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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第8章

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 重なり合った木々の葉々から、木漏れ日が足元に落ちてくる。それは葉々の動きにあわせて、きらきらと、くるくると動く。森の湿気を帯びた空気は、陽が昇ってあまり時間が経っていない早朝に近い時間帯だからか、少しひんやりとしていて気持ちが良い。一歩ごとに、地面を踏みしめることによる落ち葉や枯れ枝と、風によって擦り合わされた葉々などさまざまな木や葉の香りが混ざり合った匂いがする。そして、葉擦れの音と鳥の囀りに雑じって、水の流れる音も微かに耳に届いてくる。

 そのような中、今まで歩いてきた小道から、不意に拓けた場所に辿り着いた。

「休憩にしよう。」

 セドリックのその号令で、ジョイが背負っていた麻袋をどさり、と地面に置く。そして、

「オレ、水を汲んでくる。」

 そう言って自身が持ってきていた水筒と、セドリックから預かり持っていた水筒を携え水の音がする方向へ足を向けた。

「ボクも手伝います。」

 その後をディフが追おうとするが、

「いや、俺が行く。ディフはここでアシアに植物の名前を習いながら、待っていてくれ。」

 セドリックがそう言いながらディフが手にしていたディフ用の水筒を預かると、ジョイが行った先へと向かった。

「ここは、森に慣れたセドリックやジョイに任せた方が良いと思います。」

 セドリックやジョイが向かった先を、申し訳なさそうな表情で見遣り、追いかけたそうなディフに、アシアがそう声をかける。

 アシアからそうは言われるが、この道中、ディフは彼らの役に立つようなことは何もできていなかった。植物の知識もないため、食材となるものも見つけることができず、また、ジョイやセドリックのように力があるわけでもない。彼らが目聡く見つけた食材が入った麻袋を担ぐことも儘ならず、その役割もジョイとセドリックに任せてしまっている。ディフが運ぶことができているのは、エイダが持たせてくれた人数分の弁当が入った麻袋と、自分用の水筒だけだった。それを運ぶだけでも、ディフは息が切れかかっていた。

 同行しているアシアは荷を抱えることをしてはいないが、セドリックやジョイが見つけることが難しい、と言っている珍しい食材を容易く見つけ、彼らにその場所を教えている。これでは自分は本当に、この森に出かける前に恐れていた『お荷物』でしかない。

「ボク、役に立っていません。」

 見るからにしょげてしまったディフに、アシアは、

「そんなことはないですよ。ジョイの指示に従って、きちんと正確に、木に紐を結び付けていたじゃないですか。」

 そう慰める。

「あの作業は、とても大事な作業なんです。セドリックや村の人たちが再び、この場所へ来ることができるための作業ですから。」

 アシアが言うように、森に入ってからここへ辿り着くまでの間、道々の木々にすでに等間隔に結び付けられていた紐が古くなっていたり、切れて落ちていたりしたところを、修復するかのように、ディフはジョイが指示するとおりに、新しく紐を結んできていた。

「結び目の方向も大事なのです。それによってどちらから来たのかが、わかりますから。」

 森の中は同じような景色が続く。森の奥へ入れば入るほど、木々が高く生い茂り、空が見えず太陽の位置がわかりにくくなる。陽射しを受けて落ちる木漏れ日の影から自分がどちらの方向を向いているのかがわかるようにも思えるが、木漏れ日の影は風に揺れる葉々によって、その位置を変えてしまう。

 この場所は、森の深部にまでは至ってはいないが、それでも、方向感覚を狂わしてしまうほど、深い場所だ。だから、自分たちがどちらの方向から森に入って進んできたのかが、わかるような目印が必要だ。でないと、戻ることができず遭難してしまう。

 ただ、村人たちはこの場所までは足を運んでいるようで、この道中は獣道のように細いが人の足で踏み固められ、人の手で下草や枯れ枝などが打ち払われていた。それでもそうそう入ってくることはないのだろう。この場所までの道中、先頭に立っていたセドリックは、手にしていた小鉈で獣道にはみ出してきていた枝や伸びてきていた下草を打ち払い、道を再生させながら足を進めていた。

