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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第6章

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 アシアのそばでアシアの茶葉を選定する手つきを見つめるエイダと、そのアシアとエイダの間からふたりのやり取りを覗き込むセドリックからは、アシアに対する恐怖心は窺えない。距離感は今までと一緒だ。

 セドリックはあのときの直後でさえ、『気にするな』といった態度だったのだ。アシアへの恐怖心を上手くコントロールしているのか、あのことがあった後でも『友人』といった科白を口にする彼のお人好しさからくるのか。今のセドリックのアシアへの変わらない態度はある程度予測はできていたが、エイダはそうはいかないだろう。セドリックからあのときの出来事を聞いていれば、アシアに対して今までのような態度と変わらず接することはできないのではないかとは思う。

 が、エイダもアシアに対しては、最初から媚びることも諂うことも怯えることも畏れることもなく、敬いはあるが普通に接してくれていた。しかも、ディフが絡むことになると、アシアに対してさえ静かな怒りを見せたのだ。彼女は芯の強い『人』だと思う。『自分』をしっかりと持っている『人』だとも思う。そのような彼女だからもしかしたら、エイダもセドリックからあのことを聞かされていても、態度を変えることはないのかもしれない、といった楽観的な憶測もアシアの中には浮かんでくる。

 どちらにしても、アシアはあのときの出来事をこのふたりと向き合って話がしたかった。いつも美味しい香茶を淹れてもらっているお返しだ、といった口実で、その機を得たかった。

 つまり、アシアはふたりに懺悔することで、あのあとからいつまでもこの心に重くのしかかっている何かを、軽くしたいだけかもしれない。

「香茶、入りましたよ。」

と言いながらアシアが、セドリックがテーブルの上に整えていたマグカップに香茶を注ぎ入れると、エイダがそれらをトレイに載せる。セドリックがそのトレイを持ち、3人で居間へと移動した。

 それぞれの定位置になってしまった椅子にそれぞれが腰掛け、アシアが淹れた香茶にセドリックとエイダが感謝の言葉とともに口にした。

 口に含んだとたん、

「あら、本当に、いつもと少し香りが違いますね。」

と驚くエイダと、

「手馴れたもんだな。」

と、先ほどのアシアの香茶を淹れる手際の良さに感心するセドリックに、ノアから叩き込まれていますから、と、

「僕も香茶は好きで試行錯誤をしています。だから、機会があれば誰かに振舞いたいんです。」

口に合ったようで良かったです、とアシアは嬉しそうに微笑う。

 そのアシアの言葉に、なぜかセドリックとエイダは、申し合わせたように同時にお互いが顔を見合わせた。彼らのその態度にアシアは、自分は何か彼らにとって引っかかる単語でも言ったのだろうか、と気にかかった。もしかしたら、昼間の出来事と関連する言葉でも言ったのだろうか、と。それならば、あのときの話をする今がそのきっかけだと、口を開きかけたが、

「なら、明日、好き寄りで香茶の利き茶をするんだ。アシアも参加するか?」

と、セドリックの口からは、アシアの思っていたこととはまったく違う言葉が発せられた。

 てっきり、責めの言葉でも聞かされるのだろうか、と少し身構えていたアシアは、利き茶?、と、少し驚いたような表情で首を傾げ訊ねる。

 アシアのその問いに、セドリックは、あぁ、と答え、

「この村はアシアも知っているようにそれぞれの家で香茶を淹れていて、それぞれの家の味があるんだ。誰もが、自分の家の香茶が自慢で、そして、他の家はどのような香茶を飲んでいるのかも興味があってだな。それなら、一堂に会して利き茶を開いたほうが手っ取り早いんじゃないか、となって、随分前から集まれる者がそれぞれの香茶を持ち寄って集まり、参加者に振舞っているんだ。」

そこへアシアも参加しないか、と誘う。セドリックの隣でエイダも、是非とも、と言う。

 セドリックはセドリックで、どうすれば自然に、アシアが村人たちと接することができるだろう、と考えていたところだった。今日は図書室まで案内し、その道中で村人たちがアシアと触れ合う機会が得られれば良い、と思っていたが、アシアはフードを目深に被り、『人』を拒絶するような出で立ちだった。案の定、村人たちの誰もが、アシアへ声をかけることはなかった。ちらちらと、畑作業をしながらセドリックたちを窺い見るその様子から、彼らは気にはなっているのだと思う。関心がないわけではない。声をかけたいはずだ。『導師様』と話がしたいはずだった。

