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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第5章

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 セドリックの問いに、アシアはセドリックを掴んでいた手をゆっくりと離し、目を伏せるとしばらく黙す。セドリックはアシアが言葉を発するのを、静かに待った。アシアと手を繋いでいるディフも、この場の雰囲気を察してなのか、気配を消してアシアの隣に立っている。

 どれくらいの時間が経ったのか。

 アシアは伏せていた目を上げ、セドリックの水色の瞳を真っ直ぐ見据えると、

「怒りは、自分に対してです。セドリックに向けたのは、八つ当たりです。」

ごめんなさい、と何度目かの謝罪を口にした。

 そう、八つ当たりだった。

 セドリックの謝罪の言葉を聞いたとたん、アシアは苛立たしさに覆われた。

 それは誰に対してか。

 アシア自身に対してだ。セドリックに謝罪の言葉を吐かせたことが、情けなく、そしてそれは苛立たしい感情へと変わったのだ。

 村人と会うのが嫌ならば、端からセドリックの申し出を引き受けなかったら良かったのだ。そもそも、村に招かれ長老とのみの接見など、難しいに決まっている。誰かからの口から『導師』の滞在は洩れ、早晩『導師 アシア』との面会を求める村人が出てくることは、当然推測できる事態だった。しかも、実際にそのように求められた。

 それを、嫌だ、と駄々をこねたのは、アシアだ。駄々をこね、そのアシアの要望を叶えさせるためにセドリックを村中駆けずり回らせた。

 セドリックからの申し出だったとはいえ、アシアのためにセドリックはここ2日間、時間も労力も体力も使っていた。そのようにセドリックがアシアのために時間を割くことで、エイダやジョイの時間や労力は、セドリックが居ない分の仕事を担うことになり、間接的にはアシアへ使ってしまっていたことになった。

 そもそもアシアは、導師にあるまじきことに『人』と会うのはあまり好きではない。ならば、大木の下でセドリックから申し出があったときに、アシアは断ればよかったのだ。

 否。

 そもそも自分は『導師』だと、セドリックへ『導師』の力を見せ付けてまで身分を明かす必要など無かった。『人』の振りをして、ただ単に旅人としてセドリックの好意を受けて、この村、セドリックの家に一晩世話になり、そのまま立ち去れば良かったのだ。

 そうすればよかったのに、何故セドリックと関わろうと思ってしまったのか。

 彼は宿屋で出逢ってから、ディフをとても気にかけてくれていた。アシアに買われた子どもで、弱い立場なのではないかと、気にかけてくれていた。そして、その視点でアシアを見定めようとしていたところがあった。その、彼の行為が、アシアの心のどこかに響いたように思う。だから、普段ならすることがない夕飯の同席を申し出た。

 そして、夕飯をともにして解った彼から発せられる暖かな気が、アシアをセドリックに興味を持たせた。彼と近付きたい、と『人』があまり好きではないアシアが、珍しく願ってしまったことが間違いだったのだ。

 元はといえば、彼の国の貧困街であの男から呼び止められる声に反応したことが…、といったところまでアシアの思考が落ちていったとき、繋いでいた手をぎゅっと握られ、

「アシア。」

小さくアシアを呼ぶ幼い子どもの声で、アシアは我に返った。

 見下ろすと、ディフが心配げな藍色の瞳でアシアを見上げていた。

 自分は何を考えていた?過去の軌跡を悔いるようなことを考え、そして、何に辿り着こうとした?ディフのアシアを心配そうに見てくる藍色の瞳に、アシアは陥りかけていた己が思考に震える。アシアが辿り着きそうになった考えに、ディフは気がついてはいないだろうか。

「もう少し先に行ったところに、腰を下ろせる場所がある。」

移動しよう、と未だ顔色が戻らないセドリックが再び黙ってしまったアシアへ、そう声をかける。

 セドリックのその状態から、このまま図書室へ向かうよりは暫く休憩をした方が良い、とアシアも判断し、セドリックからのその提案にうなずくと、セドリックの案内する場所へと移動した。それに、場所を変えないとあらぬ方向へと自分の思考が向かっていきそうで、怖かったこともあった。

