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お母さん、ってこんな感じなのかな、と、エイダから向けられる表情やディフへの対応から、そのようなことがちらり、とディフの脳裏を掠める。彼女から向けられる微笑や態度は、ディフの心をくすぐり、そわそわさせ、面映くさせる。エイダだけではなく、セドリックから向けられる表情も態度も、ディフを萎縮させるものではなく、ディフの心を暖かくする。ジョイもそうだ。彼はいつもにこにこと、ディフにたくさんの話をしてくれる。彼が不機嫌だったりディフへ怒ったりしたことは、今のところなかった。
ここでの生活は、今までディフが育ててもらった養親宅の家族からディフが受けてきたモノとは、全く違う。それはディフが養親や義兄にとって、異分子だったからだと思う。ディフは彼らの家族ではないからだ。
とはいえ、このセドリックの家でも、ディフは養親宅と同じ立ち位置だ。ディフはこの家の客人でも、ましてや家族でもない。『だんなさま』であるアシアに買われた、従僕の子どもだ。それなのに、セドリックやエイダ、ジョイ、ウルフまでも、あたかもディフはもともとこの家の家族だったかのように、ディフに接してくれている。このような扱いを受けることはディフは生まれて初めてで、どのように反応して良いのかわからない。彼らから受ける暖かな眼差しからわいてくる自身の感情も、どのように整理すれば良いのか、ディフはわからず戸惑っていた。
「じゃぁ、コップを洗ったら、そこの戸棚の下に、お弁当箱が入っているの。4個あるはずだから、それをテーブルに並べてもらえる?」
エイダのその依頼に、ディフは、はい、と返事をすると、早速コップを濯ぎ、エイダが指示する戸棚から、木で作られている蓋つきの長方形の箱を4個取り出しテーブルに並べた。
そのテーブルに、エイダが焼きあがった4個のバケットを並べ、そのバケットに切り込みをいくつか入れる。
「食べやすいように、サンドイッチにするわね。」
それぞれ違う食材で作られた料理が入っている4個の小さなボールも同じテーブルに並べて置き、エイダは手際よくバケットの切り込みにその料理を挟み、そして最後に食べやすい大きさにそのバケットを切っていった。
「お弁当箱の蓋を開けてもらえるかしら。」
エイダの次の指示に従い、ディフは木箱の蓋を開ける。エイダはそのうちの3個の中に、食べやすい大きさに切ったバケットを、丁寧に詰めていく。
「導師様の分は、これだと大きすぎるわね。」
残ったバケットはほんの少しで、それはアシアの分らしい。アシアはひと口程度しか食べないので、ほんの少しの用意で良いのだが、その量と弁当箱の容量が合わなくて、エイダはどうしようか思案している。
そのエイダへ、
「ボク、小さな木箱を持っています。持ってきますね。」
そう言うとディフはエイダの返事を待たずに、2階へ上がる。そして、すぐにその手に小さな木箱を携えて戻ってきた。
「これを使ってください。」
と、ディフからエイダへ差し出された木箱は、花の彫りで装飾されている、高級そうな綺麗な箱だ。
「とても素敵な木箱ね。ディフ、使って良いの?」
差し出されエイダが手にした小箱の蓋を開けてみた中には、なにも入っていない。空っぽの箱だ。この箱は多分、旅の道中でアシアが買い求めたものなのだろう。箱の中には何かが入っていたのか、それとも、もともと空っぽの箱を購入したのか。
どちらにしても、旅に必要とは思えない小箱を持ち運んでいるということは、これはふたりにとって大事な箱ではないか、とエイダは思う。
だから、
「導師様のお許しを得なくて、大丈夫なの?」
と、エイダは心配そうに訊ねるが、エイダのその心配に、ディフは、
「コレは、アシアからボクが貰ったんです。」
少し嬉しそうな表情で答えた。彼が浮かべるその表情から、ふたりの大切な何かの思い出の品物にエイダは受け取れる。
ならば、余計に使うことが躊躇われたが、
「アシアの物を容れるのだから、使ってください。」
ディフにしては珍しく、使うことを強く押してきた。
「じゃぁ、ありがたく使わせてもらうわね。」
