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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第4章

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「お待たせいたしました。」

と、そこへジョイが新しく淹れ直した香茶の入ったマグカップを載せたトレイを持って、居間に入ってきた。

「あ、ごめんなさい。何か深刻な話だった?タイミング悪かったかな。」

 アシアとセドリックの微妙な雰囲気に気付いたジョイが居間に入ったとたん、その足を止めたが、セドリックは、気にするな、と言いながら席を立つと、ジョイの持つそのトレイを引き取る。

「イリス先生のことを話していただけだ。」

 セドリックがジョイから引き取り机に置いたトレイから、ジョイの後に続いて入ってきたエイダがそれぞれのマグカップを置いていく。

 イリス先生のこと?、とジョイは自席に座ると、

「イリス先生、優しいんだよね。村の小さな子どもの訳のわからない話も、うんうん、って耳を傾けてさ。イリス先生ん家のソフィーも小さいからかなぁ。」

姉さんとこのチビと変わんないくらいだよね、と新たな香茶を口にしながら、彼女と村の子どもとのやり取りの状況を思い出したのか、顔を綻ばせながら笑顔で話す。

「ジョイも、優しいですよ。」

 ジョイの隣に座っているアシアも、新たな香茶を口にしながら、

「今日、落ち込んでいたディフにずっと寄り添ってくれていましたね。」

ありがとうございます、と柔らかな笑みを浮かべ、ジョイに礼を言った。

 アシアの礼の言葉に、ジョイは手にしていたマグカップを慌てて置くと、

「特別なことをしたわけではないですし、いやいや。」

と、導師様のお礼の言葉を頂くほどではないです、と両手をぶんぶんと横に振る。

 そのジョイへ、

「いいじゃないか。導師様からのお礼なんて、滅多に受け取れないぞ。ありがたく、頂戴しておけ。」

と、セドリックが悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 そのセドリックへ、

「今までそんなに僕は、セドリックへお礼の言葉を口にしていませんでしたか?」

セドリックにもいろいろと感謝しているんですが、と口調は不満げだが柔らかな表情でアシアは異議を唱える。

 それには、さぁ、どうだかな、とセドリックはニッと人懐こい笑顔で返した。

 が、すぐに真顔になり、

「礼と言えば、ロイのことなんだが。」

と、昼間、アシアの怒りを買った原因となったロイの名前を口にした。

 それに対し特段表情を崩さず、変わらず優雅な動作で香茶を口にしながら、何かありましたか?、と問うアシアへ、

「アシアと長老との面会の調整に村役員の家をまわっていたついでに、肉の礼を言おうとロイのところにも寄ったんだが。」

セドリックは新たに入った香茶を口にすることなく、

「そしてロイに、なぜ、ディフとジョイに託けたのか、理由を訊いた。」

話を続ける。

 セドリックの言葉に、どうせ卑しい思いのもと、己の願いを聞き届けて欲しくての『導師』への供物だったのだろう、と何も期待をすることなく、アシアは言葉では反応せずに表情だけでその先を促す。

 それでも、普段なら諦めが先立ち、感情が動くことがないのだが、なぜか今でもロイの名を聞くと心のどこかしらに怒りが再燃するのが解る。アシアは自身が、そのような己が感情が動くことが、自分でも不思議に思う。

 アシアの微細な感情の動きにセドリックは気付いたのか、怒るなよ、とアシアの怒りに怯みを見せず苦笑する。

「端的に言えば、半分はアシアへの供物。」

 セドリックのその言葉にアシアの眉がぴくり、と動いた。そのアシアへ、セドリックは片手をひらひらさせて、まぁまぁ、と宥めると、

「怒るなってば、最後まで話を聞け。」

と、命令口調で言い、

「いいか、残り半分の気持ちは、ディフに食べてもらいたかったんだとさ。」

ニッと笑う。

 それは『導師様』に対しての態度としてはあまりにも不敬だ。アシアの隣に座っているジョイが目を丸くしている。しかしセドリックは意に介さず話を続けた。アシアも特にそのようなセドリックに咎める風もない。

「ジョイと畑仕事をしているディフは、もちろん村の子どもではないことはロイも一目瞭然だった。しかも、俺の家には『導師様』が滞在しているらしい、といった噂を聞いたばかりだ。たどり着いた推測は、ディフは『導師様』の身の回りの世話をする従僕か何かだろう、だった。」

 ここで、ようやくセドリックは香茶を口にする。そして、静かにアシアの反応を窺った。窺った先のアシアは、怒りの感情から少しだけ驚きの感情へと移行しているように見える。

「なのに、ディフに食べてもらいたい、だったのですか?」

 セドリックのその話は、昼にアシアがエイダに披露した推測通りだ。ただ、セドリックが先ほど言った、行き着いた先のロイの感情は、アシアの推測とは違う。アシアは、ロイのその行為は己の願いを聞き届けてもらうため、といった感情だけだと思っていたのだが、ロイから聞き取ったセドリックは、なぜかディフの名を口にする。