 セドリックに案内された場所は、道から少し外れたところにある、ひらけた平原だった。風が吹くたびに背丈の低い草花が揺れ、風が渡る音を奏でる。大木の下の風景を彷彿させるような場所だった。

 道から平原へ入ったすぐのところに、丸太が一本置かれており、そこへアシアとディフへ腰掛けるようセドリックは勧め、セドリックは丸太傍の少し大きな石の上に腰掛けた。ウルフは当然のようにセドリックの足元に寝そべる。

 セドリックは腰を掛けると麻袋からスイの実を取り出し、手持ちのナイフで芽の出る部分を削ぎ落とすとディフへ、アシアへと手渡した。

 差し出されたスイの実を、僕は、と辞退しようとするアシアへ、

「アシアが口にしないとディフが飲み難くなる。アシアも付き合え。」

と、強引に手渡し、セドリック自身もスイの実へ口をつけた。

 腰を下ろしたせいなのか、甘いものを口にしたせいなのか、セドリックの顔色はいつもの状態に戻っている。アシアはセドリックのその様子に安堵すると、強引に手渡されたスイの実を口にした。アシアが口にしたことで、ディフも手の中にあるスイの実に口をつけ始めた。

「八つ当たりって、なんなんだ?」

 セドリックがスイの実の中身を飲み干したあと、その殻を遠くへ放り投げ捨て、アシアへと向き合い訊ねる。

「言葉通りです。僕が僕自身への苛立ちを、セドリックへ転嫁しただけのことです。」

 アシアも飲み干したスイの実の殻を、セドリックに倣い遠くへ放り投げる。

「なんだ、それは。酷いな。」

 セドリックは飲み干したスイの実の殻を、セドリックやアシアに倣い、放り投げようかどうしようか迷って手の中で弄んでいるディフから、その殻を受け取りながらアシアの言葉に苦笑する。

「…感情が、暴走するんです。セドリックから謝られたことが、情けなくて、それで。」

このようなことは今までなかったのに、とアシアは目を伏せ、アシアと向き合うような体勢となっているセドリックを見ようともしない。

 否。見ることができないのだ。合わす顔がない、というのはこういうことなのだな、とぼんやりとアシアは思う。

 謝って済むような出来事ではない。セドリックの心には、導師に対する恐怖が新たに深く刻まれたことだろう。セドリックの先ほどの様子から、今回の恐怖は大木の下での一件の比ではないことは、容易に想像できる。この場で彼がアシアと縁を切る決断を下しても、不思議ではないことをしでかしたという自覚はある。

「そうか。なら、仕方がないか。」

 ディフから受け取ったスイの実の殻を、セドリックは再び遠くへ放り投げたあと、アシアへいつもの人懐こい笑顔を向けた。

 そのセドリックの言葉にアシアは驚き、反射的に伏せていた目を上げ、セドリックを凝視した。

「アシアはなんで、そんな吃驚した顔をしているんだ?」

 いつもと変わらない表情で、口調で、セドリックはアシアへ訊ねる。

「僕から離れて行こうとは、思わないのですか。」

 ほんの少し、アシアがその力を見せただけで、『人』は畏怖し離れていく。先ほどアシアがセドリックへぶつけた感情は、それの比にならないほどだ。その証拠に、彼は震えあがり、逃げ出すことも、声を上げることすらできなかった。それほどの衝撃を与えたのだから、あの場で絶縁されても仕方がないことだった。なのに、なぜ、セドリックは何事もなかったかのように、いつもの人懐こい笑顔を向けてくるのか、アシアは理解できなかった。

 アシアの問いにセドリックは、思わないさ、とさらりと答えると、

「『アシア』と友人でいることを約束しただろ。」

と、笑う。

「色々とぶつかることもあるだろう、とも言っただろ。」

それに、と

「『導師様』でも感情は動いていいぞ思うぞ。暴走は困るが、アシアにそう思わせてしまったのは、俺の言葉の選択が間違っていたせいもありそうだからな。」

そこでセドリックは一拍間を置くとアシアの驚いたままの琥珀色の瞳を見ながら、

「『悪かった』じゃなくて、『助かった、ありがとう』だよな。」

そう言ってニッと笑った。


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