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箱庭の管理人  作者: つきたておもち
第4章

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 セドリックは出かけたっきり、夕方になっても戻ってこなかった。一緒に付いて行ったウルフも戻ってこない。

 放牧したヤギ達を小屋に戻し世話をし、陽が落ちる時間帯まで待ってみたが、セドリックは戻ってこず、

「陽も落ちるし、先に食べちゃおうよ。」

というジョイの要望で、エイダが居間のテーブルにディフやジョイ、アシアの手伝いを受けながら出来上がった夕食の皿を並べているところに、まず、ウルフが先駆けて帰ってきた。

 その数分後、

「ただいま戻った。」

遅くなったと、セドリックが居間に入ってくる。

 その姿は今朝、報告会に出かけ戻ってきたときの疲れた体だった姿とは比にならないほど、疲れ切っている感じだったが、アシアへグッドポーズを見せ、ニッと笑うその様から交渉は上手くいったようだ。

「夕飯を待たせてしまって、すまなかったな。」

 そう言って、傍にいるディフの頭をくしゃり、と撫でた。

 セドリックが手を洗ったあと着替えのために自室に入った間、ジョイがウルフをねぎらいながら彼に餌を与える。セドリックが着替えを終えて自席に着くのと同時に、餌を食べ終えたウルフはセドリックの足元に寝そべった。昨夜からの様子だと、そこがウルフの定位置らしい。

 ジョイは全員が席に着いたのを見計らうと、自身の胸の前で手を組み祈りの言葉の口火を切った。

 それはアシアが旅をするその時折に見かける光景だった。1日が無事に過ごせたこと、また今日の糧を得られたことを神に感謝する内容の言葉だ。祈る神はその土地や場所、時々で違ってくる。ジョイが口火を切って前段の祈りを口にした後、それを引き継いだセドリックが口にする感謝の祈りを捧げる神は、この地の豊穣の神のようだ。

 昨夜とは違い、突然に始まった彼らの食前の祈りにディフがうろたえる。きょろきょろと見回し、どうして良いのか解らないようだ。その様子から、養親宅ではこのような食前に祈る習慣はなかったらしい。

 アシアはセドリックたちと同じように胸の前で手を組み、その様を無言でディフに見せる。アシアのその様を見て、ディフもアシアを真似し同じように胸の前で手を組み、目を瞑った。

 食前の感謝の祈りは短かった。ディフが彼らの真似をして手を組み、目を瞑ってすぐに、神への感謝の言葉は終わった。

「ディフ、食べよーぜ。」

 祈りの言葉が終わっても手を組み、目を瞑ったままのディフに、ディフの隣に座っているジョイが、そう声をかける。

 昨夜はアシアとディフが横に並び、テーブルを挟んでセドリック、エイダ、ジョイが並んで座っていたのだが、今夜はセドリックとエイダが並んで座り、テーブルを挟んでセドリックの前にアシア、エイダの前にディフ、そしてディフをアシアと挟むようにその隣にジョイが座っている。ディフが前を向けばエイダが、左隣を見ればアシアが、右隣を見ればジョイの、にこやかな表情の彼らに囲まれ、そのような食卓の状況が生まれて初めてのディフは、なんとなく落ち着かなく、そわそわしてしまう。アシアは主にセドリックと話していたが、エイダとジョイ、特にジョイがなんだかんだで、遠慮がちのディフの世話を焼いてくれた。

「いっぱい手伝いをしてくれたから、ハラ減っただろ?」

 たくさんお食べ、と言わんばかしに、大皿からディフには多めの量を取り分けてくれる。

「みんなの食べる分が、なくなっちゃいます。」

 心配するディフへ、

「今日は導師様が森の恵みを分け与えてくださったし、ディフとジョイも畑でたくさん収穫してくれたから、いっぱいあるのよ。むしろ、たくさん食べてもらわないと困るの。」

と、エイダが遠慮がちなディフへたくさん食べるよう勧める。

「今日は、肉もふんだんに使っているから、ご馳走だよな。」

 ホクホク顔のジョイのその言葉に、ディフがぴくり、と反応し、食べようとするその手が止まった。

 ディフが食べようとしたその肉は、昼間、アシアの怒りを引き起こした原因となったモノだと、ジョイのその言葉でディフは気付いたようで、ディフは困惑した表情を浮かべると隣席のアシアをおずおずと仰ぎ見た。

