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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第6章

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 夕食の片付けを終えて、アシアとディフはセドリックたちに就寝の挨拶をして2階の部屋に戻った。なぜか今夜はウルフがそのふたりの後に付き添い、彼らの部屋に入ってくる。

「ウルフは今夜は、ボクたちと一緒に寝るの?」

と、自分たちの後に付き、部屋に入ってきたウルフに話しかけるディフは、瞼が落ちかけていて、もう眠そうだ。

「ディフは今日も帰ってからたくさん、お手伝いをして、疲れたでしょう。今夜はこのまま、もう寝ましょうか。」

 アシアが言うように、ディフは図書室から帰ってから休むことなく、セドリックやエイダ、ジョイの後ろについて、図書室で過ごした時間を取り戻すかのように、彼らの手伝いを積極的にこなしていた。

 そもそもが今日も朝から色々な出来事や体験、それらによって今まで持ったことがなかった感情がディフの心の中を席巻し、それら感情の処理のための疲れもあった。なので、アシアのその言葉にディフはうなずくと、上着を脱いでベッドに潜り込んだ。

 当然、アシアもディフとともに、もう眠るものだ、とディフは思っていたのだが、アシアはディフが横になったベッドに端座位を取ると、横になっているディフの髪を優しく梳く。

「アシアは、眠らないのですか?」

 優しく髪を梳かれる心地良さと、昼間の疲れとで、たまらずうとうととしながらも、ディフは少し不安げにアシアにそう問いかけた。

 それにアシアはうなずくと、

「今夜はこのあと、セドリックと少し話がしたいので、ディフが眠ったら僕は階下に降りますね。」

昨夜とは違い、今夜はセドリックと話をするために再び居間に戻ることをディフに告げた。そして、その代わりに、と、

「今夜は僕が戻るまで、ウルフが一緒に寝てくれるそうですよ。」

うとうとしながらも、少し不安げな表情を浮かべるディフへそう答える。アシアのその答えにウルフは軽く吼えると、ディフの眠るベッドに登り、ディフの隣にその身体を横たえた。

 アシアが眠らないのなら、ディフも眠らず起きてアシアの帰りを待っていなければならないだろう。アシアが階下へ降りるのなら、それに付いて行きたい。しかし、この部屋にいったん戻ってきてからわざわざ階下へ降りるというのは、アシアはディフ抜きでセドリックと何か話がしたいのだと、ディフは思う。その内容は何なのか。ディフに聞かせたくない、ディフに関する内容なのだろうか。ディフの心の中に疑心が生まれる。

『アシア、戻ってきてくれますか?』

 ディフはアシアへそのように訊ねたかった。アシアがそばにいないことは、やはり不安だった。置いて行かれるのではないか、と根拠のない不安はいつまで経っても、小さくはなっているが、払拭はされない。

 けれども、毎朝アシアは陽が昇る前後に目覚めたディフと朝の挨拶をきちんと交わしてから、ディフに留守を頼んで窓から出かけている。そして必ず朝食前に森の土産物を携えて帰って来てくれている。だから、このあと、アシアが階下に降り、セドリックとの話が終われば、この部屋に戻ってきてくれるはずだとは思うが、いつまでもアシアに置いて行かれることへの不安はディフにつきまとっていた。

 せめて、このまま眠らずに起きてアシアの帰りを待っていよう、とディフは落ちかけている瞼と意識を浮上させようと試みるが、ディフにぴったりとくっついて横たわるウルフの暖かさと、ディフの髪を梳くアシアの優しい手の感触には抗うことはできず、

「セドリックと少し話をしたら、戻ってきますね。」

といった、アシアの言葉が後押しとなりディフは眠りに落ちた。

 ディフから静かな寝息が聞こえてきたことをアシアは確認すると、ディフの隣で彼を守るように横たわるウルフに、

「では、頼みますね、ウルフ。」

そう声をかける。声をかけられたウルフが、返事として尾をひと振りする様を見たアシアは笑むと、ゆっくりと立ち上がり部屋の照度を少し落として静かに扉から出た。

 そのまま足音をあまり立てずにアシアは階下に降りていったが、降りた先の、セドリックたちが居るだろうと覗いた居間は、灯りはついているが誰もいない。セドリックやエイダはどこへ行ったのだろうか、と、まさかもう就寝したのではないだろうか、と反対側の厨房の方を見ると灯りが漏れていたので、アシアは厨房を覗く。

「そろそろ、降りてくる頃だと思ってた。」

 覗いた先にいたセドリックと目が合い、セドリックが人懐こい笑顔でアシアを迎えてくれた。アシアを迎え入れたセドリックは、食器棚から先ほど片付けたマグカップを取り出しているところだった。エイダは、と見ると香茶を淹れる準備を始めている。

