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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第5章

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 朝食の片付けも終わり、

「今日は、ボク、何を手伝えば良いですか?」

と、厨房でディフがエイダに声をかけたそのとき、

「今日はこれから、俺とアシアは図書室に出かけるが、ディフも一緒にどうだ?」

と、食器の片付けを終えたセドリックが、今朝もアシアが森から採ってきたさまざまな食材の下処理をしているエイダを手伝っているアシアへと視線を送りながら、ディフにそう声をかけた。

 トショシツ?、と不思議そうに単語を復唱するディフへ、

「本がたくさんあって、読むことができるところだ。絵ばっかりの本もあるぞ。行かないか?」

そうセドリックは誘ってくる。

 アシアと一緒に出かけないかと、セドリックから誘われるその内容は、ディフにとってはとても魅力的だ。今朝もアシアはディフを置いて朝早くから森に出かけてしまった。アシアは昨日と同じように森で見つけた食材を、セドリックから借りた麻袋に入れて戻ってはきてくれたが、このままアシアに置いていかれるのではないか、といった不安は大きくはならずとも、小さくもならない。

 アシアについてまわりたいのがディフの本音ではあるが、それはアシアにとっては迷惑になるだろうし、この家の世話になっている以上、何か仕事をしなければならない、とディフは思っている。なにも働かずとも衣食住を与えてもらえるのは、『導師』であるアシアであって、そのアシアに『買われた子ども』である、従僕のディフではない。

 今朝もエイダから、ジョイのお下がりだけど、と新たな服を着させてもらったのだ。きちんとした寝床を与えられ、美味しい食事も3食頂き、服まで提供してもらっている。これまでの養親宅での生活とは雲泥の差だ。養親宅では1日に1度から2度の食事を与えてもらうために、夜明け前から日没後まで、働きづめでなければならなかったし、それを養親たちに求められていた。彼らが満足のいく働きができなければ、1日に1度の食事もなかったこともあった。そしてそれは特に珍しいことでもなかった。

 アシアの従僕としてこの家の世話になるのなら、アシアと一緒に出かけるのではなく、この家の仕事を手伝うことが、ディフがやらなければならないことだと思っている。アシアの傍に置いて欲しいのであれば、なおさらだ。

 だから、

「あの、でも、ボク、家の仕事をしないと。」

と、ディフはうつむき加減でセドリックに、一緒に出かけられないとの返事をする。

 セドリックはそのような返事を受けたが、ディフの様子からはその言葉が本音ではないように見えた。なので、本音を引き出そうと口を開きかけたそのとき、

「おはよーございまーす。」

と、勝手口から間延びした挨拶をしながらジョイが顔を覗かせた。そしてディフを見つけると、

「おっ。今日もディフ、似合ってんじゃん。」

と、ディフが昨日とは違うジョイのお下がりを着させてもらった姿を見て、昨日と同様にニパッと笑いディフを褒める。褒められたディフは昨日と同様、照れたような、はにかんだ笑顔を浮かべるが、昨日と少し違うのはその笑顔の大きさだった。うつむき加減の笑顔だった昨日とは違い、褒めてくれたジョイをきちんと見て笑顔を浮かべている。昨日1日、ジョイとの行動が多く、またジョイは面倒見良くディフを構っていたので、そのディフの表情の変化はディフがジョイに慣れ、心を開きつつある証拠にアシアは見えた。

「今日は、何を収穫してこようか、母さん。」

 昨日と同じように、ジョイはエイダに今日の食事に必要な、畑から収穫してくる作物を訊ねる。

「ボクも、手伝います。」

と、野菜などを入れるための麻袋をディフは手に取るが、ジョイは、え?、と疑問符を口にすると、

「今日は、ディフは図書室に行くんだろ?」

麻袋を持って勝手口まで近寄ってきたディフにそう声をかけると、彼が持つその麻袋を彼から受け取った。

「え、でも、ボク、お手伝いをしないと。」

 手伝いをしなければ、この家に、アシアの傍に置いてもらうことはできないのだ。働かない従僕など、いらない。ディフがこの家に、アシアの傍に居る意味がなくなってしまう。

「昨日、いっぱい手伝ってくれたんだから今日は、いいって。導師様と父さんと一緒に、出かけておいでよ。」

 ニパッと笑うジョイは、昨日と変わりのない笑顔だ。本心から、出かけていい、と言っているように受け取れる。

 けれどもそうは見えていても、額面どおりに受け取っては駄目なことは、今まで散々ディフは経験してきた。今は、いい、のだろうが、時間が経てば、労働しなかったことを責められるのだ。責められ、殴られるくらいならまだいい。役立たずだとレッテルを貼られ、アシアから見放されることが、ディフは何よりも怖かった。ちゃんと大人の言うことを聞いて働いてこそ、ディフは自分の存在価値があると思っている。思い込んでいる。

