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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第5章

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 セドリックに促され、ディフは思わず握ってしまった手の先の、アシアをおずおずと仰ぎ見る。ディフの、勝手に慮った行動が、アシアを哀しませただろうか、アシアに呆れられてしまったのではないだろうか、とディフの中で不安が押し寄せてきた。今、自分がしてしまった行動で、アシアに嫌われたりしていないだろうか、と。

 仰ぎ見たアシアは、少し哀しげにディフを見下ろしているように、ディフには受け取れた。

 ディフはアシアから買われた子どもだ。従僕だ。『だんなさま』の命は絶対だ。逆らうことなどありえない立場だ。なのに、アシアから差し出された手を、ディフはディフの思いがあったにしろ、あからさまに拒否してしまった。そして、そのことによる、今のアシアの表情だ。

 身のほど知らず、と厭きられただろうか。

 嫌われただろうか。

 いらない子、だと思われただろうか。

 もしかしたら、取り返しのつかないことを自分はしでかしたのではないだろうか。

 不安で心がいっぱいになり、アシアを見上げるディフの表情は青ざめ、みるみる固まっていく。

 そのディフへ、アシアは彼を安心させるかのようにディフから握られた小さな、そしてがさつきあかぎれ、ひび割れたその働き者の証の手を柔らかく握り返すと、ディフへ優しげな微笑みを落とした。

 この子どもが何を考えて、思って、どの結論に達してしまったのか、彼の表情の変化から、アシアは手に取るように理解した。

 彼からの自分への信頼は目減りしてはいない。

 ディフの、顔が青ざめるほど心配しているその様子に、申し訳ないと思いつつも、嬉しさがこみ上げてくる。

 この子どもからまだ、信を得ている。そう思うと、安心感がわく。それが、なぜかはアシアは未だ解らない。偶然に、アシアが拾ってしまい、導師としての責務で面倒を見ているだけの『人』の子どもなのに。

 なのに彼からの自分への信が目減りしたかもしれないと思うだけで心が痛むのは、なぜなのか。

 けれども、まずは青ざめ固まってしまったこの子どもを安心させることが、アシアにとって何よりも先決だった。

 アシアはいつもの柔らかい笑みを浮かべたまま、

「僕はディフとこのように手を繋いで歩くことが、嬉しいです。だから、このまま図書室まで行きましょう。」

その、アシアの言葉に、表情に、ディフの青ざめ固まってしまった表情は解ける。そしてうなずくと、ぎゅっとアシアの手を握り返してきた。

「大丈夫。アシアはディフを嫌いになんてならないさ。」

 その隣でセドリックが、ぽん、とディフの頭に彼の大きな掌を乗せ、図書室へ向かうよう誘う。

 セドリックからのその促しにアシアは、そうですね、と答えるとディフと手を繋いでいないもう片方の手で、再びフードを深く被った。

 そのように目深にフードを被るアシアはまるで、『人』との関わりを拒否しているような出で立ちに、セドリックは見える。

 村役員との面会を、とセドリックがアシアへ願ったときに、彼は改まった場での面会ではなく、彼が村へ出向くことで村人から彼へ声をかけてくれればいい、と言っていたが、この出で立ちでは村人は声をかけ難い。実際にここまでの道々でセドリックたちが出逢った村人たちは、アシアのことを導師だと気がつき声をかけようとはしたが、声をかけることなく作業へと戻って行っていた。

 そのようなことが予測できたからこそ、セドリックは出発前に言おうかと口を開きかけたのだが、アシアは自身が第三者との関わりをやんわりではあるが拒否していることに、気付いてはいないように思えた。だから、言葉にすることを止めたのだ。

 彼は『導師』だ。

 昨夜、彼がセドリックの言にうなずいたように、導師は人を導く立場に居る。それは『人』と関わることが至上の使命のはずだ。なのに、彼は人との関わりをなるべく避けているかのように見える。

 とはいえ、それでも、彼は『人』が嫌いではないらしい。積極的に好きではないだけ、なのだろう。人のことが心底嫌いであれば、ディフを売人から買ったりしないだろうし、そもそもセドリックと縁を持とうともしないだろう。

 どちらかといえば、アシアは『導師』としての自身の意味に、揺らいでいるように見える。

 それは多くの『人』が少年期から青年期へ移行するときに、自分の価値について悩み揺らぐ、そのさまと同じようにセドリックには見えた。

 導師の彼はまだ少年期から青年期への移行の時期、なのだろうか。だから己の存在意義を見いだすことに、悩んでいるのだろうか。その過渡期だからこそ、彼は『人』との関わりを積極的に持とうとしないのだろうか。

