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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

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 ジョイのもとへ向かうディフの背中を見送っているアシアへ、

「俺たちも食べよう。」

 と、セドリックが近くの倒木に腰をかけて、アシアへそう声をかけた。

「そうですね。」

 声をかけられたアシアは、ディフから受け取った小箱を携え、セドリックが座っているその隣に腰を掛ける。

「綺麗な木箱だな。」

 アシアが手にしている木の小箱のその作りにセドリックが気づいた。

「これは僕がディフへ、誕生日祝いとして飴玉を贈ったのですが、その飴玉が入っていた容れ物なんです。」

 そう答えながら蓋を開けてみれば、木箱が汚れないようにとエイダがサンドイッチを布に包んだようで、エイダの工夫した様子がうかがえた。エイダもこの木箱は、ディフが大事にしているものだと気づいていたようだ。

「ディフは飴玉を食べた後も、この木箱を捨てることなく大切に扱っていたんですが。まさか、僕のお弁当箱として扱うとは思ってもいなくて。」

 そこにはこれから彼が見つけていく子どもらしい宝物を容れるものだと思っていた、と少し憂い顔でアシアはセドリックにそう話す。その、アシアの言葉に、

「そりゃ、ディフはアシアのことが好きだから、だろうよ。」

 何を言っているんだ、とそう返した。

 ディフがどれだけアシアのことを慕っているのか、傍で見ていたらよくわかる。確かにディフは、アシアに対しても遠慮がちで一歩引いているところは見られる。その彼の態度は、セドリックやエイダに対してもよく似たものだが、アシアに対してのものは、ディフはアシアを慕っているからこそ、どのように接したら良いのかがわからない、からのようにセドリックは受け取っていた。

 しかし、その当のアシアは、

「それは僕がディフの『だんなさま』だから、です。」

 主従関係にあるからだ、と否定する。

「セドリックも知っての通り、僕は貧困街でディフを買いました。『養育費』なんて言葉はセドリックが言ったように、詭弁です。僕が決して、ディフを僕の下僕としては思っていないし、扱ってもいない、と言っても、売買が成立した時点で、ディフからしてみれば、僕は彼を買った『だんなさま』なんです。しかも僕の所有物としての烙印を押すかのように、僕はその場で彼に名を与えました。」

 苦しげな、吐き出すようなそのアシアの言葉に、サンドイッチを食べようとしていたセドリックの手が止まる。

「彼を保護したつもりでいるのは僕だけで、ディフからしてみれば僕は彼を買った『だんなさま』なのです。」

 ぽつり、とアシアは言葉を落とす。

 セドリックは先日、ディフはたんなる『アシア』のことを慕っているとは言ってくれた。『だんなさま』でも『導師様』でもない、『アシア』のことを慕っていると。

 けれどもそれは、ディフが慕っているという『アシア』のもとへと辿っていけば、辿り着く先は『だんなさま』だ。結局はアシアがディフを買った『だんなさま』で良かった、ということなのではないだろうか。

 そうではないのに。

「僕はそうではない、と気づいてもらうようディフに接してきたつもりではいたんですが。彼と出逢ってひと月は経つのに、僕はいまだに彼の『だんなさま』なんです。」

 彼の中の自分の立ち位置がそうであることに何がこんなに苦しく思うのだろう、とアシアはセドリックに心情を吐露しながら考える。

 出逢ってひと月も経つ、なのか、それともまだひと月なのか。彼の変化を求めることが、焦りすぎなのか。性急なのか。

 そもそも変化を求めることが必要なのか。

 慕ってもらえているのなら、その立ち位置が『だんなさま』でも良いのではないかとも思う。彼の中で自分がどの立ち位置で慕ってもらえることを、望んでいるのか。果たして自分は、彼の中でどのような立ち位置なら満足するというのだろう。所詮、オウカ国へ戻れば、彼をしかるべき信用の置ける人物のもとに預けるといった、彼を手放す算段でいるのに。手放したあとは彼の前に出るつもりはなく、彼が独り立ちできるまで後見人として見守るつもりでいるのに。

 ならば、現時点での自分の彼の中の立ち位置が、彼にとって慕える『だんなさま』であっても、何の問題もない。むしろその方が、後腐れがないように思える。

 なのに、心が痛む。主従関係で彼から慕われることに、アシアの心の中で不満が見え隠れする。哀しみが、わく。

 しかし、それが何故なのかが、アシアには自分の心の動きのことなのにわからなかった。

 アシアは、最初は彼の萎縮してしまった、幼い心を溶かすことを目指した。

 彼の保護だった。意図せず買ってしまった幼い子どもを、導師としての、買ってしまった大人としての責任で、彼が安全で安心して、彼らしさで以って生きていくことができるよう、彼の環境を整えることを目標とした。