「ディフは眠ったのか?」

 セドリックの問いに、アシアは、えぇ、とうなずき、

「今夜はちゃんと、階下へ降りることをディフに話しましたよ。」

と答えた。

「今夜もウルフに留守を頼んでいるのか?」

の問いにもアシアはうなずくが、でも、と、

「今夜はウルフからの申し出です。僕が頼む前から彼はディフと一緒に眠るつもりのようでしたから。」

ウルフがか?、と少し驚いたようなセドリックに、

「ウルフはディフのことを気に入ったようです。ディフもウルフのことがとても好きみたいですね。」

ウルフに抱きついて眠りましたから、と嬉しそうに笑ってアシアは答えた。

 ディフは最初はあんなにもウルフに怯えていたのに。ウルフもディフのことをあんなにも威嚇したのに。今ではウルフの中ではディフは守るべき存在に落ち着いたようだ。

 ウルフにとってセドリックは彼の忠誠を誓う相手であり、エイダは彼の忠誠を誓う相手の伴侶としての位置づけであり、ジョイは彼の弟分らしい。そして、ウルフにとってディフは、彼の子どものような存在らしい。

 ウルフがウチの家族以外の誰かを気に入るなんて、珍しいな、とセドリックは言いながら、

「香茶を淹れようかと準備を始めたところだ。」

居間で待っててくれないか、とのセドリックに、アシアは、いえ、と答え厨房の中、奥まで入り、

「間に合ってよかったです。今夜は僕が香茶を淹れますね。」

茶葉の準備を始めようとしているエイダの横に立った。

「アシアが、か?」

と問うセドリックと、エイダの隣に立ったアシアを少し驚いた表情で見上げるエイダに、

「いつも、美味しい香茶を淹れてもらっていますから、お返しをしたくて。」

アシアは微笑って肯定する。

 エイダはアシアのその言葉から一拍の間を置くと、自分が立っていた位置から少し横にずれ、

「導師様の香茶を淹れる様子を、見ていても構いませんか?」

そう言いながらアシアにその場を譲った。

 アシアはエイダからの申し出に、もちろんどうぞ、と言いながら、エイダが処理をしようとしていた茶葉の選定を始める。

 いつもエイダが淹れる美味しい香茶のお返しを、と言うアシアの言葉は本音だ。しかし、それだけではないのも本当のところだった。

 アシアの感情をセドリックにぶつけてしまったあの出来事を、セドリックはエイダに伝えたのだろうか、といった気がかりがアシアにはあった。図書室から戻ってから、アシアはセドリックがエイダにそのことに関する話をしているところを目撃はしていない。しかしアシアはずっと、セドリックやエイダと一緒に行動をしていたわけではない。セドリックとエイダのふたりきりの時間もあったはずだ。その間に、彼はエイダに今日の出来事として話している可能性は十分にある。こんなにも仲の良い夫婦なのだから話しているだろう。

 アシアのあのときの行為は、導師としては許されないものだ。怒りの感情のまま、しかもその怒りはアシア自身に対してのものであって、セドリックには何の咎もない。なのにアシアは『人』であるセドリックへ意図的でなかったとはいえ、『導師』の感情をぶつけてしまったのだ。

 セドリックからしてみればアレは大きな出来事だったはずだ。このセドリックが、あんなにも恐怖に駆られ、怯えていた。それほどの衝撃のある出来事であったはずなのに、今夜は『家族会議』という名の家族間の情報交換の場を、彼らはその時間を設けなかった。ジョイは夕食を終えると、今日はアルビーからの質問攻めで疲れた、と言って早々に自宅へ引き上げてしまっていた。アシアはその『家族会議』の時間の中で、当人であるセドリックに、そしてエイダに、ジョイに謝罪を、と考えていたのに、謝罪をする機会が与えられらなかった。しかも、この間、そのことに関して誰の口からも話題にすら上がらなかった。故にアシアもそのことについて口にするタイミングが解らず、今に至っている。

「導師様、その茶葉は、葉だけじゃなくその茎も使うのですか?」

苦くなりませんか?、とアシアが選定し葉を捥いで残った茎の柔らかい部分を少し、葉々に混ぜ込む様子にエイダは訊ねる。

 その問いに、アシアは、そうです、と答えると、

「この葉の茎というか、軸ですね。この柔らかい部分はほんの少しだけ、柑橘系の香りがするんです。硬いところだと苦味しかないのですが、この柔らかいこの部分をほんの少し混ぜ込むことで、違った香りが楽しめますよ。」

その話に、へぇ、とアシアの後ろからいつの間にか覗いていたセドリックが、感心したような声を出す。


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