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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第6章

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 『人』から放たれる黒い部分を浴びることがアシアは正直に言って、イヤ、なのだ。でき得れば避けたい。だから、『人』が多人数集まる場所にはアシアは赴きたくなかった。ノアはなぜ、あの黒い部分を浴びせられても平気なのかが、アシアはいつも不思議だった。

 しかし、それは『導師』としての責務を投げ出していることになる。だから悩んでアシアなりに考え『導師』としての責務と、『人』から求められる『導師』像から導き出したのが、先ほどのエイダへ向けたアシアのあの対応だった。

 『人』よりも魂の存在が上位である『導師』として『人』から求められる『導師』像。こうあるべきであろう、といった『人』からの期待。それに応えなければならない、といった考えがアシアの中にはあった。

 『人』を導くべき上位の存在である『導師』が『人』と交わることがイヤだ、といった感情を表立って見せてはいけない。『人』が求める『導師』としての立ち居振る舞い。けれどもアシアは、『人』とはあまり交わりたくない。角が立たぬようやんわりと拒絶するが、傍からは拒絶されたように思わせない技として使うようになったのが、ふわりとした、人の好さそうな、あの笑顔だった。愛想がない、と苦言されて以降、ふわりと微笑むことでそのようなことは正面きって言われることはなくなり、誰からのトラブルにも巻き込まれることがなくなった。うまく立ち回ってきていた。

 なのに。

 アシアの前に座っているセドリックは、おもむろに手に持っているマグカップを机に置くと、アシアを真剣な表情で見据え、

「アシア。それはお前の本音、か?」

静かにそう問いかけた。

 問いかけられたアシアは、

『もちろんです。』

そう答えようと口を開いたが、なぜかその言葉が出てこなかった。

 代わりに出た言葉は、

「なぜ、そう思うのですか?」

と、反対にセドリックへ問いかける言葉だった。

 アシアから反対に問いかけられたセドリックは、そうだな、と言うと、

「最初に、アシアと出逢ったあの宿屋での、俺とのやり取りのときに見せたアシアの表情と今、同じだったからそう思ったんだが。違うか?」

あのとき、俺を拒絶していただろ?、と苦笑する。

 セドリックのその言葉に、アシアは思わず目を見開き、とても驚いた表情をしてしまった。それは、セドリックの言うことが的中しているといった、返答となってしまった。

 まさか、勘付かれていたとは思ってもいなかった。今まで、指摘されたことがなかったから、誰からも気付かれていないと思っていた。『人』とはうまく対応できている、と思っていた。

 これはセドリックだから、見抜かれたのだろうか。それとも、今まで出逢ってきた『人』たちにも、本当は見抜かれていたのだろうか。『人』たちはアシアの気持ちに気付いた上で、接してくれていたのだろうか。

「いいえ。違いません。」

 驚いた表情のままゆっくりと、アシアは正直に頭を振る。ここで、いつもの微笑で誤魔化すことなどはできないと思ったからだ。

 そのアシアにエイダが小さな声で、ごめんなさい、と謝罪の言葉を呟いた。その言葉を拾ったアシアはエイダを思わず見遣る。

 エイダに気を使わせてしまった。

 エイダの謝罪は、先ほどの利き茶へアシアを誘ったことだろう。ただ誘っただけではなく、懇願してしまった、彼女の行為についてだろう。

 しかしこの状況で、エイダがアシアへ謝罪すべきところがあっただろうか。エイダからアシアへの謝罪は必要ない。エイダが謝ることなど、何もない。アシアはそう思い、エイダに向けて頭を振る。

「僕は香茶に関して誰よりも精通している、と自負しています。だから、利き茶に興味が惹かれたのは、本当です。エイダからのその誘いは、嬉しいのです。」

と、優しく微笑う。

「エイダのその僕への謝罪は、必要ありません。反対に、エイダに気を使わせてしまったことに、僕が謝らなければなりません。」

 エイダに頭を下げるアシアにセドリックが、

「アシアが『人』の集まりの中に入るのが疲れるのなら、明日の利き茶ではなくて、別日を設けて2、3人の集まりにするか?アシアの香茶の知識の伝授は、俺も願いたいからな。」

どうだ?、と別途案を示す。

 セドリックのその提案にも、アシアは首を横に振った。

 セドリックにも気を使わせてしまっている。それは、アシアが『導師』だからだろうか。それとも、彼の『友人』としての立場だからだろうか。

 そう考えたところで、アシアは軽く目を伏せた。

 つまらないことに、思考を走らせてしまっている。だから何なんだ、と己に苛立つ。それは『導師』という身分を外した、たんなる『アシア』という自分に自信がないからだ。だから瑣末なところが、気にかかってしまう。情けなさの感情がわきあがってくる。

