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「ロイの家に行く前に、少し遠回りになるが、まずはロイの畑に寄ってみるか。」
畑で作業しているかもしれないからな、とセドリックが道の分岐点で、こっちだ、と片方の道を示し歩みを進める。
遠回りだと言われても、アシアは地の利がないので近道なのか遠回りなのかはよく解らない。なのでうなずき、後に付く。
徒歩で見る村は、広めの畑の間に、家がぽつりぽつりと建っている、そんな風景だ。広めの畑だが、それは各家の食料として耕している畑であって、売り物として育てている作物の畑は、集落を抜けた少し先にもっと広い農耕地があるのだと、セドリックが歩きながら説明してくれた。
「売り物にする作物用の畑は、村人皆で管理しているんだ。さまざまな当番を村の皆で回し、村で責任を持って管理している。畑のために必要な物は売り上げから買い付け、残りの売り上げの代金は1割が村費で、あとは村の世帯ごとに分配している。」
道中の畑では作業をしている村人もおり、セドリックを視認した人は気さくにセドリックに声をかけ、セドリックもいつもの人懐こい笑顔を浮かべ、時折、雑談まがいの言葉をかけながら応える。そして一様に、セドリックと一緒に歩いているアシアを不審そうに見るのだが、すぐに何かに気付いたような表情となり、いったん、アシアの方へ足を向けようとするものの、躊躇いを見せて立ち止まり、アシアへ声をかけることなく彼らは畑仕事に戻っていっていた。
その、村人たちの様子にセドリックは、やっぱりな、と荷物を持っていない右手で頭を掻くが、アシアへは何も言わず、そのままロイの畑の方向へ歩みを進めた。
「おーい、ロイ。」
暫く行った先の畑の中で、何やら作業をしている人物へセドリックは声をかけた。
声をかけられセドリックへ振り向いた人物は、セドリックとさほど変わらないような年齢の、赤茶色の短髪で、日焼けをした男性だった。彼はセドリックへ片手をあげて挨拶をすると、作業の手を止めセドリックのもとへ寄ってくる。
「昨日は夕飯時に邪魔して悪かったな。」
セドリックの謝罪に、ロイは、構わないさ、と笑って答え、今日はどうしたんだと、訊ねてきた。彼のその笑顔からは、彼の人柄の良い雰囲気がにじみ出ている。それはアシアが最初、ディフを通して彼からの供物を受け取ったときに勝手に想像していた雰囲気とは、まったく真逆だった。
そのロイに、セドリックは手にしていた麻袋から笊を取り出すと、
「コレ、昨日借りた笊だ。」
と言いながら、その笊の上にツタイモやスイの実、木の実などをいくつか載せて、礼の言葉とともにロイに手渡した。
笊に載せられた食材を見て、
「ウルフと一緒に、森へ出かけたのか?」
とロイは、セドリックの足元で大人しく座っているウルフを見ながら問うが、それに対してセドリックは否定すると、
「導師様から森の恵みをいただいたんで、おすそ分けだ。」
と背後を振り返りながらのセドリックのその答えに、ロイは初めてセドリックの後ろに立っているアシアの存在に気がついたようだった。
「『導師 アシア』様だ。導師様たってのご希望で、ロイのもとへご案内差し上げた。」
セドリックからの紹介の言葉を受け、アシアはディフと手を繋いだまま、一歩セドリックの前に立ち、目深に被っているフードを剥ぐ。フードの下からは、白金色の髪の青年が現れた。
セドリックはアシアの容貌を、当然のことながら知っている。目深に被ったフードの下に居るのは、白金色の少し癖毛のある短髪で、顔立ちの整った涼やかな好青年だということを知ってはいるが、今、このフードを剥いだときのアシアは、いつも見慣れているアシアには見えず、どこか神々しさがあった。軽々しく近寄ることのできない、そのような雰囲気を醸し出している。宿屋で出逢ったときのアシアは、確かにフードを剥いだときは目に留まる雰囲気を纏ってはいたが、ここまでの神々しさや近寄り難さは無かった。
アシアを知っているセドリックがそうなのだ。当然、初めてアシアと出逢うロイは、アシアに対してもっと近寄り難い雰囲気として捉えただろう。ロイはアシアがフードを剥ぎその容貌を晒したとたん、一歩、後ずさりをし、アシアを凝視したまま動きが止まってしまった。
「ディフに、大切な食料を分け与えてくださり、ありがとうございました。お礼が言いたくて、セドリックに無理を言って案内してもらいました。」
そのような様子のロイを気にする風も無く、アシアはいつもの、ふわりとした微笑でロイに礼の言葉を告げる。そして、手を繋いでいるディフにも、礼を言うように促す。アシアから促され、ディフは繋いでいる手を解くと、礼の言葉を口にし頭を下げた。
「導師様は基本、食事を召し上がられないから、俺やエイダ、ジョイもディフの相伴に預かった。エイダが改めて礼を言いにロイの家に行くと言っていた。」
と、エイダからの伝言も伝え、セドリックは再度、ロイに肉の礼の言葉を告げる。そして、アシアからの礼の言葉を受けても、何の反応も示せず固まったままのロイに苦笑を浮かべながら手をあげ、奥方によろしく、と言うと、アシアとディフを促し、その場を後にして次の目的地である図書室へ向かった。