 それならば、『導師』も『人』も、そんなに大差はない。

 さきほどセドリックが、アシアへ向けて発した言葉、そのままだ。あのときは、アシアへの慰めもあっての発言だったが、本当にこうして考えてみると、彼の導師としての力を差っ引けば、『導師』も『人』も大差ないように、セドリックは心からそう思える。

 友人でいるための、魂の形がまるっきり違う者同士が、魂の形が違うがための傷つけあいをしないため、お互いが努力をしようと合意した。お互いの良い関係を構築するための術を、探しながら付き合おうと言ったが、その術を見つけるにはかなりの努力と月日がかかるのではないかと、本心では諦めの気持ちもなかったわけではない。

 けれども。

「なんだか、セドリック。嬉しそうですね。」

 知らない間に、頬が緩んでしまったのだろう。フードの奥からアシアが少し不思議そうな声音で、横を歩くセドリックへ声をかけてきた。

 魂の形が違えど、『導師』と『人』の力に圧倒的な差があったとしても、『人』が『導師』よりも下位の存在だったとしても、友人として上手く付き合える、その可能性が高いのだと、根拠のない希望がセドリックの中にわいてくる。

 『アシア』はいい奴だ。信頼できる奴だ。

 セドリックの第六感がそう言っている。今まで、自分のこの、人に関する第六感が外れたためしがない。

 その第六感のとおり、彼は自分たち『人』に、とても真摯に向き合ってくれている。それが『導師』の役目だとは言え、彼はあまり第三者との付き合いが得意ではないらしいにも関わらず、その『導師』の役目を果たそうと、自分たち『人』に向き合うよう努力しているように見える。『導師』として生まれ落ちた彼ならば、その役目などそこそこ適当にこなしていても、咎めるものなど、誰もいないだろうに。

 そのような彼だから、彼がたとえ『導師』ではなく『人』として彼と出逢っていたとしても、セドリックは彼の友人の立場にいたいと思っただろう。

 最初は、『導師』だから、といった部分がまったくなかったわけではない。『導師』からの命、と、まったく捉えていなかったわけではない。

 いや、はっきり言えば『導師』からの命、だった。彼が浮かべていた哀しげな表情は、普通の青年に見えたが、それでも彼は『人』ではない。『導師』なのだ。だから『人』からの申し出、と同じではなく、『導師』からの下命だった。

 どれだけ宿屋で出逢った、ただの『アシア』が良い奴だと受け止めていても、彼が導師だと身分を明かした時点で、それはセドリックの中でアシアとの関係は対等にはならなかった。正直なところ下命として腹を決めて受け入れたのが、最初だ。あの、大木の下での出来事だ。今後自分に降りかかるであろう、彼から受けるであろうの恐怖も、『導師』からの下命である限り、受け入れなければならない、といった『腹を決めた』部分があったことは否めない。

 だから、表面上受け入れたように見せかけて、セドリックはアシアへの応対に気を払っていた。アシアに気付かれないように、注意を払って親しげに見えるよう行動していた。その夜、エイダにも愚痴を零すところまで、彼との付き合いはたった半日であったにもかかわらず、神経をすり減らしていた。

 導師だと知る以前のアシアが、信用に足る人物だと判断したにもかかわらず、彼から導師だと打ち明けられたとたん、『導師』だといったフィルターを通して彼を見て判断し、対応してしまった。それが昨日の朝の厨房での出来事へと繋がってしまった。

 『導師』よりも下位の『人』である自分など、切り捨ててしまえばいいものを。

 なのに彼はまだ、セドリックを友人だと言う。泣きそうな表情で、普通の青年の顔で、『人』であるセドリックと対等な関係を望む。

 この先々も、一朝一夕に『導師 アシア』と傷つけあうことなく付き合える、ということはないだろう。今回のようなことも、今後起こり得る可能性は高い。

 けれども。

 『人』と『人』との付き合いも、傷つけあいながら、押したり引いたりしながら、試しながら構築している。だから、気が合う、合わないが大きく関係してくる。

 アシアとは、気が合いそうだと、セドリックは受け取っている。第一印象は嫌な奴ではなかった。

 だから、『導師』も『人』も関係ない。

 良い友人関係を構築しようと、お互いが合意したのだ。揺るがずに正直に向き合うだけだ、とセドリックは再び強く心にそう留めた。

「そうだな。ディフにイリス先生と早く引き合わせたいからな。アシアとディフがイリス先生のことを気に入ってくれるんじゃないか、と思っていた。」

 いつもの人懐こい笑みを浮かべ、セドリックはふたりを図書室へと案内すべく、彼らより一歩前に出て先頭に立ち、歩き出した。


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