 アシアの問いにセドリックは、そうだ、と深くうなずくと、

「満足に食事が与えられていないのかと思うくらいに、子どもにしてはあまりにも細かったからだ、と。まぁ、導師様が子どもを虐げるようなことはしないとは思うし、ディフが酷く痩せているのは何か理由があってのことだとは思ったのだが、それでも気になったので、と言っていた。」

アシアの瞳を真っ直ぐ捉える。

「導師様への供物として子どもに持たせて帰らせれば、子どもの口にも少しは入るだろう、といった思惑があったらしい。」

 セドリックの言に、捉えた先の琥珀色の瞳が揺らいでいるのがわかる。

「まぁ、ロイは、供物を捧げることで少しは良いことがあればなぁ、くらいは思っていたらしいがな。」

 セドリックは苦笑するが、セドリックが捉えた琥珀色の瞳の持ち主はいつものような笑みを浮かべることはなく、その瞳は困惑したように揺らいだままだ。

「僕は、ロイに対して大変失礼なことを、僕の勝手な推測だけで思っていたのですね。」

 暫くの沈黙のあと、アシアはセドリックからの視線を外すと、少し目を伏せた。

「まぁ、当のロイは、アシアや俺たちの昼間の出来事はまったく知らないのだし、気にすることはないさ。」

 セドリックはそう言うが、アシアが抱いたこの怒りの感情は、結局はアシアの勝手な思い込みからだ。アシアの今までの経験則から、『人』とはこのようなものだ、と決め付けてそれをロイに当てはめた結果だった。その結果によってアシアが引き起こした感情に任せた行動が、結局は傷つけたくないディフを傷つけてしまうことになってしまった。

 過去にはアシアへの畏れから離れて行った『人』や、アシアを己が欲望を叶えようとするための道具として近付いてきた『人』は確かに居たが、思い返せばそれでも中にはセドリックやジョイ、エイダのような『人』も確かに居た。しかし、アシアはその『人』たちには目は行かず、アシアの心に刻み込まれていったのは、アシアを拒絶した『人』であり、アシアを己が欲望を叶えるための道具として近付いてきた『人』だった。そして、アシアは『人』に対して期待を持つことがなくなり、興味すら薄れ、導師にあるまじきことに『人』との関わりを積極的に持とうとしなくなっていった。

 夕食時、セドリックは導師を『人を導くもの』と例えてくれた。そのときアシアはその通りだと思ったが、これでは自分は導師としての条件を満たしていない。今のこの自分は生を受けてからの年月は長いが、それに似合わず経験は浅く考えも稚拙で、『人』を導くなどといった行為は、おこがましい行為なのではないかと思う。今になって、ノアが『もっと人と関われ』とアシアにことあるごとに説教をしていた意味がわかった気がする。

「明日、ロイにお礼を言いに訪ねたいのですが。」

 少しはアシアへの媚も入ってはいたがディフを心配し、ディフのために提供してくれた大切な食料だ。アシアの怒りに関して、当のロイは知らないのだから、とセドリックは言うが、それでもアシアは自身が抱くこの後ろめたさから開放されるには、ロイに感謝の意を伝えることだと思い、セドリックにそう申し出る。

「了解だ。」

 アシアのその申し出にセドリックは快く引き受け、そして、

「ついでといってはなんだが、図書室へも行ってみるか?アシアがよければ案内するが。ディフも連れて。」

たぶん、イリス先生が詰めているはずだし、と提案した。

「道中、村の連中に『導師様』へ声をかけるチャンスを提供することにもなるしな。」

 ニッとアシアへ向けて笑う笑顔はいつもの人懐こい笑顔であり、アシアへの軽蔑の色はない。導師を『人を導くもの』と語ったセドリックから、導師にあるまじき行為を行ってしまったアシアへ軽蔑の眼差しが向けられても仕方がないことを、アシアはしでかしてしまっているにもかかわらずに、だ。

 ありがとうございます、とセドリックに礼を言うアシアの笑顔は、いつもとは違いどことなく憂いを帯びたものに見える。

 誰も口を開こうとはせず、場の雰囲気がなんとはなく暗くなりつつある中、おもむろにセドリックは手に持つマグカップを置くと、

「ところで。」

と、沈黙を破り、その雰囲気を払拭するかのように、カラッとした声を上げる。

「いい加減、そのまん丸に見開いた目と、開いてしまっている口を閉じてはどうかと思うんだが。」

 ジョイに向けてそう指摘する。

「えっ。」

 セドリックとアシアのやり取りをぽかんと見ていたジョイは、突然、セドリックから名を呼ばれ指摘され、自身が気付かない間に開いていた口を慌てて、むぐっと閉じた。

 セドリックの言葉で、隣に座っているアシアは反射的にジョイを見遣り、一拍の間のあと、彼の行動に軽く声を立てて笑う。

 ジョイと向かい合って座っているエイダは、そのジョイに小さなため息を落とした。


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