 そのディフの様子に斜め向かいに座っているセドリックが気付くと、

「ロイのところへは、ちゃんと礼を言いに行ったから、気にするな。」

アシアにそう報告し、ディフには食べるよう勧める。

 アシアもセドリックの報告に、そうですか、とうなずくと、ディフには柔らかな笑みを見せた。

 アシアが怒ってはいない様子にディフは安堵の表情で、はい、と言うと、自分の皿に盛られた料理を改めて口に運び出した。

 ディフが美味しそうに食べ始めたのを確認したアシアは、向かいのセドリックとの会話を再開する。

「昨夜は祈りの言葉がなかったのですが、いつも食前に祈るのではないのですか?」

 祈りは食前の習慣ではないのか、とのアシアの問いに、セドリックは、そうだな、と、言うと、

「毎食、感謝は捧げてはいないな。今日みたいに思いがけない収穫があったりしたときに、家族の誰かが口火を切るから、それに合わせて感謝を捧げる感じだな。口火を切ったのは、今夜はたまたまジョイだったが、俺だったりエイダだったりする。」

と、料理に舌鼓を打ちながら答える。

 アシアの前にも小皿に申し訳ない程度の料理が取り分けられており、ひと口ふた口セドリックたちに合わせてアシアもエイダの料理を口に運んでいた。

 そのふたりの会話を聞いていたディフが、

「お祈りって、神様にお祈りをするのですか?」

と、隣席のジョイに訊ねた。ジョイは口をもぐもぐさせていた物を飲み込むと、

「そうだよ。恵みに感謝するんだ。」

と答えたが、ジョイのその答えに、

「『導師様』じゃなくて、『神様』にお祈りをするのですか?」

ディフが不思議そうに、問いを重ねてくる。

 ディフには『導師様』と『神様』の違いがよく解らなかった。今までのセドリックたちの態度を見ているとアシアは神様に近い扱いを受けているように見える。エイダやジョイがアシアに接する態度は、貴族や領主といった単に身分が上のものに対する感ではないように、思えていた。

 そのディフの疑問に、ジョイは食べる手を止め、

「鋭いところを突いてくるなぁ、ディフは。」

ディフをまじまじと見つめる。

「ごめんなさい。」

 訊いてはいけない問いを口にしたのかと、ディフは謝るが、

「ぜんっぜん、謝ることじゃないぞ。」

ジョイはニパッと笑ったあと、考え込む。

 ディフの住んでいた村でも、作物の収穫後には村をあげて神への感謝の祭りを開催していた。その神は先ほどセドリックが口にしていた豊穣の神だ。収穫後以外にも天気が悪ければ天を司る神へ、雨が降らなければ水を司る神へ、その時々に応じて祈りを捧げる神は違っていた。けれどもディフが知る限り、『導師様』への祈りはなかったし、そもそも『導師様』の存在すら、村の人たちの口に上ることがなかったので、ディフはアシアと出逢うまでは『導師様』の存在を知らなかった。

 『人』とは違う能力を持ち、『人』から畏れ敬われる存在である『導師』。それは『神様』とどう違うのだろうといった、単純な疑問だった。『導師様』が願い事を聞いてくれるのなら、存在するのかしないのか定かではない『神様』へ祈りを捧げるよりも、この、目の前に確実に存在する『人』とは次元の違う『導師様』へ祈り、願えば良いのではないかと思い、何故、誰もそうしないのだろう、と不思議に思っただけだった。

「オレ、導師様とお会いしたのは初めてで、そもそも導師様がこの世に存在するとは思っていなかったからなぁ。オレの中では導師様と神様は同列だったし。」

 そう言いながら、助けを求めるようにジョイはセドリックを見る。セドリックの隣に座っているエイダも、その視線はセドリックへ向いていた。なので、ディフも自然とセドリックを見る。

 この場の皆から視線を受けたセドリックは食べる手を止め、そうだな、と、

「『神は願いを聞き届ける存在』であり、『導師は人を導く存在』だと思う。」

そう、彼なりの答えを口にした。

「この村も、導師様に導かれて拓かれた村だなんだ。『人』を導く存在が『導師様』じゃないか?」

 セドリックの出したその答えに、なるほど、とジョイがうなずいた。納得したらしい。

 当の本人であるアシアは、穏やかな笑みを浮かべ、セドリックのその話を聞いている。その様子から、セドリックの考えはあながち間違いではないようだ。

 セドリックの向かいに座るアシアの穏やかなその様子から、あぁ、そうなのか、とセドリックは腑に落ちた。さきほどの自分なりの考えを、皆からの視線を受け咄嗟にそう口にしたが、その言葉は何か確信があってのことではなかった。しかし、アシアが浮かべる穏やかな表情から、『導師 アシア』は『人』の行く先を導く存在であって、『人』の願いを叶えるために存在するのではない、と今、確信した。

 そして、彼はその力を持って願いを聞き届けてくれる、叶えてくれると勘違いした『人』たちによって、彼は傷つきここまで生きてきたのかもしれない、といった今までセドリックが思ってきた推測も、それは推測ではなく本当のことなのだろうとも。彼が『人』と積極的に交わろうとしないのも、その原因の一端は『人』にあるのだということも。

「だから『導師様』なのですね。」

 セドリックの隣で、エイダがぽつりと呟く。その呟きにもアシアは特に答えなかったが、穏やかな雰囲気の中、晩餐の時間は静かに過ぎていった。


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