「遠慮せずに、導師様と出かけてらっしゃい、ディフ。」

 ジョイの言葉に頭を振り、頑なに家の仕事を手伝うと言うディフへ、アシアの隣でエイダも暖かな笑顔で、ディフにアシアと共に出かけることを勧めてくる。

 果たしてアシアはどう思っているのだろうか、とディフはアシアへ視線を移すが、

「ディフの思う通りにしたら、いいですよ。」

と、いつもの柔らかな笑みで、そのような言葉が返ってきた。

 アシアは、アシアがディフに、手伝え、と言えばディフは手伝いを選択するだろうし、同行を求めれば彼は付いてくるだろうと、確信している。今までの養親宅でのディフの生活から思うに、大人の言うことを疑問も自分の意見も挟まず、持たず、なにも考えずに言われるがまま行動してきたことは、それは彼が生きていく術であったため、仕方がないことだ、と。

 けれども、アシアに拾われた現在、もうそのようなことはしなくても良いし、しては駄目なことだ。もうそろそろディフ自身が思うこと、したいこと、意見を口にすることをしていかなければならない。彼が過ごしていた以前の環境とは違い、今は、彼が彼自身の思いを口にすることを阻むような環境下には、アシアはディフを置いているつもりはない。

 アシアがディフを拾ってから出逢った大人たち、アシアはもちろんのこと、セドリックやエイダ、ジョイなど、誰もディフを虐げてはいないのだから。

 アシアは本当のところ、ディフに図書室への同行を望んでいる。セドリックが言うようなたとえ粗末な蔵書数であっても、いくつかの書物は置いてあるのだろうし、それらに触れて欲しいと思う。そしてまた、イリスという子どもに勉強を教えている人物とも引き合わせたかった。それが、ディフにとってためになると思えたからだ。

 しかし、アシアは敢えてアシアの意見を口にせず、ディフに判断を委ねた。

 助けを求めたアシアからも、アシアの思いを聞かされなかったディフはうつむいてしまった。

 アシアと一緒に付いて行きたい、けれども働かないと一緒にいられなくなる、嫌われるかもしれない、とぐるぐるといろいろな思いがディフの心の中で錯綜し、そして葛藤する。

 その、彼らのやり取りを黙って見ていたセドリックが、おもむろにディフへと近付いていった。そしてディフの前でしゃがむことで、うつむき加減のディフの目線にあわせる。

「ディフは、働かないことが、怖いのか?」

 セドリックの静かな問いかけにディフはうつむいていた顔をあげると、思わず頷いてしまった。

「だって、ボクは働かないと。」

 ディフがぽつりと落とした言葉を、そうか、とセドリックは拾う。

 暫く間を置いてから、

「本当は、アシアと出かけたいか?」

とセドリックは静かにそう問うてきた。静かな問いかけに、それにも思わずディフは頷いてしまった。

 アシアと出かけたいのが本心だ。セドリックの静かな問いかけに、アシアと一緒にいたい、といった本心が洩れてしまう。これが荒げた声であったり、詰問調であったりしたならば、ディフは本音を漏らすことはなかったのに。

 そのディフへセドリックは、そうだよな、とニッと人懐こいいつもの笑顔を浮かべると、片手をディフの頭へ差し出してきた。

 殴られる、とは思わなかったが、自分の思いを口にしたことで、これまでの癖で反射的にディフは身構えた。養親宅では、ディフが意見を言ったり思いを告げたりすると、子どもは大人の言う事を聞いていればいい、と怒鳴られ殴られるのが常だったからだ。

 しかし、セドリックの大きな手はディフを殴ることはなく、いつものように、くしゃり、とディフの頭を撫でる。

「じゃぁ、一緒に図書室へ出かけよう。ディフにも図書室を見てもらいたいし、イリス先生にも会わせたいしな。」

 セドリックから頭を撫でられながらそれでも、でも、と言葉を落とすディフに、

「図書室から戻ってきても、仕事はまだまだ残っているさ。ディフには戻ってきたときに残っている仕事を手伝ってくれれば、とても助かる。」

変わらず人懐こい笑顔と、優しげな水色の瞳に見られ、ディフは、一緒に行きたい、と改めて自分の思いを口にした。口にしてみたが、働くこと以外の思いを吐き出すことで、大人の誰かから怒鳴られたり声を荒げられたりしないだろうか、と、恐る恐る視線を上げ、自分を見ている大人たちをディフは見回したが、誰もが優しげな、柔らかい笑顔で応えてくれていた。

「では、一緒に出かけましょう。」

と、アシアから差し出された手をディフは一拍間を置いたあと、遠慮がちに取った。


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