 村の者たちは『導師様』に興味がない訳ではない。この村は導師に導かれ拓かれた村、として代々語り継がれている。そのことから、むしろ興味深々だ。ただ、それは良い意味でも悪い意味でもだ。アシアが『導師』を騙っているたんなる『人』だ、と疑っている者は確実にいるし、反対に崇め、ひと目、拝顔したいと願っている者もいる。それらのことから、村の者たちはアシアに声をかけ話してみたい、と思っているはずなのだが、フードを目深に被ったあの出で立ちでは、声をかけにくい。

 『人』から距離を置きたがっているアシアと、『導師様』と親しくなりたい村人と、どのように接する機会を設ければ、自然と彼らは交わることができるのか。セドリックは図書室から帰ってきてから、エイダにアシアの様子を話し、相談を持ちかけていた。その相談の中で、利き茶についてはエイダの提案の中のひとつにあった。

 今までの様子から、アシアは香茶がとても好きなことは解っていた。だから、利き茶について切り出すのは簡単なことで、アシアはたぶん、今夜もディフを寝かしつけてから階下へ降りてくるだろうとセドリックたちも予測していた。そのときに、香茶を飲みながら、話題を持ちかけようとは思っていたのだが、期せずしてアシアの方から香茶の話が出てきた。

「この間、アシアが『家族会議のあとに』といって配合してくれた香茶があっただろ?アレを我が家の新しい香茶として明日、エイダがそこで参加者に振舞う予定なんだ。もともとアシアが配合を教えてくれた香茶だ。だからアシアも出席しないか?」

 開催される時間帯は、村人の皆がだいたい、家の用事や畑作業がひと段落した午後からとのことで、割と頻繁に開催されていることから、毎回10人までくらいといった、少人数の集まりだとセドリックは言う。

「女性の参加率が高いのが特徴だな。奥方達のお茶会、サロン、になっていることは否めないが。」

 セドリックの話から、そこは村の情報交換の場にもなっているようだ。

「導師様が先生役として、香茶に関する講習を皆にしていただけると、とても嬉しいのですが。」

村の皆は本当に香茶が好きですもの、とエイダは懇願する表情でアシアを見る。

 香茶に関しての話をすることなら、アシアにとって全然構わないことだ。得意分野である分、気負うことなく話をすることはできる。むしろ、香茶に関することとなると、アシアにしては珍しく話し出すと止まらなくなるため、むしろそちらの方が懸念されるくらいだ。

「僕でよければ。」

 エイダから請われ、考えることなくアシアの口からするりと出たのは快諾の言葉だった。

「ありがとうございます。」

と、とても嬉しそうなエイダの笑みから、アシアは自分が諾の返事をしたのだと、初めて気が付いた。

 快諾の返答をした自分に、アシアは戸惑いの表情を一瞬見せる。しかし、それは一瞬だけで、すぐにふわりと微笑むと、

「喜んで。」

と、言葉を続けた。

 しかしそれは、取り繕い、だった。アシアの今まで過ごしてきた、身に染みている習慣だった。『導師』としての、こうあるべき、といった振る舞い、だった。

 アシアは本当は、多人数の『人』の中には入りたくなかった。『人』から『導師 アシア』に向けられるものは、好意や敬いばかりではない。媚、諂い、恐れ、畏れ。場合によっては、アシアを己が欲望を果たすための道具として、取り込もうと算段する者もいる。『人』は単体や数人程度なら、『人』より魂が上位である『導師』に対して、陰の感情を表に出す者はほぼいない。なのに、それが集合体となると、本来なら人格が良い者でも陰の発する『人』に引きずられてしまい、大きな黒い影となり、アシアに近付くモノと成り果てる。

 アシアは、『導師』は『人』を導く立場であることは、重々解っている。

 ノアからも散々教えられてきたし、物心ついたときから、そのような考えや思いがアシアの芯のところに強く強く存在していた。その『導師』としての責務から『人』とは積極的に交わらなければならないのだが、『人』の黒い部分に対しては、いつまで経っても慣れることができなかった。

 『人』とはそういうモノだ、と、アシアがオウカ国のアシアとノアが居を構えている森の奥にある、アシアがとても気に入っている池のほとりへ、何かイヤなことがある度に引きこもるアシアのところへ足を運んでくるノアからは、度々そう説教されていた。その『人』を導くべき立場が『導師』なのだ、と。この箱庭をこの先、永遠に構成し続けるために、『人』を創造主が望む方向へ導かなければならないのだと、ノアからは聞き飽きるくらい散々聞かされてきた。

 ノアから説教を受けるまでもなく、物心ついたときから、誰から教わったわけでもないのにアシアの心の奥底に、この箱庭における導師としての役割としての考えは根付いていた。だから、理性では理解できている。しかし、感情がどうしても拒絶してしまう。


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