ロイの固まってしまった様子にセドリックは苦笑したものの、セドリックもアシアから、アシアが導師であることを打ち明けられたときは、ロイの態度と大差なかったような気がする。
しかし、先ほどのフードを剥いだときのアシアは、普段とはまったく違い、神々しさと近寄り難さがあった。セドリックがアシアから導師であると打ち明けられ、彼の導師としての力を見せつけられたときは、神々しさではなく、畏れと恐れがセドリックを支配した。驚きもあったがそれ以上に恐怖が先立った。しかし今はアシアに対して、『人』とは違う次元の、理解の及ばない生き物というような恐怖よりも、神々しさ、神秘的な雰囲気につつまれている感がある。それは、セドリックも初めて感じた、『導師 アシア』だった。
大木の下でセドリックへ見せつけた彼の姿も、先ほどのロイの前で見せた彼の姿も、どちらも彼の本来の姿なのだろうとは思う。しかしそれは同じアシアであるにもかかわらず、『恐ろしい未知の者』と『神々しい未知の者』と、感じてしまうこの差は何なんだろうか。受け手側のそのときの、心の状態の問題なのだろうか。それとも、アシアが意識し、相手やその場の状況によって意図的にその姿を分けて見せているのか。
セドリックの家に滞在しているアシアは、そのどちらの雰囲気も醸し出してはいない。セドリックの家では、アシアは不思議な現象を隠すことなく自然な体で起こすことを除けば、普通に見える青年だ。エイダもジョイもアシアを『導師』として敬ってはいるが、極端に畏怖していない。
「それにしても、さっきは普段のアシアと違って神々しく近寄り難く感じたんだが。」
再びフードを目深に被り、ディフと手を繋ぎながらセドリックと並び歩くアシアはセドリックのその言葉に、そのフードの奥で少し笑ったようにセドリックには見えた。
なので、そのアシアへ、
「・・・もしかして、わざと、か?」
と、セドリックはつい若干咎めるような口調で問うた。
その、セドリックの問いにアシアはうなずくと、
「僕が本物の『導師』であることを、確信してもらわないといけませんから。」
セドリックの咎めるような問いに、特に気分を害した様子も無くそう答える。
『人』は『導師』のことを伝説上の人物であり、実在しないと思っている。それはそうだ。『人』が『導師』と邂逅できることなど、ほぼ無いのだから。ゆえに、話題にも上らないことが数百年単位で続くと、『導師』は伝説上の人物としてできあがってしまう。現にセドリックに初めてアシアが自身のことを『導師』だと明かしたときも、彼はアシアを疑った。昨夜のジョイの発言にも、『導師』は伝説上の話だと思っていた、との言もあった。
だからといってアシアはそのことに対して、特に何も思うところは無い。『導師』だという人物と出逢うとまず、疑いから入る。それが『人』が『導師』と初めて出逢ったときの普通の反応であり、幾度と無く経験している。
そのような、今までのアシアの経験上から、セドリックが昨日、村の役員達が集まっている場での報告会でアシアのことを話したときにも、セドリックはアシアへ何も言わないが、アシアのことを偽者ではないかといった話はあったはずだ。セドリックは体よく騙されているのではないかとも。それを彼はどのように、村人へ説得したのかはわからない。今までの彼の村への功績からか、村人たちと今まで築いてきた良い人間関係からか、それとも彼の人柄からなのか。もしかしたら、村人全員がアシアと接見することで、アシアの正体を暴いてやろう、といった案もあった可能性はある。
しかしアシアが本物の『導師』であるということの説得に成功し、表面上、皆は信じたとはいえ、その中にはまだ疑っている者は居るだろう。どちらかと言えば半信半疑の者が多いのではないだろうか。そう思ったからこその、アシアの先ほどのロイへの行為だった。
本当であれば、アシアが大木の下でセドリックにその力を、彼らが言う『奇跡』を彼らへ見せつけることが、彼らから信じてもらうための手っ取り早い手段であるのだが、アレは『人』に『導師』への畏怖、恐怖を植えつけてしまうらしい。見せつけた相手、『人』がアシアの傍から離れていってしまうことを厭わないのであれば、その方法をとったのだが、今回はセドリックが絡むことでもあり、そうはいかなかった。
だから、本来のアシアをそのまま見せた。
いつもなら、『人』の前や『人』の中に入るときは、アシアは存在を潜める。影を薄くし、自分に注意が向かないように振舞っている。最初は意識して行っていたが、アシアが『人』と関わりを持つことを避けるようになってからは、それが意識せずとも普通となっていた。ディフを買った貧困街でも、セドリックと出逢った宿屋のときもそうだった。『人』とはなるべく交わりたくないのだから、オウカ国に居るときから『人』のいる場所では存在感を抑えることが常だった。それでも、『人』はアシアを『導師』とは気付かなくても、声をかけてくることが多いのだが。
今回はその箍をほんの少し、外した。
とは言っても、アシアの本来の自然体に近い形を少し見せただけなので、神々しい、と言われても、アシア自身はピンとはこない。アシアはコレは、悪目立ちするもの、だと思っている。




