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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第7章

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 だから、かもしれない。アシアに置いて行かれる恐怖がいつまで経っても消えずにディフの中に常にあるのは。

 怖い。アシアに置いて行かれることが。

 何よりも、怖い。

 何故、ここまでディフは、アシアに縋ってしまっているのか。

 それはアシアが、ディフが出逢った大人の中で、初めてディフを殴ることがなく、それどころか食べ物を与えてくれた人物だったから、だろうか。ディフの言葉に耳を傾け、それに応えようとしてくれる姿だったから、だろうか。

 それとも声も姿も知らないディフの父、としての姿を重ねてしまったからだろうか。

「ボク、前はもっと早くに起きていました。だから、今はボク、遅くまで寝てしまっているんです。アシアは早起きしてもボクの目が覚めるまで、ボクを起こすことはないから。」

 養父母の家で世話になっていたときは毎日、陽が昇るかなり前にディフは起床し、家の中の仕事や農作業の準備を行っていた。その家の中で誰よりも早く起き、そして誰よりも遅くまで作業をしていた。そのときのことと比べると、今は十分な睡眠時間は確保できている。あの頃は、眠さが勝つかひもじさが勝つか、といった生活だった。今は陽が昇った頃に起床してしまっても、誰もディフを怒らない。怒らないどころかエイダはもっと眠っていて良い、と言う。そしてそのようなディフに、美味しい食事を三度も与えてくれる。時々『おやつ』と言って、食事以外の時間にも、何か食べ物をくれていた。

「そうなのね。」

 ディフのその答えにエイダは、彼が『導師 アシア』の都合に合わせて睡眠時間を削るようなことをしていない、と確信した。そもそも、もともとエイダも、あんなにもディフを大切にしている『導師 アシア』が、ディフの健康を損なうようなことを求めるとは、微塵も思ってもいなかった。ただディフからの言質を取ることでエイダが安心したかっただけだ。

 エイダはディフに、理解したといった返事として再び柔らかい微笑みを向けると、

「じゃぁ、まずは、お顔を洗っていらっしゃい。」

と、彼の身体をくるりと勝手口の方向へ向け、そう言いながらその背を軽く押す。

 エイダから優しく背中を押されたディフは、はい、と返事をして勝手口へと足を向けた。

「もしかしたら、ウルフが纏わり付いてくるかもしれないけれど、気にしないで。」

 その言葉にもディフはうなずくと、勝手口から出て井戸へと足を運ぶ。

 エイダからそのような注意を受けたので、ウルフがディフの足元に、先ほどセドリックにしたような纏わり付きをしてくるのかと半分期待していたが、ウルフは自身の横を通るディフをちらりと見ただけで、勝手口の扉付近に座ったままだった。ディフが井戸水で顔を洗い、戻ってきたときも、ウルフはやはりディフをちらりと見ただけで、セドリックへしていたようなことをディフにはしなかった。

 ウルフのその態度にちょっぴりがっかりしながらディフは勝手口から厨房へと入ると、こちらへいらっしゃい、と笑顔を浮かべてテーブルの傍で手招きをしているエイダと、食料庫での仕事を終えたのか、その椅子に座り香茶が入っているのであろうマグカップを口に運んでいるセドリックがいた。

「香茶が入ったの。」

 と、エイダは空いている椅子へとディフを誘う。

 そうは言われてもこの状況から推測するに、ディフはセドリックやエイダが働いている間、惰眠を貪っていたのだと思う。だから、ディフはセドリックとエイダと並んで香茶を飲むことよりも、働く方が優先だと思い、ボクは、と言ったままテーブルへ近付けず歩みを止めてしまった。

 そのディフへ、

「起きたばかりで喉も乾いているでしょう。」

と、エイダは柔らかく笑んだままセドリックの斜め向かいの空いている椅子へと誘うが、ディフは戸惑いの表情を浮かべて佇んだままだった。

 ディフがこの家に来て4日目だ。そろそろセドリックやエイダに慣れても良い頃合なのに、ディフは未だ遠慮がちだ。セドリックもエイダもジョイも、ディフに対して無意味な叱責などしてはいないのに、彼には大人に対しての怯えが常に見え隠れしている。

