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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第6章

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 図書室の玄関扉を開けると、からん、と昨日と同じように鐘の音が図書室内に響く。

「いらっしゃい、ディフ。」

 その音に奥の棚で何か作業をしていたイリスが振り返り、セドリック、アシア、ディフを視認すると、昨日と同じく無邪気な笑顔を向けてきた。

 そのイリスへ、セドリック、アシア、ディフがそれぞれ挨拶を返し、イリスに招かれるまま図書室の中に入った。

「導師様、村長さん。昨日は素晴らしい食材をありがとうございました。アルとソフィーとともに美味しくいただきました。」

 まずイリスが、昨日分けてもらった食材の礼を口にする。

「ソフィーはもちろんのこと、アルも初めて口にするものが多くて、とても喜んでいました。」

と、本当に嬉しそうにイリスは笑う。

 この村は国境となる山の麓にあり、その山の裾野から広がる森に囲まれている土地だ。森の食べ物など珍しくもないだろうに、とアシアは思うが、

「森にはなかなかと食材を探しに行けないからな。」

と、セドリックもアシアの隣でイリスの言葉にうなずいた。

「森へは、行くことがないのですか?」

 アシアのその疑問に、セドリックは、

「行くことは行くが、村人何人かで連れ立って、だな。単独では難しい。気軽にひとりで森の奥深くに入るのは少し無謀だ。」

アシアだから単独行動ができるんだ、と肩をすくめてそう答える。

 森は恵みを与えてくれるが、その恩恵にあずかるのは人ばかりではない。森にはさまざまな動物も生息しており、それら恩恵にあずかるための弱肉強食の世界が繰り広げられている。人も森の中にいったん足を踏み入れればその原則に否が応にも従わざるを得ない。弱者とならば襲われ、命を落とすこともある。それがこの地で生きる、自然の摂理だ。

「人は独りだと森に生息する獣に敵わないからな。森へ食材を採りに行くときは武器を携えて、何人かで連れ立って行っている。陽の高い時間帯で、村に近い入り口付近なら独りでも大丈夫なんだが、それだと珍しい物は採れないからな。」

 少し眉間にしわを寄せ、難しそうな顔で語るセドリックのその言葉に、

「でも、村長さんはウルフがいるから、時々、独りで入っていらっしゃるでしょ?」

と、イリスが異を唱えた。

 イリスの言うようにセドリックは時々、ウルフを供に、独りで森に入っていることを村人の誰もが知っている。そして、森の奥で採ってきたさまざまな食材を、村人に分配したり行き来のある隣村や時折やってくる行商人へ売ったりすることで、それを村の運営のための資金源としていることも、誰もが知っていた。

 それにはセドリックは頭をかきながら、

「まぁ、ウルフの気が向いたときだけだな。ウルフがいなければ、俺も独りでは無理だ。」

と苦笑する。

 そう言えば昨日、セドリックがアシアをロイに引き合わせたときに、ロイが手渡された食材を見て、ウルフと一緒に森へ行ったのか、と彼がセドリックへ訊ねていたことをアシアは思い出す。

 確かに森には森に住む者たちの掟があり、その中で人の命が最優先されることは絶対にありえないし、人のルールが適応されることもない。郷に入れば郷に従うしかない。ウルフが供としていても、単独で森の奥深く入っていくことは、危険が伴うことではないだろうか、とアシアがそれらの話から心配げな表情でセドリックを見遣ると、

「森の奥深くに単独で入るときは、ウルフが森へ俺と一緒に行きたい、と誘ってくるときだけだ。俺からウルフへ森へ行くことを誘うことはない。」

と、アシアの心配顔にそう答える。

 ウルフが?、と訊き返すアシアに、セドリックはうなずくと、

「ウルフだけで森に帰ることが多いんだが、たまに、俺を連れ立って行きたがるんだ。ウルフと一緒に森に入ったときには、今まで一度も危ない目にあったことはないし、反対に多くの収穫が得られるので、助かっている。」

不思議なもんだ、と言う。

 それはセドリックに命を助けてもらい、そして現在世話になっているウルフなりの恩返しのつもりなのだろう、とアシアは推測する。

 そのウルフは昨夜、アシアが部屋に戻るとディフの隣をアシアに譲り、部屋を出て行ったきりそれ以降見かけていない。セドリックは、森へ帰ったか村の見回りにでも行っているのだろう、と今朝、ウルフがいないことに心配顔のディフにそう語っていた。

