

 けれども。

 彼は本当に傷ついていないのだろうか。もしかしたら、このようにセドリックが訊ねたことで、本当はアシアの傷口を押し広げてしまっているのではないか。

 さらに、もしかしたら彼は傷ついていることに、彼自身が気が付いていないのではないか。そのようにセドリックは危惧する。

 アシアは普段は優しげな笑みを湛え、柔らかい雰囲気を纏っている。涼やかな表情で、神秘的な空気感で、如何にも導師然とした態度だ。

 けれども時折、彼は普通の青年のような表情をセドリックに見せる。それはたぶん、そのことについては彼の意識下ではなく無意識に見せている表情なのだと、セドリックは受け取っている。なぜなら、導師然とした態度から、急に普通の青年の表情を彼が浮かべても、彼はそれを取り繕うことが一切無い。彼はそのことに気付いていないように見えるからだ。

 セドリックに対して、アシアへの態度を普段通りにして欲しいとの願いや、友人になって欲しいと願ってきたあのときが、特にそうだった。セドリックとアシアの、『人』と『導師』としての距離感が哀しいのだと、その距離感を友人としての距離感にしたいと願ってきた彼の表情は、この村の中や村外で出逢う普通の青年たちが傷ついたときに他人に対して見せる表情と、同じような表情だった。

 しかし今、彼が浮かべている表情は、そのときとは違う。どちらかといえば、変化が見られない。愁いているようでも、傷ついたようでもない。あのときのような琥珀色の瞳が揺らいでいるようなこともない。無表情でもないが、それに近しい。

 けれどもセドリックは却ってそれが、彼が傷ついている証拠に思えた。彼が導師だとしても、人とは違う価値観で以って生きているとしても、心が動かない、なんてことは無いはずだ。セドリックは以前に、『導師 アシア』であっても、心は動いて良いと思う、と告げた、そのままだと今でも強く思っている。

 今、アシアが話してくれた内容は、アシア自身の出自のことだ。アシアが受けた生誕の瞬間のその出来事は、アシアはいらない子だと言われたことと同義にセドリックは感じた。聞いたセドリックが傷ついたのだ。アシアの口から聞いた内容は、痛かった。セドリックがそう感じたということは、たぶん、アシアも今まで生きてきた中のどこかでそう感じたはずだ。それが幼少期なら、受けた傷は深かったのではないだろうか。育ての親のノアからアシアが受けている愛情が、どれだけのものかはセドリックでは量れない。ノアから受けてきている愛情で、彼のその傷は癒されているのだと、望みたい。

 しかし、癒しきれていなければ?

 たとえ癒されていても、何かの折でその傷口はまた開いてしまうことも、無いとも言いきれない。

 表情が現れない、というのは、その傷口にあえて触れない、気付こうとしない、といったアシアの心の防衛のための行動なのではないだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