「でも、ボク、みんなの足を引っ張っていませんか?」

 ジョイの指示通りに、紐を付け替える、または新しい木に結び付ける作業はこなしていた。ジョイにも正確で丁寧だ、と褒めてもらった。だけど、それだけだ。ここまでの距離の移動だけで、息が上がっている。体力が全くない証拠だった。多分、セドリックとジョイは、今回はディフの速度に合わせて移動してきたのだと、ディフは思う。ウルフはその行進速度がもどかしかったのか、先に行ってしまい、今はその姿は影も形も見えない。

 しょげてしまっているディフに、いつものように、大丈夫だ、とアシアが声をかけるのは容易い。しかしディフが、ディフ自身がセドリックやジョイの役に立ちたいと思い描いていた行動が取れていないのも事実で、その現実を突きつけられている。その彼に、口先だけの慰めは、効かないだろうと推察できる。

 ならば。

「ディフ。エイダから茶葉を摘んできて欲しい、って頼まれていましたね。この図鑑と照らし合わせながら、探してみましょうか。」

 僕が教えますよ、とアシアはディフが自分が役に立ったのだと感じ取れる作業を提案した。それがディフへ、エイダの遣いを遂行しよう、とのこの誘いだ。

 そのアシアの言葉に、ディフはうなずき、アシアの傍に寄る。アシアがセドリックから借りた図鑑を開き、近くに生えている葉と図と照らし合わせながら、その葉が何と言う名前なのか、文字とともに教えながら、その葉は茶葉として使えるのか使えないのか、をアシアは丁寧に易しい言葉でディフに教授する。

「この葉は図鑑には載っていませんが、茶葉ですよ。」

 アシアは葉の名前を口にしながら、木の枝で地面にその葉の名を書く。

「図書室の図鑑には載っているかもしれませんね。帰ったら図書室で調べてみましょうか。」

 復習も提案する。

 ディフは、はい、と言いながら、アシアが枝で地面に書いたその文字の下に、同じように枝で真似て書きながら、その名を復唱する。

 それをいくつか繰り返したところで、

「お待たせ。」

 と、ジョイが3人分の水筒に水を満たしたのを携えて戻ってきた。その後ろにはセドリックも居る。

「待たせたな。飯にしようか。」

 そう提案したセドリックに、ジョイが、

「ちょっと待って、父さん。その前に。」

 そう言いながら、セドリックが近付いてくるのを待ち、二人で何かを話し出した。漏れ聞こえてくる会話の内容から、これからの行動内容とタイムスケジュールの検討のようだ。そのジョイの姿は、いつもののほほんとした彼の姿ではない。セドリックに自身の意見を、何故そう考えたのかの理由も添えて述べている。

 ジョイはセドリックの息子だ。ひとり立ちは最近だ、とセドリックから聞いている。しかし、二人が並んで今後のことについて検討しているその姿からは、セドリックとジョイは対等の関係にディフには見えた。ジョイはセドリックの庇護下から外れた、一人前の大人ように見える。セドリックから信を得ており、セドリックもジョイの意見に耳をきちんと傾けて、その意見を検討する材料にしている。

 その彼らの姿が、ディフはとても羨ましく思える。何故ならその彼らの姿が、ディフがアシアとの関係の目指す姿だったからだ。

 ディフもアシアと、あのような関係なりたいと思う。親子であり、同士であり、お互いが支えあった関係。

 現在のアシアとディフのような、一方が一方を護るだけの関係ではなく、ディフもアシアの役に立ちたい。支える立場にいたいと願っている。

 そのためには、ディフもジョイのように一人前の大人として独立できるモノを身に付けなければならない。家のこと、農作物を育てることは、今までの生活からある程度のことはできる。けれども、あまりにも体力がない。ここへ来るまで、自分の身体を運ぶことで目一杯だった。まだまだ役立たずで、お荷物だ。何かのきっかけで、アシアに置いていかれる可能性はいまだ否定できない。

 捨てられたくない。アシアの傍に、ずっと置かせて欲しい。

 そのための努力を。字を覚えて、知識を得て、体力を付けて。『いらない子』に陥らないように。『いらない子』と認定されないように。

 その努力を、し続けなければ、ディフはいつまで経っても、ジョイとセドリックの関係のような構築を、アシアとは築けないと身に染みて感じた。


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