ディフのその珍しい態度は、よほどこの箱を使って欲しい彼の気持ちの現れに思え、エイダは彼の気持ちを受け取る。ディフへ礼の言葉を述べながらありがたく受け取った小箱に布を敷き、小箱が汚れないように工夫をして、エイダはひと切れがひと口サイズのバケットを2切れ入れた。
次にエイダはバケットに挟み込めなかった、ボールの中にあまってしまった料理をスプーンで掻き集め掬い取る。それを今度はどうするのだろう、と、そのエイダの手際の良さを隣で眺めていたディフへエイダは、
「ディフ、口を開けて。」
と言いながら、そのスプーンを差し出した。
「え?」
ディフはエイダのその要求の意味がわからなかった。なので、エイダの要求にすぐに応えることができず、ぽかんとエイダを見上げる。
「残り物を捨てるのはもったいないし、味見も必要なの。導師様に、お口に合わない食べ物を差し上げるわけにはいかないもの。ディフの味の保障が欲しいの。」
口を開けて、とエイダは手にしているスプーンを再び差し出す。
これは、エイダが食べさせてくれる、ということだろうか。どうしようか、と、突然のことでディフの頭の中はぐるぐるとさまざまな感情が渦巻くが、エイダから差し出されているスプーンを無下に断ることも躊躇われ、目を瞑ってディフはエイダの言うがまま口を大きく開けた。その口の中にスプーンが差し込まれ、ディフは口を閉じる。
口の中に入ってきたエイダの料理は、やはり美味しい。
「どう?美味しいかしら?」
ふわり、と微笑って訊ねるエイダに、ディフはこくり、とうなずく。そのディフに、
「それは良かった。・・・こちらもどうぞ。」
と、残りのボールに残っていた料理も次々と、エイダはスプーンに掻き集め、エイダの手でディフに与えられる。
こんなふうに、誰かの手から食べさせてもらうことは、ディフは初めてで、エイダの手から食べさせてもらうこの行為は、とても照れくさくて、心が落ち着かない。ひとスプーンごとに料理の味をエイダから訊かれ、その味は美味しいものだとはわかるが、ディフはエイダの手で食べさせてもらっているこの行為で頭がいっぱいで、しっかりと味わうことができない。ディフがジョイの母親であるエイダから食べさせてもらっているこの様をジョイに見られたら、彼はとても嫌な思いをするのではないか、といった懸念も浮かんでくる。義兄はディフが養親から何かを与えてもらった所を目撃したときは、その日はディフに対して酷く当たってきていた。そのときの情景が、ディフの脳裏にちらりと蘇ってくる。
だから、今のこの状況をジョイに目撃されてしまうと、良くないことが起きるんじゃないか、という不安がわいてきた。
と。
そのとき、ウルフがひと吼えした。
ディフは慌てて口の中に入っている料理を飲み込み、ウルフのいる勝手口を見遣る。いつもならそろそろ、ジョイが勝手口から入ってくる時間帯だ。
しかし、そこにいたのは、
「ただいま、戻りました。」
と、アシアが収穫物を入れた麻袋を携え、厨房に入ってくる姿だった。ウルフはセドリックにしていたようにアシアに纏わりつくことはなく、ひと吼えしたきり大人しくきちんと座ってアシアの動向を目で追っている。
「森へ出かけるのですか?」
と、問いかけてくるアシアの視線は、エイダやディフに向けてではなく、食料庫の方を向いていた。そのアシアの視線を追うと、アシアの視線の先には、おかえり、と言いながら食料庫から空の麻袋をいくつか持って出て来たセドリックがいた。
「森へ行くって、よくわかるな。」
と、言葉は驚いているふうだが、表情はニッとしたいつもの笑顔だ。
「ウルフが、そう言っていますから。」
セドリックの姿を見ても、先ほどとは違い勝手口で大人しく座ったままのウルフを振り向いて見遣りながら、アシアが答える。
「ウルフは今朝、早くに戻ってきたかと思えば、うるさく森へ行くことを誘ってきてだな。早朝から大変なんだ。」
アシアの帰りを待っていたんだ、とのセドリックに、アシアがどういう意味かと首を軽く傾げた。そのアシアへ、
「アシア。ディフと森へ行くことを約束しているんだってな。今、森から帰ってきたところでなんなんだが、一緒にどうだ?」
と、森への同行を求めた。