「今日は、ディフは文字の練習でもする?」

と、イリスが少し屈み、アシアと手を繋いで大人しく大人たちの話が終わるのを待っているディフに、声をかけた。

「導師様や村長さんは、読書なさいますか?」

 イリスのその言葉かけに、セドリックは、すまない、と首を横に振ると、

「このあと、利き茶をしている集会所へアシアと一緒に行くことになっている。」

エイダが先に行っているんだ、と申し訳なさそうにイリスの誘いを断った。

 そのセドリックの言葉に、少し目を見開き、

「あら、じゃぁ、ディフもそちらへ?」

と、残念そうなイリスに、ディフは首を横に振ると、

「ボクは、字を教えてもらいたいです。」

と、イリスを真っ直ぐ見て答える。

 今朝、ディフが朝の手伝いを終え、朝食をアシア、セドリック、エイダと一緒に摂っているときに、今日はこのあと残りの家の仕事を済ませたら、アシアとセドリックとエイダは利き茶へ参加する旨をディフは聞いた。ディフも参加するか?、とアシアとセドリックから誘われたが、昨日、イリスと約束したこともあり、ディフは図書室に行くことを希望した。

 ディフは本当は、アシアと一緒にその利き茶が行われる集会所へ行きたい。けれども、セドリックの話からはその利き茶は、大人たちの歓談の場になっているようだ。そこに子どもでアシアの従僕であるディフが参加をしても、大人たちの邪魔になるだけだろう。

 それにディフは勉強をして知識を得て、アシアの役に立ちたいという思いのほうが強かった。先日、セドリックから、アシアと同じように空を飛ぶことができなくても、たくさん勉強すればアシアの役に立つことができる、と言ってもらったばかりだ。そのためにはまずディフは、文字を覚えることからはじめなければならない。幸運なことにこの村に滞在している間は、イリスが文字を教える、と言ってくれている。セドリックの家の手伝いの次にディフがしなければならないことは、アシアの後を付いてまわることではなく、文字を覚えることだとディフは、そのように考えるようになった。

 ディフからのその要望にイリスは満面の笑みで応えると、

「では、ディフをお預かりしますね。」

と、保護者であるアシアへ断りを入れ、部屋の中央に位置する机へとディフを誘う。

 よろしくお願いします、と言うアシアと、

「終わったら迎えに来るからな。」

と、セドリックは、机へと足を向けたディフへいつもの人懐こい笑顔を見せて片手を挙げると、ふたりは揃って図書室から出かけて行った。

 残されたディフはイリスに誘われるがまま、机に近付き椅子に座る。そして、きょろり、と意識せず、部屋の中を見渡していた。見渡してみた部屋の中は誰もおらず、この部屋に居るのはイリスとディフのふたりだけのようだった。

「昨日居た子らは、今日は来ていないのよ。」

 ディフのその様子に、図書室の奥の棚から、何かを取り出しながらイリスがディフへそう声をかける。

「毎日、来ないのですか?」

 その、ディフからの問いに、イリスは棚から取り出したモノを持って近付きながら、

「彼らも家の手伝いがあるから、毎日は難しいわね。」

と、言いながら、その手に持つ50cm四方の板のようなものをディフの目の前に置いた。

「でも、この村には彼らのほかにもたくさん、彼らと同じくらいの年齢の子どもたちが居て、入れ替わりでこの図書室に勉強しに来るから。ディフが毎日、この図書室に来てくれれば、そのうちの誰かとは会えるわ。」

友だちができるわよ、と、子どものような無邪気な笑顔をディフに向ける。

 その言葉は、彼女は、昨日の別れ際のことを言っているのだ、とディフは察した。あの場面で、ディフ自身が持った感情をどう扱い、表現すれば良いのかに戸惑っていたことに、彼女はやはり気付いていたのだ。気付いてあの場の空気を敢えて変えてくれた。

 それでも昨日の今日の話だ。ディフはやはりどのような表情を大人に見せれば良いのかがまだ解らず、イリスの言葉に、はい、と小さく返事をして少し顔を伏せた。


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