 セドリックから聞いていたディフの生い立ちから鑑みると、ディフが大人たちに心を開くことは、一朝一夕にはいかないのだろう。10年にも満たないであろう彼の人生であっても、周りの大人から虐げられたことによってできてしまったこの子どもの傷を癒すには、まだまだ時間がかかるということに思えた。そうそう簡単にはいかないようだ。

「でも、ボク。」

 と、エイダの誘いに躊躇い佇むディフへ今度はセドリックが、自身が持っているマグカップを掲げると、

「エイダの淹れた香茶が美味いのを、ディフも知っているだろう。このあと、ディフには手伝ってもらいたいことが山積みだからな。まずは香茶を飲んで、まだ寝ているその身体を起こしてくれ。」

人懐こい笑顔を向けて、自分の傍に来るよう誘う。香茶を勧める理由は、ディフに働いてもらいからだ、とセドリックは言葉にする。そこでようやくディフはうなずき、テーブルへと足を向けるとセドリックの斜め向かいの椅子に座った。

 目の前にあるマグカップに入っている香茶を、エイダから、どうぞ、と改めて勧められ、ようやくディフは口をつける。ひと口飲んだその香茶は、昨日まで飲んでいた香茶とは少し違い、なんとなく柑橘系の香りがした。

「この香茶、なんだか今までのとは違う味がします。」

 ひと口香茶を口にしたディフがそのようにぽろり、と感想をこぼすと、ディフの隣に椅子を置いて座って、一緒に香茶を口にしていたエイダが、

「一昨日、導師様から教わった香茶なの。」

美味しいでしょう、と微笑って答えた。

 エイダのその答えに、アシアから?とディフは呟き、たちまち嬉しそうな表情を浮かべる。

 彼の浮かべるその表情から、彼がどれだけアシアのことを慕っているのかが、本当によくわかる。ディフはアシアへもかなり遠慮がちのようにも見えるが、それは彼がアシアのことを慕っているところからくるもので、セドリックやエイダたちへの遠慮の意味合いは違う。

「今日もアシアは森へ出かけたのか?」

 とのセドリックの問いに、ディフはうなずく。それにセドリックは、そうか、と言うと、一拍置いて、

「ディフも森へ行きたいか?」

と続けて問うた。

 森へは、この家に来た初日に、ディフはそのつもりはなかったが、アシアが連れて行ってくれるとの約束をしてくれていた。だから、行きたいかといえば、行きたい部類になるのだろうが、それはアシアと一緒、という条件付つきだ。ただ、この家で、そして図書室で見た図鑑から、植物に興味が惹かれているのも事実で、行きたいか、と問われれば、行きたい、と思ってしまう。

 なので、セドリックのその問いにディフは小さくうなずいたが、あの、と言葉を続け、

「アシアが、一緒に行こう、ってボクと約束をしてくれていて。」

と付け足した。

 ディフのその答えに、セドリックは、そうか、とニッと笑う。そして勝手口に座り、おそらくセドリックを待っているのであろうウルフを見て、彼の名を呼ぶと、

「準備にはもう少しかかる。もう少し待て、ウルフ。」

と、声をかけた。そのセドリックの言葉に対してウルフは立ち上がると何度か吼える。加え、落ち着きなくその場をウロウロとし出した。

「アシアが戻ってくるのも、待たないとな。」

 そう言うとセドリックは一気に香茶を飲み干し、

「ディフにはエイダの手伝いを頼んだぞ。」

立ち上がりディフの髪をくしゃり、と撫でて、食料庫へと再び入っていった。

 その様子から、セドリックは食料庫での作業の途中で香茶を飲みに出てきたようだ。それは、セドリックが仕事をしたままだとディフが遠慮をして香茶を飲まないだろう、といったエイダとセドリックの配慮、からだ。

 ディフも喉が渇いていたこと、また、香茶がディフにとってちょうど良い温さになっていたこともあり、セドリックに倣い一気に飲み干すと、

「ボク、コップを片付けます。あと、何を手伝ったら良いですか?」

セドリックが置いていったコップと自身のコップを持ち、椅子から立ち上がった。

 そのディフへエイダは、

「今朝、帰ってきたウルフがね、セディを呼んでいるの。だから普段と段取りが違うの。」

ディフは気にしないでいいの、と微笑みを向けてくる。

「でも、手伝ってくれるのは、助かるわ。」

 ありがとう、と言うエイダの表情は、ディフにとってはやっぱり面映くなるものだった。


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