 その、自身へ向けた苛立ちの感情に気付いたアシアのその脳裏に、昼間の、セドリックとの出来事が蘇ってきた。

 再び、己が感情をコントロールできず、『導師』としての感情を、『人』にぶつけることはもう許されない。セドリックとエイダにぶつけてはならない。あの時の、セドリックとの約束事を思い返す。コントロールできるよう努力する、と言ったではないか。

 彼らとのこの良い関係を壊したくない。

 アシアは大きく息を吸い、そして静かにゆっくりと息を吐いた。

 自身へ向けた感情は、自身の中で処理すべきだ。他人へ向けるべきではない。処理をしてその中で最後に残ったものが何なのかを見極め、言葉で表出すれば良い。

 ノアのように、導師としての気を表出せずに、感情だけを表出する術は、未だ持つことができていないのだから、今はこの方法が一番良いようにアシアは思う。

 『人』であるエイダが実際にそうしている。彼女が子どもたちに叱るときは、いったんその感情を呑み込んでいる、とセドリックは言っていた。

 このようにセドリックの一家と接してみて、『人』から学ぶところが多いことにアシアは気付く。『導師』は『人』を導く存在だ、と気負っているが、このように『人』から学ぶべきところは多々あるのだ、と。

 だからノアはアシアへ『人』と積極的に交われ、と言っているのだろうか。ノアがアシアへそう説教するのは『導師』が『人』を導く存在だからだ、とばかり思っていた。この箱庭を維持するために『人』を導くのが『導師』の役目であり、それを成すためには『人』と交わらなければならないから、そう言うのだと思っていたが、理由はそればかりではないのかもしれない。

「明日の利き茶へは、僕は許可が得られるのなら、参加したいです。」

 伏せていた目を上げ、セドリックをエイダを琥珀色の瞳で見遣ったアシアは静かにそのように答えた。

 香茶は好きだ。それを誰かに教えることも、以前からアシアがしてみたかったことだ。しかしそれはオウカ国の、アシアとノアが住む森でしか採取できない茶葉では、アシアがやりたかったことは現実的にできないことだった。けれどもこの村ではアシアたちが居を構えている森と同じような茶葉が採取でき、そして、村人たちが好んで飲用している。その村人であるエイダやセドリックがアシアの配合した香茶を飲み、アシアの知識の伝授を希望している。また、香茶として利用しているこれら茶葉は、使い方によっては薬にもなる。そのことについては、彼らは知らないように見受けられる。それらを含めて、アシアは彼ら『人』に伝えたい、と思った。

「無理をしているわけでもないです。」

 何か言おうと口を開きかけたセドリックを制して、アシアはにこりと笑んで言う。

 無理は、していない。『導師』だから、といった気負いだけでもない。アシアがしたいこと、したかったことがきちんとその中には含まれていることを、今、アシア自身が確認した結果の答えだった。

「なら、良いんだが。」

 セドリックは窺うような表情でアシアを見る。無理をしていないか、と探ってみるが、今のアシアが浮かべている笑顔に胡散臭さは伴っていない。

 しかし、

「俺はアシアに無理をしてもらいたくないからな。アシアが気乗りしないことをさせたくない。『導師』だから、といった使命感だけで、アシアがイヤなことをしてもらうつもりは、俺は毛頭ないからな。」

と、念押しでセドリックはアシアへ向けてそう告げる。隣に座っているエイダも、セドリックの言に大きくうなずいた。

「『導師様』以前の、私たちの大切な『アシア』様ですもの。」

 エイダがアシアへ向けたその表情と言葉は、なんとなくノアに似ている、とアシアは思った。容姿はエイダとノアは共通する部分は、全くといっていいほど見当たらないのに、彼女が発した言葉の雰囲気とその表情は、ノアを彷彿させるものだった。

「ありがとう、ございます。」

 それは『導師 アシア』ではなく『アシア』に向けて発せられた言葉であり表情だと、アシアは受け止めた。初めてアシアが『人』から『アシア』へ向けられた、感情だった。

 その感情を受けたアシアは、戸惑いと、嬉さがアシアの心の中を埋める。

「なら、明日、ディフを図書室へ送った後、集会所へ行こうか。」

 声をかけられアシアがセドリックを見ると、彼はいつもの人懐こい、アシアの好きな笑顔を浮かべていた。


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