 そのようにディフと接した結果、彼がアシアに対して怯えることも恐れることもなく、アシアを慕っていることはある意味、アシアの意図した目標が達成できたことであると思う。それが、たとえディフにとってアシアが『だんなさま』といった位置づけでもだ。それを思えば言ってみれば彼の萎縮してしまっていた心は、緩やかではあるが溶け始めている。

 アシアが目指していたところには、ゆっくりではあっても近付いてはいる。

 ならば、アシアが彼の中でどのような立ち位置であっても、喜ばしいことであるはずなのに。

 何が不満で、何が気に入らないのか。

「アシアはそう言うが、アシアがディフにとって『だんなさま』であっても、『だんなさま』だからディフはアシアのことを慕っているようには、俺は見えないがな。ただこればかりは、ディフに直接訊いてみないと、わからんが。」

 セドリックは、食べようとしていったん口へ運ぶことを止めてしまったその動作を、再開させる。

「ディフがアシアへ慮っているようにも、諂っているようにも、媚びているようにも、俺は見えない。」

 セドリックはサンドイッチに豪快にかぶりついたことで、口の端についてしまったモノを親指で拭い取り、その指を舐める。

「アシアに気に入られるためだけに、その木箱をアシアの弁当箱として使ったようには、俺は思えん。単純に、ディフはアシアのことを慕っているからだとしか、思えないがな。」

 アシアのことが好きだからディフにとって大事な木箱を使ったんじゃないか、と口にしたサンドイッチを咀嚼し飲み込みながら言う。

「アシアはディフの『だんなさま』であることが、イヤなのか?」

 そのセドリックからの問いに、アシアは、さぁどうなんでしょう、と答えると、木箱からひと口大のサンドイッチをひと切れ取り出した。

 セドリックからそのように問われ、アシアは改めて自身の気持ちと向き合ってみる。そこから見えたモノは、『だんなさま』の立ち位置はやはり気に入らない自分だった。

 それは自分が『導師』だからだろうか。人に道を説く導師が、人権に配慮しない子どもの売り買いに関わってしまったその行為に嫌悪するところがあるからだろうか。

 それでも、人身売買に関わったと言っても、自分としては人助けだった。積極的な行動ではなくとも、仕方なく、そのときの流れであったとしても、今にも逝ってしまいそうな幼い子どもを助けた行為だったと、アシアは自分のそのときの行動を今はそう位置づけている。

『人』の魂が循環する、といっても、彼がノィナとしての人生を歩める機会は一度きりだ。彼が彼の魂の核を持って次にこの世に生を受けたとしても、そのときに彼が歩む人生は、決してノィナではない。ノィナの人生を再びなぞることはありえないし、次の彼は決してノィナではない。魂の循環はあれど、人生のやり直しは、ない。『人』のやり直しは、できない。

「アシアはディフをオウカ国に連れて戻った後、ディフをどうするんだ?」

 サンドイッチをすべて食べ終えたセドリックが、空になった弁当箱に、ここへ辿り着く道すがら収穫し、麻袋の中に放り込んでいた木の実をその麻袋から取り出し詰め替えながら、アシアに訊く。

「信用の置ける人物に、彼の里親になってもらうつもりです。」

 アシアはセドリックにそう答えながら、手にしていたひと口大のサンドイッチを口にした。口にしたサンドイッチからは、木の実をしっかりと炒った香ばしい匂いが口の中に広がる。これらの作業も、アシアが森から帰ってくるまでディフは手伝っていたのだろうか。なんとなく、エイダとディフの好ましいやり取りがアシアの頭の中、想像できた。

 アシアからのその答えに、

「俺はアシアがディフを育てるのだと思っていたんだが。」

 違うのか、とセドリックが少し驚いたような表情で、アシアを見た。

「だからアシアは、ディフからいつまで経ってもアシアが『だんなさま』であることに、愁いているんだと思ったんだが。」

 セドリックは弁当箱への木の実の詰め替えを終わらせると、自身の傍に置いていた水筒を持ち上げ、その蓋を開けて口を付け、水を一気に飲み干す。

「まぁ、ディフをアシアが引き取るには、ノア様のお許しがいるだろうからな。」

 そして、そうひとりで勝手に結論付け、納得する。


追記しました(R5.5.15)

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